大西洋のファサード -ポルトガルで思うこと-
第6回 阿部勤さんのこと
佐藤圭多

バリ島で聴くガムラン、トリニダード・トバゴで聴くスティールパン、ブラジルで聴くビリンバウ。旅に出る醍醐味のひとつは、様々な民族楽器との出会いだ。ユニークな形の魅力も相まって、つい衝動買いしてしまう。ドラム缶大のスティールパンを買ってしまい、抱えて旅していてミュージシャンに間違われたこともあった。曲は弾けなくても、その楽器から発せられるたった一音を耳にするだけで、旅の情景は鮮やかによみがえってくる。


プロダクトデザイナーである自分は、独立したてで差し迫った仕事もなかった頃、こんな旅先での体験をプロダクトにできないかと考えた。1つの「もの」で、様々な民族楽器を弾く体験ができたら、空想上の世界旅行ができるのではないか。楽器は弾く人次第で、音色が無限に変化する。そんな双方向性も旅に似ている気がした。振るだけで様々な民族楽器の音を奏でられる、木の工芸品のような電子楽器、という絵が頭に浮かんだ。企画に賛同してくれた友人らとともに粘り強く開発を進め、クラウドファンディングで量産資金を調達して、3年の歳月をかけて「GALA(ガラ)」という名前で製品化した。

ポルトガル移住の準備を始めた頃、友人からメッセージが来た。「GALAがTVに出てる」それまでもいくつかメディアに取り上げてもらってはいたけれど、この話は製造元である僕たちも全く知らなかった。それはNHKの「人と暮らしと、台所」という番組で、建築家の阿部勤さんの、あまりにも有名な自邸「中心のある家」が取り上げられた回だった。ペニンシュラキッチンの、たくさんのユニークな調理道具の間に置かれていたGALAを「これなんかは胡椒入れに見えますけど」と手に取り、振り始めるとスティールパンの音が流れ出す。ボタンを押すとバラライカの音色に変わり、さらにスコットランドのバグパイプに。「こんなふうに台所で遊んでいるんです」阿部勤さんは憧れの人ではあったが面識はなかったし、まさかGALAを買って頂いていたとは夢にも思わなかった。

プロダクトをデザインする時、僕はいつも、形だけでなく存在そのものをデザインしたいと思っている。すべての「もの」は生み出す人間の想い次第で、単なるツールではなく、人と共に時間を過ごす存在になれると考えている。番組で阿部勤さんがGALAを調理具の横に置きながら「彼もここの方が居心地が良さそうでしょ」と言った。GALAを「彼」と呼んでくれたことに、僕は心底感動した。なんの注釈も無しに、「もの」だけを介して、僕たちの思いが阿部さんに伝わった気がした。これは今すぐにでも阿部さんに手紙を書かなければならない。番組を観た興奮も冷めやらぬ中手紙を封書にしたためた後で、送り先がわからない事に気がついた。

当時駒込に住んでいた僕は、近所にあるギャラリー「ときの忘れもの」に行けば宛先を教えてもらえるかもしれないと思った。ときの忘れものが入る建築は阿部さんの設計と知っていたからだ。訪ねるとオーナーの綿貫さんご夫妻が運良くいらっしゃって、阿部さんにまつわる様々なエピソードを伺った。番組はお二人もご覧になっていて、「そういう事ならすぐにでも阿部先生を訪ねてみたら。きっと喜ばれると思いますよ」と縁を繋いでくださった。綿貫さんご夫妻には感謝してもしきれない。

中心のある家でお会いした阿部さんは、どこまでも自然体で、ユーモアを愛する方だった。建築に関する発見は数えきれない程あったのだけれど、印象的だったのはその家に所狭しと置かれていた、阿部さんが世界中様々な場所で出会った「もの」たち。骨董品レベルの貴重なアンティークから河原で拾った石まで、そこにヒエラルキーは微塵も感じない。みんなが仲良く肩を並べて阿部さんと生活している。そしてその中にGALAも安心しきった顔で並んでいた。「中心のある家は曼荼羅だという見方があってね」とお話を伺ったとき、僕は森の動物たちが釈迦の説法を聞きに集まるシーンを思い浮かべた。中心のある家はまさにその中心、菩提樹だ。今年の1月10日に阿部さんが亡くなったと聞いた時、GALAたちは何か知っていたのかもしれないと思った。阿部さんを慕って、たくさんのものたちも天国に付き添ったに違いない。


お会いした時、ひとつ気になっていた質問をした。「GALAをどうやって見つけたんですか?」すると意外な答えが帰ってきた。「学芸大学に馴染みの鮨屋があってね、そこに行く途中にある古本屋で、偶然見つけたんだ」僕は衝撃のあまり変な叫び声をあげてしまった。というのも、むかし僕はその古本屋の上階に、7年近く住んでいたのだ。古本屋は「流浪堂」という名で、そんなよしみがあったものだから、発売当初店主の二見さんのご好意でGALAを置いてもらっていた。そこに住んでいたときルームシェアしていた友人は、GALAを一緒に作った仲間でもある。今までの自分の人生における出会いの断片が、今日という日に向かって収束していたような気がしてきた。すると阿部さんが奥からガサゴソと何か包みを取り出してきて言った。「だれか気にいる人にあげようと思って、実はその時3つ買ったんだ」阿部さんの手に乗っていたのは、パッケージに入ったままの2つの新品のGALAだった。僕は胸がいっぱいになった。GALAを作って本当に良かった。阿部さんにお会いできて本当に良かった。「ありがとうございます」と僕が言うと、阿部さんはこう言った。「これが本当の、ときの忘れものだね」
(さとう けいた)
■佐藤 圭多 / Keita Sato
プロダクトデザイナー。1977年千葉県生まれ。キヤノン株式会社にて一眼レフカメラ等のデザインを手掛けた後、ヨーロッパを3ヶ月旅してポルトガルに魅せられる。帰国後、東京にデザインスタジオ「SATEREO」を立ち上げる。2022年に活動拠点をリスボンに移し、日本国内外のメーカーと協業して工業製品や家具のデザインを手掛ける。跡見学園女子大学兼任講師。
SATEREO(佐藤立体設計室) を主宰。
・佐藤圭多さんの連載エッセイ「大西洋のファサード -ポルトガルで思うこと-」は隔月、偶数月の20日に更新します。次回は2023年4月20日の予定です。
*画廊亭主敬白
ときの忘れものが入居するLAS CASASの設計者・阿部勤先生が亡くなられたことは先日のブログでも書きました。思えば佐藤圭多さんご一家とのご縁も阿部先生がつないでくれたのでした。阿部先生はお人柄でしょうか、いろいろなご縁をときの忘れものにもたらしてくださいました。
感謝しかありません。
●本日のお勧め作品は駒井哲郎です。
駒井哲郎《花》
※レゾネNo.186(美術出版社)
1965
アクアチント+手彩色
12.5×9.3cm
Ed.100 サインあり
こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください。
◆「春の小展示/松本竣介と駒井哲郎」
会期:2023年2月15日(水)~2月25日(土)*日・月・祝日休廊
出品作品の画像とデータは2月9日ブログに掲載しています。
挿画本やカタログについては2月15日のブログ「松本竣介の画集・カタログ」と、2月16日のブログ「駒井哲郎の挿画本とカタログ」をご参照ください。

●ときの忘れものは2017年に青山から〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。阿部勤が設計した個人住宅だった空間で企画展の開催、版画のエディション、美術書の編集等を行なっています(WEBマガジン コラージ2017年12月号18~24頁の特集参照)。
JR及び南北線の駒込駅南口から徒歩約8分です。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
E-mail:info@tokinowasuremono.com
http://www.tokinowasuremono.com/
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。*日・月・祝日は休廊
第6回 阿部勤さんのこと
佐藤圭多

バリ島で聴くガムラン、トリニダード・トバゴで聴くスティールパン、ブラジルで聴くビリンバウ。旅に出る醍醐味のひとつは、様々な民族楽器との出会いだ。ユニークな形の魅力も相まって、つい衝動買いしてしまう。ドラム缶大のスティールパンを買ってしまい、抱えて旅していてミュージシャンに間違われたこともあった。曲は弾けなくても、その楽器から発せられるたった一音を耳にするだけで、旅の情景は鮮やかによみがえってくる。


プロダクトデザイナーである自分は、独立したてで差し迫った仕事もなかった頃、こんな旅先での体験をプロダクトにできないかと考えた。1つの「もの」で、様々な民族楽器を弾く体験ができたら、空想上の世界旅行ができるのではないか。楽器は弾く人次第で、音色が無限に変化する。そんな双方向性も旅に似ている気がした。振るだけで様々な民族楽器の音を奏でられる、木の工芸品のような電子楽器、という絵が頭に浮かんだ。企画に賛同してくれた友人らとともに粘り強く開発を進め、クラウドファンディングで量産資金を調達して、3年の歳月をかけて「GALA(ガラ)」という名前で製品化した。

ポルトガル移住の準備を始めた頃、友人からメッセージが来た。「GALAがTVに出てる」それまでもいくつかメディアに取り上げてもらってはいたけれど、この話は製造元である僕たちも全く知らなかった。それはNHKの「人と暮らしと、台所」という番組で、建築家の阿部勤さんの、あまりにも有名な自邸「中心のある家」が取り上げられた回だった。ペニンシュラキッチンの、たくさんのユニークな調理道具の間に置かれていたGALAを「これなんかは胡椒入れに見えますけど」と手に取り、振り始めるとスティールパンの音が流れ出す。ボタンを押すとバラライカの音色に変わり、さらにスコットランドのバグパイプに。「こんなふうに台所で遊んでいるんです」阿部勤さんは憧れの人ではあったが面識はなかったし、まさかGALAを買って頂いていたとは夢にも思わなかった。

プロダクトをデザインする時、僕はいつも、形だけでなく存在そのものをデザインしたいと思っている。すべての「もの」は生み出す人間の想い次第で、単なるツールではなく、人と共に時間を過ごす存在になれると考えている。番組で阿部勤さんがGALAを調理具の横に置きながら「彼もここの方が居心地が良さそうでしょ」と言った。GALAを「彼」と呼んでくれたことに、僕は心底感動した。なんの注釈も無しに、「もの」だけを介して、僕たちの思いが阿部さんに伝わった気がした。これは今すぐにでも阿部さんに手紙を書かなければならない。番組を観た興奮も冷めやらぬ中手紙を封書にしたためた後で、送り先がわからない事に気がついた。

当時駒込に住んでいた僕は、近所にあるギャラリー「ときの忘れもの」に行けば宛先を教えてもらえるかもしれないと思った。ときの忘れものが入る建築は阿部さんの設計と知っていたからだ。訪ねるとオーナーの綿貫さんご夫妻が運良くいらっしゃって、阿部さんにまつわる様々なエピソードを伺った。番組はお二人もご覧になっていて、「そういう事ならすぐにでも阿部先生を訪ねてみたら。きっと喜ばれると思いますよ」と縁を繋いでくださった。綿貫さんご夫妻には感謝してもしきれない。

中心のある家でお会いした阿部さんは、どこまでも自然体で、ユーモアを愛する方だった。建築に関する発見は数えきれない程あったのだけれど、印象的だったのはその家に所狭しと置かれていた、阿部さんが世界中様々な場所で出会った「もの」たち。骨董品レベルの貴重なアンティークから河原で拾った石まで、そこにヒエラルキーは微塵も感じない。みんなが仲良く肩を並べて阿部さんと生活している。そしてその中にGALAも安心しきった顔で並んでいた。「中心のある家は曼荼羅だという見方があってね」とお話を伺ったとき、僕は森の動物たちが釈迦の説法を聞きに集まるシーンを思い浮かべた。中心のある家はまさにその中心、菩提樹だ。今年の1月10日に阿部さんが亡くなったと聞いた時、GALAたちは何か知っていたのかもしれないと思った。阿部さんを慕って、たくさんのものたちも天国に付き添ったに違いない。


お会いした時、ひとつ気になっていた質問をした。「GALAをどうやって見つけたんですか?」すると意外な答えが帰ってきた。「学芸大学に馴染みの鮨屋があってね、そこに行く途中にある古本屋で、偶然見つけたんだ」僕は衝撃のあまり変な叫び声をあげてしまった。というのも、むかし僕はその古本屋の上階に、7年近く住んでいたのだ。古本屋は「流浪堂」という名で、そんなよしみがあったものだから、発売当初店主の二見さんのご好意でGALAを置いてもらっていた。そこに住んでいたときルームシェアしていた友人は、GALAを一緒に作った仲間でもある。今までの自分の人生における出会いの断片が、今日という日に向かって収束していたような気がしてきた。すると阿部さんが奥からガサゴソと何か包みを取り出してきて言った。「だれか気にいる人にあげようと思って、実はその時3つ買ったんだ」阿部さんの手に乗っていたのは、パッケージに入ったままの2つの新品のGALAだった。僕は胸がいっぱいになった。GALAを作って本当に良かった。阿部さんにお会いできて本当に良かった。「ありがとうございます」と僕が言うと、阿部さんはこう言った。「これが本当の、ときの忘れものだね」
(さとう けいた)
■佐藤 圭多 / Keita Sato
プロダクトデザイナー。1977年千葉県生まれ。キヤノン株式会社にて一眼レフカメラ等のデザインを手掛けた後、ヨーロッパを3ヶ月旅してポルトガルに魅せられる。帰国後、東京にデザインスタジオ「SATEREO」を立ち上げる。2022年に活動拠点をリスボンに移し、日本国内外のメーカーと協業して工業製品や家具のデザインを手掛ける。跡見学園女子大学兼任講師。
SATEREO(佐藤立体設計室) を主宰。
・佐藤圭多さんの連載エッセイ「大西洋のファサード -ポルトガルで思うこと-」は隔月、偶数月の20日に更新します。次回は2023年4月20日の予定です。
*画廊亭主敬白
ときの忘れものが入居するLAS CASASの設計者・阿部勤先生が亡くなられたことは先日のブログでも書きました。思えば佐藤圭多さんご一家とのご縁も阿部先生がつないでくれたのでした。阿部先生はお人柄でしょうか、いろいろなご縁をときの忘れものにもたらしてくださいました。
感謝しかありません。
●本日のお勧め作品は駒井哲郎です。
駒井哲郎《花》※レゾネNo.186(美術出版社)
1965
アクアチント+手彩色
12.5×9.3cm
Ed.100 サインあり
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※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください。
◆「春の小展示/松本竣介と駒井哲郎」
会期:2023年2月15日(水)~2月25日(土)*日・月・祝日休廊
出品作品の画像とデータは2月9日ブログに掲載しています。
挿画本やカタログについては2月15日のブログ「松本竣介の画集・カタログ」と、2月16日のブログ「駒井哲郎の挿画本とカタログ」をご参照ください。

●ときの忘れものは2017年に青山から〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。阿部勤が設計した個人住宅だった空間で企画展の開催、版画のエディション、美術書の編集等を行なっています(WEBマガジン コラージ2017年12月号18~24頁の特集参照)。
JR及び南北線の駒込駅南口から徒歩約8分です。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
E-mail:info@tokinowasuremono.com
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