杉山幸一郎のエッセイ「幸せにみちたくうかんを求めて」第85回
三人寄れば。。

三月下旬の暖かな日、午後の授業の一環で学生40人と建築を訪れました。
チューリッヒ駅から電車と徒歩合わせて20分強。行き先は≪Zwicky Sued≫という、かつて繊維工場だったところが再開発された地域です。すぐ隣に高速道路がある騒がしいところに「住むところ」と「働くところ」が8対2の割合で実現された都市住宅です。(2016年竣工)
設計はSchneider Studer Primasという建築事務所です。偶然ですが第76回の記事で紹介した「雲のバルコニー」がある学校も、彼らの設計でした。
その以前紹介した学校は、建物内に全く廊下がないかわりに、ゆったりとした屋根付き外部空間であるバルコニーを廊下として計画し、そこからそれぞれの教室へ入っていく斬新な提案でした
一方で、今回のプロジェクトで特徴的なのは、全体を作り出している3つの建築タイプです。建築家から受け取ったパンフレットを見ると、≪Scheibe (スライス)≫、≪Block (ブロック)≫、そして≪Halle (ホール)≫という構成の異なるタイプを共存させることで、できあがる全体の単調さを避け、地域性をつくる外部空間を豊かなものにしています。

≪スライス≫は板のように奥行きの小さい構成です。計画敷地を取り囲むようにして配置され、高速道路が走るこの敷地にあって、周囲の騒音から内側の敷地を守る壁のような役割をします。外周のバルコニーは小さなテーブルをおけるくらいの幅があり、またそれが騒音のバッファーゾンを作り出しています。
≪ブロック≫は敷地の真ん中に2つあるコンパクトなヴォリュームです。機能の詰まった塊で、スライスやホールでは実現できない住戸密度で高い不動産的価値を生み出しています。真ん中には採光を兼ねたアトリウムがあり、内側の部屋にも光を運びます。
≪ホール≫はその名の通り、多くの人が集まるおおらかな場所として計画され、アクセスのしやすい地上階にあります。
これら3つのタイプはそれぞれに利点があり、同時に欠点も存在します。例えばブロックタイプだけで敷地全体を計画した方が高密度な集合住宅群ができます。しかし、そんなコンパクトで密な構成が「住み働くところ」にあった環境なのか?人が集まることを許容できるのか?
それらを考慮すると、必ずしも全ての要件をカバーできるタイプではないことに気づきます。だからこそ、3つのタイプを重ね合わせることで欠点を補完し合い、全体を作り出そうとしていたのです。

資料を見ると、建物は場所によって3つの異なる外装が施されています。そしてそれらは先の3つのタイプに必ずしも1対1で対応しているわけではありません。空間の構成と、素材とを二つの異なるレイヤーとして編み込むことで「明快な複雑さ」をつくり、それが都市空間の豊かさをつくるのに寄与しているのです。
アイデアを一つに絞らずに、不完全なアイデアを複数のまま、互いに支え合うようなものとして計画する。ことわざにも似た面白いアプローチだと思いました。
(すぎやま こういちろう)
■杉山幸一郎 Koichiro SUGIYAMA
日本大学、東京藝術大学大学院にて建築を学び、在学中にスイス連邦工科大学に留学。2014年から2021年までアトリエピーターズントー。現在、スイス連邦工科大学チューリッヒ校で設計を教える傍ら、建築設計事務所atelier tsuを共同主宰。2022年1月ときの忘れものにて初個展「杉山幸一郎展スイスのかたち、日本のかたち」を開催、カタログを刊行。
世の中に満ち溢れているけれどなかなか気づくことができないものを見落とさないように、感受性の幅を広げようと日々努力しています。
・ 杉山幸一郎のエッセイ「幸せにみちたくうかんを求めて」は毎月10日の更新です。
●本日のお勧め作品は杉山幸一郎です。
"Line & Fill 58"
2020年
水彩
21.0×29.7cm
サインあり
※展覧会カタログp.36掲載
こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください。
●倉俣史朗の限定本『倉俣史朗 カイエ Shiro Kuramata Cahier 1-2 』を刊行しました。
限定部数:365部(各冊番号入り)
監修:倉俣美恵子、植田実
執筆:倉俣史朗、植田実、堀江敏幸
アートディレクション&デザイン:岡本一宣デザイン事務所
体裁:25.7×25.7cm、64頁、和英併記、スケッチブック・ノートブックは日本語のみ
価格:7,700円(税込) 送料1,000円
詳細は3月24日ブログをご参照ください。
お申込みはこちらから
●ときの忘れものは2017年に青山から〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。阿部勤が設計した個人住宅だった空間で企画展の開催、版画のエディション、美術書の編集等を行なっています(WEBマガジン コラージ2017年12月号18~24頁の特集参照)。
JR及び南北線の駒込駅南口から徒歩約8分です。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
E-mail:info@tokinowasuremono.com
http://www.tokinowasuremono.com/
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。*日・月・祝日は休廊
三人寄れば。。

三月下旬の暖かな日、午後の授業の一環で学生40人と建築を訪れました。
チューリッヒ駅から電車と徒歩合わせて20分強。行き先は≪Zwicky Sued≫という、かつて繊維工場だったところが再開発された地域です。すぐ隣に高速道路がある騒がしいところに「住むところ」と「働くところ」が8対2の割合で実現された都市住宅です。(2016年竣工)
設計はSchneider Studer Primasという建築事務所です。偶然ですが第76回の記事で紹介した「雲のバルコニー」がある学校も、彼らの設計でした。
その以前紹介した学校は、建物内に全く廊下がないかわりに、ゆったりとした屋根付き外部空間であるバルコニーを廊下として計画し、そこからそれぞれの教室へ入っていく斬新な提案でした
一方で、今回のプロジェクトで特徴的なのは、全体を作り出している3つの建築タイプです。建築家から受け取ったパンフレットを見ると、≪Scheibe (スライス)≫、≪Block (ブロック)≫、そして≪Halle (ホール)≫という構成の異なるタイプを共存させることで、できあがる全体の単調さを避け、地域性をつくる外部空間を豊かなものにしています。

≪スライス≫は板のように奥行きの小さい構成です。計画敷地を取り囲むようにして配置され、高速道路が走るこの敷地にあって、周囲の騒音から内側の敷地を守る壁のような役割をします。外周のバルコニーは小さなテーブルをおけるくらいの幅があり、またそれが騒音のバッファーゾンを作り出しています。
≪ブロック≫は敷地の真ん中に2つあるコンパクトなヴォリュームです。機能の詰まった塊で、スライスやホールでは実現できない住戸密度で高い不動産的価値を生み出しています。真ん中には採光を兼ねたアトリウムがあり、内側の部屋にも光を運びます。
≪ホール≫はその名の通り、多くの人が集まるおおらかな場所として計画され、アクセスのしやすい地上階にあります。
これら3つのタイプはそれぞれに利点があり、同時に欠点も存在します。例えばブロックタイプだけで敷地全体を計画した方が高密度な集合住宅群ができます。しかし、そんなコンパクトで密な構成が「住み働くところ」にあった環境なのか?人が集まることを許容できるのか?
それらを考慮すると、必ずしも全ての要件をカバーできるタイプではないことに気づきます。だからこそ、3つのタイプを重ね合わせることで欠点を補完し合い、全体を作り出そうとしていたのです。

資料を見ると、建物は場所によって3つの異なる外装が施されています。そしてそれらは先の3つのタイプに必ずしも1対1で対応しているわけではありません。空間の構成と、素材とを二つの異なるレイヤーとして編み込むことで「明快な複雑さ」をつくり、それが都市空間の豊かさをつくるのに寄与しているのです。
アイデアを一つに絞らずに、不完全なアイデアを複数のまま、互いに支え合うようなものとして計画する。ことわざにも似た面白いアプローチだと思いました。
(すぎやま こういちろう)
■杉山幸一郎 Koichiro SUGIYAMA
日本大学、東京藝術大学大学院にて建築を学び、在学中にスイス連邦工科大学に留学。2014年から2021年までアトリエピーターズントー。現在、スイス連邦工科大学チューリッヒ校で設計を教える傍ら、建築設計事務所atelier tsuを共同主宰。2022年1月ときの忘れものにて初個展「杉山幸一郎展スイスのかたち、日本のかたち」を開催、カタログを刊行。
世の中に満ち溢れているけれどなかなか気づくことができないものを見落とさないように、感受性の幅を広げようと日々努力しています。
・ 杉山幸一郎のエッセイ「幸せにみちたくうかんを求めて」は毎月10日の更新です。
●本日のお勧め作品は杉山幸一郎です。
"Line & Fill 58"2020年
水彩
21.0×29.7cm
サインあり
※展覧会カタログp.36掲載
こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください。
●倉俣史朗の限定本『倉俣史朗 カイエ Shiro Kuramata Cahier 1-2 』を刊行しました。
限定部数:365部(各冊番号入り)
監修:倉俣美恵子、植田実
執筆:倉俣史朗、植田実、堀江敏幸
アートディレクション&デザイン:岡本一宣デザイン事務所
体裁:25.7×25.7cm、64頁、和英併記、スケッチブック・ノートブックは日本語のみ
価格:7,700円(税込) 送料1,000円
詳細は3月24日ブログをご参照ください。
お申込みはこちらから
●ときの忘れものは2017年に青山から〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。阿部勤が設計した個人住宅だった空間で企画展の開催、版画のエディション、美術書の編集等を行なっています(WEBマガジン コラージ2017年12月号18~24頁の特集参照)。
JR及び南北線の駒込駅南口から徒歩約8分です。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
E-mail:info@tokinowasuremono.com
http://www.tokinowasuremono.com/
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。*日・月・祝日は休廊
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