冠婚葬祭というけれど、コロナ禍で結婚式や葬儀の多くは家族だけ(近親者)の集まりになってきました。自然の力の巨大な影響力に驚くばかりです。
友人知人、仕事の関係者の祝い事を周囲が大勢で祝福する、あるいは遠い近いはあったにせよ人生の途中で触れ合った人の野辺送りに立ち会うことによって、人は己の来し方を振り返り、またそこで出会った人と新たな縁を繋ぐ。
そういう機会がどんどん少なくなっているようです。

明日7月18日は亭主の盟友であり、ときの忘れものの重要なブレーンだった北澤敏彦さんの命日(七回忌)です。
2017年の夏、ときの忘れものが駒込に越してきた直後の死でした。
青山時代最後の展覧会「植田正治写真展―光と陰の世界―Part I」と、駒込への移転通知の案内状が北澤さんの最後の仕事になりました。
北澤さんとは数えきれないほど多くの仕事をしましたが、中でも一番の大仕事は足掛け6年に渡った『資生堂ギャラリー七十五年史 1919~1994』の編集でした。
kitazawa
北澤敏彦 Kitazawa Toshihiko
1946年 長野県生まれ。
1968年 桑沢デザイン研究所グラフィクデザイン研究科卒業。
1969年 東京グラフィックデザイナーズ入社。
1974年 株式会社ディス・ハウス設立。
受賞
東京アートディレクターズクラブ賞(書籍)
NAAC展・東京アートディレクターズクラブ推薦技術賞(ポスター)
ポスタートリエンナーレトヤマ入選(ポスター)2回
ワルシャワポスタービエンナーレ入選(ポスター)
毎日広告デザイン賞 5回入選
雑誌広告賞 金・銀・銅賞 他
個展
1979年「肖像」西瓜糖
1995年「またたび」 ギャラリー&カンパニー
2017年「北澤敏彦展」バツ・アート・ギャラリー 

亭主が北澤さんに出会ったのは1980年代の後半、虎ノ門にあった日本アドヴィザーという会社に勤めたときでした。ボスがフランス人で、その会社のロゴやデザインを担当していたのが北澤さんでした。
写真の通り当時から丸刈りで、酒は飲めない人だったので近くの喫茶店で(亭主はその頃、昼間からビールを飲んでいた)雑談に耽っていたとき、
「北澤さん、その頭どうしてるの」
「えー、自分でバリカンで刈ってますよ」
「いいなあ安上がりで、俺なんかこんな頭(まだ少し毛があった)でも床屋で大枚取られているよ」

それから数時間もしないうちに、青山から虎ノ門へバイク便で新品の「電気バリカン」が届いた。
以来、亭主は床屋に行かず(行けず)、社長に北澤さんに贈られたバリカンで刈られています(深謝)。

●1988年
アンディ・ウォーホル『ポップ・アートの神話 アンディ・ウォーホル展』図録
1988年
発行:日本アドヴィザー
デザイン:北澤敏彦
30.0x30.0cm  56ページ
図版:114点収録


●1989年
ラブルール版画展『ジャン=エミール・ラブルール版画展』図録
1989年 
ギャラリーアバンギャルド 発行
86ページ 29.7x22.0cm
制作:ピエール・ボードリ
編集:高梨智、白石理恵子、加藤協子
編集協力:中原千里(パリ)、吉岡淳子
執筆:海野弘
翻訳:ジャン・カンピニョン、内山義雄、市川飛砂
デザイン:北澤敏彦+株式会社ディス・ハウス

01『エッフェル塔 100年のメッセージ【建築・ファッション・絵画】』図録
1989年
313ページ 30.0x22.0cm
エッフェル塔100周年記念実行委員会
うめだ阪急百貨店・群馬県立近代美術館・松菱・東京ステーションギャラリー・岩手県民会館で巡回開催
会期:1989年9月~12月
監修:中山公男
デザイン:北澤敏彦+ディスハウス
日仏併記


●1991年
02『没後15年 銅版画の詩人 駒井哲郎回顧展』図録
1991年
資生堂 発行
63ページ 26.0x18.0cm
収録図版:85点(油彩、水彩、銅版、木版、モノタイプ)
執筆:中林忠良、野見山暁治、駒井美子、福原義春、中村稔、河合晴生、
解題:綿貫不二夫
企画・編集:資生堂企業文化部、アルスマーレ企画室
デザイン:ディスハウス(北澤敏彦
*シリーズ企画<資生堂ギャラリーとそのアーティスト達>の第1回展図録


●1995年
03『資生堂ギャラリー七十五年史 1919~1994』
1995年
資生堂 発行
736ページ 30.5x23.0cm
監修:富山秀男
編纂委員:阿部公正、飯沢耕太郎、海野弘、五十殿利治、田中日佐夫、富山秀男、横山勝彦、
執筆:赤木里香子、秋山正、阿部公正、飯沢耕太郎、石川毅、海上雅臣、海野弘、大井健地、大泉博一郎、大河内菊雄、大谷省吾、大屋美那、五十殿利治、金子賢治、河田明久、菊屋吉生、北川太一、栗原敦、小池智子、佐々木繁美、島田康寛、清水勲、清水久夫、白石和己、菅原教夫、巣山健、田中日佐夫、富山秀男、中村圭介、中村誠、野地耕一郎、林洋子、福原義春、藤森照信、藤谷陽悦、増野恵子、松永伍一、六岡康光、村上公司、諸山正則、矢口國夫、柳沢秀行、山本武夫、横山勝彦、吉田漱、綿貫不二夫
デザイン:北澤敏彦


●1998年
磯崎新『栖十二』より第二信ル・コルビュジェ[母の小さい家]
vol2磯崎新「栖十二」第二信パッケージ
1998年8月15日付書簡(書き下ろしエッセイ)と銅版画1点が挿入された。
パッケージデザイン:北澤敏彦


●2003年
20170718 (6)
麻布のすし屋にて


●2004年
20170718 (5)青山・ときの忘れものにて、版画掌誌編集会議


●2004年
20170718 (3)神宮前の北澤さんの事務所の近くで


●2006年
003『トリシャ・ブラウン―思考というモーション』
2006年 ときの忘れもの 発行
A5判 112ページ
テキスト:トリシャ・ブラウン、岡崎乾二郎、スティーヴ・パクストン、マース・カニングハム、ウィリアム・フォーサイス、ジョナス・メカス、中谷芙ニ子、石井達朗、黒沢美香、岡田利規
翻訳:木下哲夫、中井悠
編集:ぱくみょんみ、尾立麗子、綿貫不二夫
デザイン:北澤敏彦(DIX-HOUSE)

トリシャブラウン編集会議青山・ときの忘れもの、トリシャ・ブラウン編集会議


●2011年
poster_A_600
「第21回瑛九展 46の光のかけら/フォトデッサン型紙」瑛九展ポスター
(表)
デザイン:北澤敏彦DIX-HOUSE
サイズ:84.1x59.4cm(A1)
限定200部(番号入り)

poster_B_600瑛九展ポスター(裏)


●2014年
表紙『瀧口修造展 I』図録
2014年
ときの忘れもの 発行
21.5x15.2cm 76ページ
執筆:土渕信彦「瀧口修造―人と作品」
再録:瀧口修造「私も描く」(『藝術新潮』 新潮社 1961年 5月)
瀧口修造「手が先き、先きが手」(『季刊トランソニック』第2号 全音楽譜出版社 1974年4月)
ハードカバー 英文併記
翻訳:ポリー・バートン
編集:尾立麗子(ときの忘れもの)
デザイン:北澤敏彦(株式会社DIX-HOUSE)
図版:水彩、ドローイング、ロトデッサンなど44点


●2015年
カタログ表紙『福井の小コレクター運動とアートフル勝山の歩み―中上光雄・陽子コレクションによる―』図録
2015年1月3日
発行:中上邸イソザキホール運営委員会(荒井由泰、中上光雄、中上哲雄、森下啓子)
編集:ときの忘れもの(尾立麗子、秋葉恵美)
デザイン:北澤敏彦、高橋千瑛(DIX-HOUSE)
96ページ 25.7x18.3cm
執筆:西村直樹(福井県立美術館学芸員)、荒井由泰(アートフル勝山の会代表)、野田哲也(画家)、丹阿弥丹波子(画家)、北川健次(美術家・美術評論)、綿貫不二夫(ときの忘れもの)

●2017年
2017年6月移転通知DMときの忘れもののロゴマークも北澤さんのデザインです。このハガキが北澤さんにお願いした最後の仕事になりました。
あらためて生前の協働に感謝するとともに、北澤さんのご冥福をお祈りします。

●ときの忘れものは2017年に青山から〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。阿部勤が設計した個人住宅だった空間で企画展の開催、版画のエディション、美術書の編集等を行なっています(WEBマガジン コラージ2017年12月号18~24頁の特集参照)。
JR及び南北線の駒込駅南口から徒歩約8分です。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531 
E-mail:info@tokinowasuremono.com
http://www.tokinowasuremono.com/
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。*日・月・祝日は休廊