三上豊「今昔画廊巡り」

第6回 画廊春秋


 ビルの2階への階段を上がると窓のないちょっと暗めの空間がある。ドアを開けると右側の壁面にはオブジェが置けるスペースがあった。正面の壁面が作家たちの勝負壁で、画廊の左側の一角に事務室があり、そこにときにあぐらをかいて座っていたのが、オーナーの浅川邦夫(1932-)さんだった。氏は福井県出身、旧制高校ではジャンクアートで知られる小野忠弘と知り合い、自由美術協会展に入選したこともある。上京後、小野の師でもある鳥海青児の紹介で1956年に南画廊に入り、67年まで勤める。そこで知り合った作家たちとの縁が独立しても続いていく。2003年まで画廊春秋を運営、当初会場の改装費用に1000万かかったとか。場所は電通通りの近く、銀座7-2-4 松尾ビル2階(現在ビル名は異なる)。展示壁面は25メートル。画廊は、主に貸しで運営され、1日10000円(1971年当時)だった。画廊名は電通通りの向こうにあった老舗の文藝春秋画廊を「食ってやれ」との意気で「画廊春秋」としたそうな。

 この辺りのことは、足利市立美術館で2012年に開催された「画廊の系譜 浅川コレクションと1960―80年代日本の美術」展図録や『あいだ』209号に掲載の浅川さんへのインタヴューに詳しい。浅川コレクションは、浅川さんが南画廊時代に購入したものを含め、60年代の現代美術の動向を示す作品が多く、同上展開催時には約700点が足利市立美術館に寄託されている。また、なぜ足利美術館かというと、初代館長の兄弟が画廊で発表した親しい作家だそうだ。

 時間を画廊内に戻すと、事務室兼応接間の壁面や床に小品があり、なかに中西夏之の「コンパクト・オブジェ」がゴロリとあり、驚いたことがあった。「まあ、座りなさい」と声をかけられ、ひと時を過ごすことは数えるほどしかなかったが、作品群に囲まれていると、異次元に落ち込んでいくような不思議な感覚が起こってきたものだ。

 そもそも、画廊で発表する作家の主要メンバーが、普通の綺麗な作風でなく、ちょっと不気味な雰囲気をもつ作品を展示する向きがあった。清水晃は画廊春秋で26回個展を開催しているそうだが、清水の「漆黒のオブジェ・シリーズ」は、美しさより、ちょっと「危ない」感覚を醸し出していて、閉廊後の闇がやってくると作品は起き出し、宴会をやりに銀座の街に繰り出していくような感じだった。桜井孝身展を取材したことがあった。とうとうと語る桜井の熱量に圧倒されて、立ち上がることができずにいた記憶がある。

 モクさん(菊畑茂久馬)、イマさん(今泉省彦)、細江英公といった作家たちとのつきあいから、美学校をはじめ、彼らの教え子たちが発表の場として画廊春秋を使っていくこともあった。細江英公は70年11月に個展(『薔薇刑』など)を予定していたが、同月三島由紀夫の割腹事件がおこり、展示を急遽延期、半年後に開催すると観客が押し寄せ、銀座4丁目の交番は場所の問い合わせにこまり、浅川さんは地図とお茶菓子を持って詫びを入れに行ったという。この写真展を契機にオリジナル・プリントを販売することがはじまり、エドワード・ウエストン、ウィン・バロック、ユージン・スミスなどの展覧会が開催された。

 画廊春秋、ちょっとクセのある面白い画廊だった。

(みかみ ゆたか)

外観
*中央、木の後ろのビル2階に画廊春秋があった。画面左に行くと電通通り。

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*菊畑茂久馬展の案内状

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*展覧会案内状のいくつか

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*1970年ごろの画廊地図

■三上 豊(みかみ ゆたか)
1951年東京都に生まれる。11年間の『美術手帖』編集部勤務をへて、スカイドア、小学館等の美術図書を手掛け、2020年まで和光大学教授。現在フリーの編集者、東京文化財研究所客員研究員。主に日本近現代美術のドキュメンテーションについて研究。『ときわ画廊 1964-1998』、『秋山画廊 1963-1970』、『紙片現代美術史』等を編集・発行。

・三上豊のエッセイ「今昔画廊巡り」は毎月28日の更新です。次回は2023年11月28日です。どうぞお楽しみに。

●本日のお勧め作品は、細江英公です。
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《1970年3月30日》
1970年
ゼラチンシルバープリント
23.6×29.5cm
サインあり
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●ときの忘れものの建築は阿部勤先生の設計です。
建築空間についてはWEBマガジン<コラージ2017年12月号18~24頁>に特集されています。
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