三上豊「今昔画廊巡り」

第9回 お茶の水画廊・淡路町画廊


 お茶の水画廊・淡路町画廊から閉廊の挨拶状が届いたのは、2010年4月のことだった。

 お茶の水画廊は1975年に文京区本郷2丁目3の15番地に開廊、83年淡路町画廊開廊後、しばらくして淡路町画廊の隣、千代田区神田区淡路町2丁目11番地に移転している。本郷にあったお茶の水画廊は、水道橋駅から都立工芸高校横の坂道を登り、元町公園を抜けて行くか、御茶ノ水駅から順天堂大学の施設を巡るように行くことになる。その場所は、現在は東京都のトーキョーアーツアンドスペースという覚えにくい名前の施設のそばで、お茶の水画廊事務所兼オーナーだった長谷川公男(1945―)さんの自宅がある。淡路町画廊は、地下鉄小川町駅から徒歩3分、神田郵便局の近くにあった。

 今回、長谷川さんに数十年ぶりにお会いしてお話を伺うことができた。長谷川さんは若き日、新聞広告にでていたフジテレビギャラリーの社員募集を見、試験を受けて美術業界に入った。フジテレビギャラリー自体長い物語になるが、ここではひとつだけ。長谷川さんが入社すると、『営業入門』なる冊子を渡された。「これだけは知っておきたい」内容が盛り込まれたもので、筆者は林紀一郎さん、のちに新潟市美術館長などを務めた方だ。作品の価格、コレクター対応などが記され、おそらくこの業界では珍しい資料だろう。

 長谷川さんは1975年に独立し、お茶の水画廊を開くが、当初は前の勤め先の系譜を追い、欧米作家の版画展や野田哲也展などを開催した。木造の建物と記憶があり、壁面は30m、床は黒く、以前は出版社だったという。企画画廊として出発したが、80年代からは貸画廊としても開放、1日20000円、83年開廊の淡路町画廊は、30000円でスタートしている。

 私は、ここ20年、お茶の水画廊の場所を記憶捏造、JR線の向こう側、アテネフランセがある側としていた。この妄想、幸いに画廊内で見た作品までには至らず、岡﨑乾二郎の傑作(3点のうち1点)などは今でも思い出す。84年頃の岡﨑作品は、ちぎれ雲が降りてきたような浮遊感が気持ちよかった。
 淡路町画廊は、1917年に建てられた蔵を改装した画廊だ。この蔵は当初書籍商「松山堂」の書庫蔵だった。煉瓦造りの蔵は関東大震災に耐え、東京大空襲を免れてきた。3階建ての蔵は作家たちが改修を行い、他所にはない今風に言えば「隠れ家的な空間」が生まれた。ここにお茶の水画廊が移転してきたことによって、2軒の画廊は名前こそ違へど隣設しており、オーナーも同じ、当時の案内状をみても、どちらの会場を示しているか分かりにくいものがあった。よって「お茶の水画廊・淡路町画廊」という名称もなんとなく立ち上がってくるのだった。

 お茶の水画廊を含め、複数回発表を行なった作家たちをあげてみる。井川惺亮、石黒光男、内倉ひとみ、内田耕、大沢昌助、大沢泰夫、加納敬次、加茂博、斎鹿逸郎、武井宏充、田代由子、谷口光三郎、橋本真之、福原金太郎、星野勝成、松浦寿夫、山口柚、山田弘子、八木ヨシオ、渡辺逸郎。彼ら彼女の名前が挙げることができるのは、長谷川さんとスタッフだった因幡泰江さんが作成した展覧会記録があるからだ。また、長谷川さんが趣味の写真を活かし、撮り続けた展示風景の写真アルバムが保存されてもいる。私の記憶も記録となって正されていくことになる。

 2010年、お茶の水画廊・淡路町画廊は再開発によって閉廊することになる。閉廊後、淡路町画廊の蔵は、2013年には御茶ノ水ソラシティの敷地内に移築され、千代田区景観まちづくり重要物件「ギャラリー蔵」として現在も活き続けている。ただし煉瓦構造は耐震基準に適合しないためコンクリート造となり、内部は2階建てとなっている。

取材協力・画像提供=長谷川公男/画像・1、3、4

(みかみ ゆたか)

image1_トリミング
本郷時代のお茶の水画廊内観

image2 - コピー
案内状各種

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蔵を改装する作家たち。左が福原金太郎、右が加茂博

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淡路町画廊外観

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ギャラリー蔵

■三上 豊(みかみ ゆたか)
1951年東京都に生まれる。11年間の『美術手帖』編集部勤務をへて、スカイドア、小学館等の美術図書を手掛け、2020年まで和光大学教授。現在フリーの編集者、東京文化財研究所客員研究員。主に日本近現代美術のドキュメンテーションについて研究。『ときわ画廊 1964-1998』、『秋山画廊 1963-1970』、『紙片現代美術史』等を編集・発行。

・三上豊のエッセイ「今昔画廊巡り」は毎月28日の更新です。次回は2024年2月28日です。どうぞお楽しみに。

●本日のお勧め作品は、大沢昌助です。
oosawa_06_matinohazure≪街のはづれ≫
1984年
リトグラフ
作品サイズ:30.0×40.0cm
シートサイズ:44.5×59.5cm
Ed.100
サインあり
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●ときの忘れものの建築は阿部勤先生の設計です。
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建築空間についてはWEBマガジン<コラージ2017年12月号18~24頁>に特集されています。
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