大竹昭子のエッセイ「迷走写真館~一枚の写真に目を凝らす」第125回

少女ふたりが浴衣姿で立っている。
膝くらいの丈の子ども用の浴衣だ。
履物は下駄。
ときは夕暮前だろう。
昼間の明るさが夜の闇にバトンタッチされるまでの宙吊りの時間帯だ。
小さいほうは3歳くらいで、
背の高いほうは9歳か10歳だろうか。
歳の離れた姉妹という想像が頭に浮ぶ。
姉は日ごろから、なにくれとなく小さな妹の世話をする習慣がついている。
いまも前かがみになって妹のためになにかしてあげているところだ。
胸の高さにあげられた妹の腕に、姉の両手が添えられている。
ほどけかかった帯を締め直してやっているのだろうか。
それにしては位置が高いような気もするが。
姉の両足はぴたっと閉じられ、うなじから背中のラインに緊張感がある。
全神経が妹に集中され、ほかのことは眼に入っていない。
妹のほうはその行為を当たり前のように受け入れている。
お姉ちゃんがやってくれるから大丈夫、
とばかりに顔を横にむけて遠くを眺めている。
野っ原のように広々した風景に彼女の興味を引くものがあるのだ。
妹の両足は姉とちがって開き気味である。
この年齢の子どもは筋肉がまだできていなくて、足がぴたっと閉じない。
どこもかしこもぷよぷよ、ふかふかして、緩んでいる。
緊張するのは全身を震わせて泣くときくらいだ。
短い前髪がおでこをさらし、頬はふっくらし、顔の輪郭は円い。
やわらかで、かたちの定まらない、自立していない生命。
その生命に頼られて世話を焼いている姉。
浴衣の布地のやわらかな感触もあいまって、
ふたりが織りなす情景からはいたいけなものが染みでてくる。
気になるのは背後にある建造物だ。
ふたりの世界と逆で硬い。
四角いコンクリートのどこにもやわらかさが感じられない。
いったいこの建物はなになのか?
窓はなく、屋根は平らで、長方形の入口があるが、そこにドアはついていなくて、
「開口部」と建築用語で呼ぶほうが相応しい無愛想なありさまである。
なかは暗く、電灯が点くとは思えない。
ニンゲンが過ごすための場所でないことは明らかだ。
低い位置にうっすらと見えているものがあるが、これがなにかもわからない。
見ているうちに不安が兆してくる。
なかからひんやりした空気が這いだし、浴衣の裾から昇ってくる。
建物の壁は色を失い、暗いひとつの塊になっていく。
少女たちが気付いていない何ものかがその開口部から現れてくる。
大竹昭子(おおたけ あきこ)
●作品情報
安井仲治《夕》
1938年(モダンプリント制作:2004年)
名古屋市美術館
●作家プロフィール
安井仲治(1903-1942)
1918年、明星商業学校在学中に写真を始める。1922年の第11回浪華写真倶楽部展に《分離派の建築と其周囲》等を出品し会員外の部で入選。福森白洋の紹介で同倶楽部に入会する。1926年頃から同倶楽部における指導的立場に立ち、全国規模の公募写真展でも受賞を重ねる。1928年、浪華写真俱楽部の実力者たちと「銀鈴社」を結成。1931年から丹平写真倶楽部に審査員として迎えられ、以後活動に参画する。同年、大阪中之島で労働者たちが集会する様子を撮影した〈メーデー〉シリーズを発表。1932年、「新興写真」運動の牙城となった雑誌『光画』(第1巻第5号)に《水》を発表する。同年「半静物」という概念を提唱、さらに1930年代半ばからはシュルレアリスムの制作理論も取り入れながら《蛾》《帽子》《蝶》などを発表した。1941年、丹平写真倶楽部の有志たちとともに神戸港に寄港した亡命ユダヤ人を撮影した〈流氓ユダヤ〉を発表。同年、朝日新聞社主催「新体制国民講座」に登壇し「写真の発達とその芸術的諸相」という演題で講演する。1942年、第15回日本写真美術展に《熊谷守一氏像》を審査員出品。その2か月後、腎不全のため38歳で死去。戦前日本のアマチュア写真文化に多大な影響を与えただけでなく、その業績は土門拳や森山大道、福島辰夫ら戦後写真界を牽引した人々からも高く評価された。
●関連イベント
「生誕120年 安井仲治 僕の大切な写真」展
2024年2月23日(金・祝) - 4月14日(日)
会場:東京ステーションギャラリー
〒100-0005 東京都千代田区丸の内1-9-1
休館日:月曜日[4/8は開館]
開館時間:10:00 - 18:00
※金曜日は20:00まで開館
※入館は閉館30分前まで
料金:一般(当日)1,300円 高校・大学生(当日)1,100円
※中学生以下無料
●大竹昭子のエッセイ「迷走写真館~一枚の写真に目を凝らす」は隔月・偶数月1日の更新です。次回は2024年6月1日掲載です。
●本連載の最初期の部分が単行本になった『迷走写真館へようこそ』(赤々舎)が発売中です。

赤々舎 2023年
H188mm×128mm 168P
価格:1,980円(税込)
※ときの忘れものウェブサイトでも販売しています。
※ときの忘れものウェブサイトからご購入いただいた場合、梱包送料として250円をいただきます。
本書について著者・大竹昭子が語ったインターネットラジオ番組「本とこラジオ」第99回を以下でお聴きになれます。

少女ふたりが浴衣姿で立っている。
膝くらいの丈の子ども用の浴衣だ。
履物は下駄。
ときは夕暮前だろう。
昼間の明るさが夜の闇にバトンタッチされるまでの宙吊りの時間帯だ。
小さいほうは3歳くらいで、
背の高いほうは9歳か10歳だろうか。
歳の離れた姉妹という想像が頭に浮ぶ。
姉は日ごろから、なにくれとなく小さな妹の世話をする習慣がついている。
いまも前かがみになって妹のためになにかしてあげているところだ。
胸の高さにあげられた妹の腕に、姉の両手が添えられている。
ほどけかかった帯を締め直してやっているのだろうか。
それにしては位置が高いような気もするが。
姉の両足はぴたっと閉じられ、うなじから背中のラインに緊張感がある。
全神経が妹に集中され、ほかのことは眼に入っていない。
妹のほうはその行為を当たり前のように受け入れている。
お姉ちゃんがやってくれるから大丈夫、
とばかりに顔を横にむけて遠くを眺めている。
野っ原のように広々した風景に彼女の興味を引くものがあるのだ。
妹の両足は姉とちがって開き気味である。
この年齢の子どもは筋肉がまだできていなくて、足がぴたっと閉じない。
どこもかしこもぷよぷよ、ふかふかして、緩んでいる。
緊張するのは全身を震わせて泣くときくらいだ。
短い前髪がおでこをさらし、頬はふっくらし、顔の輪郭は円い。
やわらかで、かたちの定まらない、自立していない生命。
その生命に頼られて世話を焼いている姉。
浴衣の布地のやわらかな感触もあいまって、
ふたりが織りなす情景からはいたいけなものが染みでてくる。
気になるのは背後にある建造物だ。
ふたりの世界と逆で硬い。
四角いコンクリートのどこにもやわらかさが感じられない。
いったいこの建物はなになのか?
窓はなく、屋根は平らで、長方形の入口があるが、そこにドアはついていなくて、
「開口部」と建築用語で呼ぶほうが相応しい無愛想なありさまである。
なかは暗く、電灯が点くとは思えない。
ニンゲンが過ごすための場所でないことは明らかだ。
低い位置にうっすらと見えているものがあるが、これがなにかもわからない。
見ているうちに不安が兆してくる。
なかからひんやりした空気が這いだし、浴衣の裾から昇ってくる。
建物の壁は色を失い、暗いひとつの塊になっていく。
少女たちが気付いていない何ものかがその開口部から現れてくる。
大竹昭子(おおたけ あきこ)
●作品情報
安井仲治《夕》
1938年(モダンプリント制作:2004年)
名古屋市美術館
●作家プロフィール
安井仲治(1903-1942)
1918年、明星商業学校在学中に写真を始める。1922年の第11回浪華写真倶楽部展に《分離派の建築と其周囲》等を出品し会員外の部で入選。福森白洋の紹介で同倶楽部に入会する。1926年頃から同倶楽部における指導的立場に立ち、全国規模の公募写真展でも受賞を重ねる。1928年、浪華写真俱楽部の実力者たちと「銀鈴社」を結成。1931年から丹平写真倶楽部に審査員として迎えられ、以後活動に参画する。同年、大阪中之島で労働者たちが集会する様子を撮影した〈メーデー〉シリーズを発表。1932年、「新興写真」運動の牙城となった雑誌『光画』(第1巻第5号)に《水》を発表する。同年「半静物」という概念を提唱、さらに1930年代半ばからはシュルレアリスムの制作理論も取り入れながら《蛾》《帽子》《蝶》などを発表した。1941年、丹平写真倶楽部の有志たちとともに神戸港に寄港した亡命ユダヤ人を撮影した〈流氓ユダヤ〉を発表。同年、朝日新聞社主催「新体制国民講座」に登壇し「写真の発達とその芸術的諸相」という演題で講演する。1942年、第15回日本写真美術展に《熊谷守一氏像》を審査員出品。その2か月後、腎不全のため38歳で死去。戦前日本のアマチュア写真文化に多大な影響を与えただけでなく、その業績は土門拳や森山大道、福島辰夫ら戦後写真界を牽引した人々からも高く評価された。
●関連イベント
「生誕120年 安井仲治 僕の大切な写真」展2024年2月23日(金・祝) - 4月14日(日)
会場:東京ステーションギャラリー
〒100-0005 東京都千代田区丸の内1-9-1
休館日:月曜日[4/8は開館]
開館時間:10:00 - 18:00
※金曜日は20:00まで開館
※入館は閉館30分前まで
料金:一般(当日)1,300円 高校・大学生(当日)1,100円
※中学生以下無料
●大竹昭子のエッセイ「迷走写真館~一枚の写真に目を凝らす」は隔月・偶数月1日の更新です。次回は2024年6月1日掲載です。
●本連載の最初期の部分が単行本になった『迷走写真館へようこそ』(赤々舎)が発売中です。

赤々舎 2023年
H188mm×128mm 168P
価格:1,980円(税込)
※ときの忘れものウェブサイトでも販売しています。
※ときの忘れものウェブサイトからご購入いただいた場合、梱包送料として250円をいただきます。
本書について著者・大竹昭子が語ったインターネットラジオ番組「本とこラジオ」第99回を以下でお聴きになれます。
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