三上豊「今昔画廊巡り」

第12回 INAXギャラリー


 銀座4丁目交差点から京橋方面をみると、Brilliaの文字が目に入る白い大きなビルがある。ビルは2024年現在、東京建物京橋ビルになっている。1980年代、この2階にINAXギャラリー(中央区京橋3丁目6号18番地、壁面35.2m)があった。81年4月のオープン時は伊奈ギャラリーだったが、85年4月の社名変更にともないINAXギャラリーとなった。開設時は建築やデザインに関する展示が多かった。82年5月からは美術評論家中原佑介が企画の中心を担い、現代美術系の展示が主流となって、会期をほぼ1ヶ月として90年11月の立石大河亞展で100回を迎えている。記録を見ると84回目がなく、大阪INAXのみで87年開催の狗巻賢二展を入れて100回としている。
 展覧会記録は『80年代美術100のかたち』(発行=INAX 発売=図書出版社1991年 総276ページ 当時の税込価格2,266円)にまとめられている。INAXギャラリーは、80年代の企業ギャラリー活動を検証するうえで欠くことができない存在だ。まず伊奈製陶株式会社の資本力、専属スタッフをおき、企画委員会として中原以外にも早川良雄、浜田剛爾、神代雄一郎(氏は84年まで)が参加、展示について毎回『INA-ART NEWS』を発行するなど、手厚い運営があった。
 上記書誌は良く参考にする資料なのだが、発行してきたニュースを合本にしたものではない。作家の略歴は大幅にカットされ、中原らのメインテキストは再録されているが、ニュースに掲載のテキスト、作家のコメント、作家の師や学芸員の発言など全てが再録されてはいないのは残念。それでも貴重なのは展示の風景が掲載されていることだ。この写真資料が現在どうなっているかはわからないが、アート・ドキュメンテーションとしては貴重なものだ。
 さて、展示のいくつかにふれてみよう。傾向として企画者の緩やかな方針として、非東京的作家(浅野弥衛、村上善男、砂澤ビッキら)、関西系(福嶋敬恭、福岡道雄、河口龍夫ら)が多く、ベテランでも発表がご無沙汰気味の作家(一原有徳、吉村益信、宮城輝夫ら)、現代美術の主流とは少しズレていたり(タイガー立石、日比野克彦、ジョセフ・ラヴら)、韓国やオーストラリアなど海外にも目を向ける。写真やイラスト、建築などの分野も入れる。中原的視線からすると素材が気になる立体作家が多く見られる。
 素材といえば、秋山祐徳太子の「ブリキの彫刻」は、ご本人はウケ狙いの命名だったが、「あれはトタンである」と中原は正し、展覧会タイトルを「そのトタンに」とするユーモアを醸し出していた。
 個人的には、27歳の若さで逝った八木正の遺作展、彩色された木材が立っているだけのシンプルな佇まいは忘れがたい。また佐藤滋男の「羽ばたき装置」は日本版パナマレンコとも言え、飛ぶことへ夢というよりも、ただ羽ばたくことへの運動を視覚化したけったいな造形だった。
 ここまで記述してきたINAXギャラリーは「2」であり。実は同じ2階に「1」があった。1の方はセラミックに関する生活空間を中心にした2ヶ月間の企画展示で、当然初期には「便器」がテーマの対象になり、展示の造作にも凝り、毎回ブックレットも制作された。INAXとしてはこちらが本命だったろう。
 さらに90年代以降のINAXギャラリーの変遷もあるが、それはまた別の話になる。ギャラリー運営にあたっては、中原佑介というめっぽう遅筆な筆者をしっかりと管理した入澤ユカの手腕が讃えられよう。

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銀座4丁目交差点から京橋方面をみる。

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『80年代美術100のかたち』表紙

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八木正展(1983)のニュース表紙

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佐藤慈男展(1984) DM表裏

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ギャラリー1の厠まんだら展(1984)DM

(みかみ ゆたか)

■三上 豊(みかみ ゆたか)
1951年東京都に生まれる。11年間の『美術手帖』編集部勤務をへて、スカイドア、小学館等の美術図書を手掛け、2020年まで和光大学教授。現在フリーの編集者、東京文化財研究所客員研究員。主に日本近現代美術のドキュメンテーションについて研究。『ときわ画廊 1964-1998』、『秋山画廊 1963-1970』、『紙片現代美術史』等を編集・発行。

・三上豊のエッセイ「今昔画廊巡り」は毎月28日の更新です。全12回の連載予定でしたが、大好評により継続が決定しました。次回更新は2024年5月28日です。どうぞお楽しみに。

*画廊亭主敬白
今から二年ほど前、かつて美術手帖の編集者だった三上豊先生に若い世代がほとんど知らない岡本武次郎さんの第七画廊のことを書いていただいたのですが(2022年01月29日|三上豊「第七画廊のこと」)、意外や意外、オールド世代に「懐かしい!」と大反響でした。ならばと、今はなくなってしまった「今昔画廊巡り」の連載をお願いしました。
きっかけとなった「第七画廊のこと」で取り上げたのが難波田龍起・史男のお二人でした。
1969年 第七画廊個展会場にて
1969年6月第七画廊で第二回個展開催。難波田史男(28歳)、三和アルテ記念室『難波田史男作品集』(1999年)所収写真

今回三上先生に取り上げていただいた INAXギャラリー については、2020年08月31日のブログで「惜別 INAXギャラリー、LIXILギャラリー」として紹介したことがあります。

photo (2)ときの忘れものの建築空間についてはWEBマガジン<コラージ2017年12月号18~24頁>に特集されています。
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