大竹昭子のエッセイ「迷走写真館~一枚の写真に目を凝らす」第127回

児童公園のすべり台である。
背後には公営アパートが建っており、とてもクラシックな風景だ。
そのすべり台の降り口のところに制服姿の女子生徒が立っている。
夏用の白いセーラー服、とこれもまたクラシックな服装である。
すべり台には、「ちょっと早い還暦」と墨書した意味不明の紙が貼り付けてある。
半紙ではなく、正月の書き初めに使うような丈の長い書道用紙に書かれており、
「暦」のところで余白がなくなったらしく、やや尻つぼみだ。
すべり台は地面から45度の角度の高さに持ち上がっていて、
その傾斜にそって貼り付けられた文字もまた同じ45度を保っている。
すべり台に正対して垂直に立っている女子生徒の身体と、
「ちょっと早い還暦」との角度もまた45度だ。
すべり台のステップにはマネキンの頭がのっている。
首から下がない頭部だけのものだ。
閉店後の美容室の店内で美容師がヘアカットの練習をするのに使うような、
髪の毛がついているマネキンである。
マネキンの頭はステップに2つ、すべり台のほうに1つのっていて、
まるでベルトコンベアーにのって運ばれていくような移動感がある。
直立不動の女子生徒と好対照だ。
「ちょっと早い還暦」の文字は女子生徒とも地面とも均しい45度の角度の位置にあるが、
文字列の方向がこの写真のポイントかもしれない、とふと思いついた。
もしこの文字を半回転させ、左から右へと読むように貼りかえたらどうなるか。
文字はマネキンの視線とかさなり、彼らが「ちょっと早い還暦」にむかって滑り降りていくように感じるだろう。
だが現状の文字は右上から左斜め下の方向に読んでいくようになっている。
つまり縦であるべきものが右側に傾いでいる状態だ。
それが直立不動の彼女の身体が前のめりになっていくような印象をもたらすのである。
すべり台を勢いよく降りてくる何者かに懸命に抗しようとしている彼女。
降りてくるのは、「時間」という頭のなかだけにある魔物なのかもしれない。
大竹昭子(おおたけ あきこ)
●作品情報
インベカヲリ☆
2002年
●作家プロフィール
写真家。1980年東京都生まれ。18年第43 回伊奈信男賞、19年日本写真協会新人賞受賞。写真集に『やっぱ月帰るわ、私。』『理想の猫じゃない』『ふあふあの隙間』、ルポルタージュに『家族不適応殺 新幹線無差別殺傷犯、小島一朗の実像』『「死刑になりたくて、他人を殺しました」 無差別殺傷犯の論理』『伴走者は落ち着けない 精神科医斎藤学と治っても通いたい患者たち』、エッセイに『私の顔は誰も知らない』などがある。
●書籍『なぜ名前に☆があるのか?』

インベカヲリ☆著
本体3,500円+税/四六変並製/288頁 オールカラー
ISBN:978-4-924671-68-3
写真家インベカヲリ☆初のフォト&エッセイ集。これまで写真集には収録されていない108のアザーカットと、最近ではノンフィクション作家としても活躍するインベの視点がひかる108のショートエッセイ。写真家として活躍の場を広げる金川晋吾とのロング対談も収録。写真や言葉、性愛や性別、才能や世界の謎についてなど、深く赤裸々に語り合った。巻末には普段は女性を撮ることがほとんどのインベが、金川をイメージし撮影したポートレートも掲載。
●大竹昭子のエッセイ「迷走写真館~一枚の写真に目を凝らす」は隔月・偶数月1日の更新です。次回は2024年10月1日掲載です。
●本連載の最初期の部分が単行本になった『迷走写真館へようこそ』(赤々舎)が発売中です。
赤々舎 2023年
H188mm×128mm 168P
価格:1,980円(税込)
※ときの忘れものウェブサイトでも販売しています。
※ときの忘れものウェブサイトからご購入いただいた場合、梱包送料として250円をいただきます。
本書について著者・大竹昭子が語ったインターネットラジオ番組「本とこラジオ」第99回を以下でお聴きになれます。
●ときの忘れものは8月11日(日)~19日(月)は夏季休廊いたします。
各種お問い合わせへの対応は8月20日(火)以降となりますのでご理解いただけますと幸いです。
●取り扱い作家たちの展覧会情報(7月ー8月)は7月1日ブログに掲載しました。
●ときの忘れものの建築空間についてはWEBマガジン<コラージ2017年12月号18~24頁>に特集されています。

〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS ときの忘れもの
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
E-mail:info@tokinowasuremono.com
http://www.tokinowasuremono.com/
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。日・月・祝日は休廊。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。

児童公園のすべり台である。
背後には公営アパートが建っており、とてもクラシックな風景だ。
そのすべり台の降り口のところに制服姿の女子生徒が立っている。
夏用の白いセーラー服、とこれもまたクラシックな服装である。
すべり台には、「ちょっと早い還暦」と墨書した意味不明の紙が貼り付けてある。
半紙ではなく、正月の書き初めに使うような丈の長い書道用紙に書かれており、
「暦」のところで余白がなくなったらしく、やや尻つぼみだ。
すべり台は地面から45度の角度の高さに持ち上がっていて、
その傾斜にそって貼り付けられた文字もまた同じ45度を保っている。
すべり台に正対して垂直に立っている女子生徒の身体と、
「ちょっと早い還暦」との角度もまた45度だ。
すべり台のステップにはマネキンの頭がのっている。
首から下がない頭部だけのものだ。
閉店後の美容室の店内で美容師がヘアカットの練習をするのに使うような、
髪の毛がついているマネキンである。
マネキンの頭はステップに2つ、すべり台のほうに1つのっていて、
まるでベルトコンベアーにのって運ばれていくような移動感がある。
直立不動の女子生徒と好対照だ。
「ちょっと早い還暦」の文字は女子生徒とも地面とも均しい45度の角度の位置にあるが、
文字列の方向がこの写真のポイントかもしれない、とふと思いついた。
もしこの文字を半回転させ、左から右へと読むように貼りかえたらどうなるか。
文字はマネキンの視線とかさなり、彼らが「ちょっと早い還暦」にむかって滑り降りていくように感じるだろう。
だが現状の文字は右上から左斜め下の方向に読んでいくようになっている。
つまり縦であるべきものが右側に傾いでいる状態だ。
それが直立不動の彼女の身体が前のめりになっていくような印象をもたらすのである。
すべり台を勢いよく降りてくる何者かに懸命に抗しようとしている彼女。
降りてくるのは、「時間」という頭のなかだけにある魔物なのかもしれない。
大竹昭子(おおたけ あきこ)
●作品情報
インベカヲリ☆
2002年
●作家プロフィール
写真家。1980年東京都生まれ。18年第43 回伊奈信男賞、19年日本写真協会新人賞受賞。写真集に『やっぱ月帰るわ、私。』『理想の猫じゃない』『ふあふあの隙間』、ルポルタージュに『家族不適応殺 新幹線無差別殺傷犯、小島一朗の実像』『「死刑になりたくて、他人を殺しました」 無差別殺傷犯の論理』『伴走者は落ち着けない 精神科医斎藤学と治っても通いたい患者たち』、エッセイに『私の顔は誰も知らない』などがある。
●書籍『なぜ名前に☆があるのか?』

インベカヲリ☆著
本体3,500円+税/四六変並製/288頁 オールカラー
ISBN:978-4-924671-68-3
写真家インベカヲリ☆初のフォト&エッセイ集。これまで写真集には収録されていない108のアザーカットと、最近ではノンフィクション作家としても活躍するインベの視点がひかる108のショートエッセイ。写真家として活躍の場を広げる金川晋吾とのロング対談も収録。写真や言葉、性愛や性別、才能や世界の謎についてなど、深く赤裸々に語り合った。巻末には普段は女性を撮ることがほとんどのインベが、金川をイメージし撮影したポートレートも掲載。
●大竹昭子のエッセイ「迷走写真館~一枚の写真に目を凝らす」は隔月・偶数月1日の更新です。次回は2024年10月1日掲載です。
●本連載の最初期の部分が単行本になった『迷走写真館へようこそ』(赤々舎)が発売中です。
赤々舎 2023年H188mm×128mm 168P
価格:1,980円(税込)
※ときの忘れものウェブサイトでも販売しています。
※ときの忘れものウェブサイトからご購入いただいた場合、梱包送料として250円をいただきます。
本書について著者・大竹昭子が語ったインターネットラジオ番組「本とこラジオ」第99回を以下でお聴きになれます。
●ときの忘れものは8月11日(日)~19日(月)は夏季休廊いたします。
各種お問い合わせへの対応は8月20日(火)以降となりますのでご理解いただけますと幸いです。
●取り扱い作家たちの展覧会情報(7月ー8月)は7月1日ブログに掲載しました。
●ときの忘れものの建築空間についてはWEBマガジン<コラージ2017年12月号18~24頁>に特集されています。

〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS ときの忘れもの
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
E-mail:info@tokinowasuremono.com
http://www.tokinowasuremono.com/
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。日・月・祝日は休廊。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
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