三上豊「今昔画廊巡り」

第18回 日辰画廊


 日辰画廊の芳名帳は1枚紙、毛筆で書くもので私には苦手だった。どうしてそのようにしたのかとオーナーの小泉詢子さんに尋ねたことがある。ノート式だと余りがでるし、綴じて作家に渡したかったそうだ。

 画廊は銀座4丁目3-13にあった。並木通りに面していた。近くには佐谷画廊、西村画廊があり画廊巡りのルートになっていた。いまでも版画を扱うギャルリーサン・ギョーム、学生たちの展示もあるあかね画廊は健在だ。小泉さんは画廊があるビルの持ち主の縁戚にあたり、もとより「美術が好きで、自分でも何かできないか」と思っていて、スペースとなった2階が開くのをねらっていた。79年末に開廊にこぎつけ、翌年の3月までには西洋の近代版画を展示している。

 小泉さんの周りには、同業者、一家言ある方々いた。かんらん舎の大谷さん、古美術の堀内さん、東邦画廊の西岡さん、ギャラリー上田の上田さん、奈良の西田画廊の西田さんらで、相談に乗ったり、日辰画廊で共同展を行なったりしている。

 私は、2004年に小記録冊子『日辰画廊1979-2002』を作成している。そこで「日辰」とは「漢語で太陽のこと」と小泉さんはインタビューで答えている。閉廊して太陽は沈んでしまったが、ビルはいまでも「コイズミビル」としてあり、1階と2階は洋品店のMooRERとなっている。なんとも今風の銀座の風景。いや昔でも貸画廊などで使用するにはもったいないとの言いはあったに違いない。
かつて画廊の扉を開けると、左側に作家たちが歓談しているスペースがあり、正面から右側に結構広い壁面が広がり、『美術手帖年鑑』では壁面は34メートルと記録されていた。並木通りに向かう壁面の左隅に縦長の隙間のような窓があり、そこから差し込む光が印象的だった。

 展覧会記録から作家をみていく。豊島弘尚、渡辺隆次、金山明子、小野絵里、馬場彬、みのわ淳、成田克彦、木村一生、今井由緒子、浜田浄らが初期に複数回発表をしている。馬場は佐藤画廊の企画に関わっていた画家で、ここでも相談相手になっていたのだろう。モノ派の一人として今でも注目されている成田の名前がある。あの炭の作品が日辰画廊のシックな空間に意外と合っていた記憶がある。みのわ淳の明るい色彩の抽象画もあった。80年代半ばから90年代に入ると、樋口正一郎のインスタレーション《遊動都市》シリーズや小原義也、竹田潔、黒田克正、田中康夫、鈴木省二、杉田五郎らが定期的に個展を開催している。

 イシカワ・イサムとカタカナで表記する作家が初期にいる。本名石川勇は岐阜県美濃の生まれ。東京美術学校卒業後、60年代をメキシコやアメリカで過ごしている。帰国後は、デザインの専門学校で教職に就き、絵本を手がけ、谷川俊太郎とも仕事をしている。89年に亡くなり、追悼展が画廊で行われている。ここまでは記録集に記載した。ところが今は検索の時代、グーグルで調べてみると、岐阜県美術館で没後30年をへて展覧会が2017年に開催されていた。実家石川紙業は和紙の製造を営んでいる。その画面を見ていると、年月を経て、今は記録の更新がネットでできる時代だと実感する。

 現在のビルの外観をスナップするために、ビルをよく見るとプレートには「小泉・日辰画廊企画室」との階がある。まだ小泉さんはご健在なのか、エレベーターで階上へ伺おうかと思った。しかし、突っ込みが甘い編集者は行動に出ない。2階の画廊空間の記憶だけでいいと、妙な言い訳を心して並木通りを去った。

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現在のコイズミビル外観

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記録集表紙

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みのわ淳、伴勝雄、大島由美子の展示プラン(クリックして拡大)

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閉廊の挨拶状

(みかみ ゆたか)

■三上 豊(みかみ ゆたか)
1951年東京都に生まれる。11年間の『美術手帖』編集部勤務をへて、スカイドア、小学館等の美術図書を手掛け、2020年まで和光大学教授。現在フリーの編集者、東京文化財研究所客員研究員。主に日本近現代美術のドキュメンテーションについて研究。『ときわ画廊 1964-1998』、『秋山画廊 1963-1970』、『紙片現代美術史』等を編集・発行。

・三上豊のエッセイ「今昔画廊巡り」は毎月28日の更新です。次回更新は2024年11月28日です。どうぞお楽しみに。

●本日のお勧め作品は吉田克朗です。
yoshida_01_work46 (2)《Work "46"》
1975年
リトグラフ
イメージサイズ:44.8×29.3cm
シートサイズ :65.6×50.4cm
Ed.100
サインあり
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●ときの忘れものの建築空間についてはWEBマガジン<コラージ2017年12月号18~24頁>に特集されています。
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