丹下敏明のエッセイ「ガウディの街バルセロナより」

その21 モデルニスモの窓

丹下敏明

アルミサッシュやカーテン・ウォールがファサードを決め、外部と内部空間を仕切って別の世界にされてしまった現代とは違い、かつて窓がファサードのデザインを決定的なものにする時代というのがあった。モデルニスモの時代(1888-1914年)のカタルーニャだ。窓はその時代では今とはまるで違った役を担っていた。窓はファサードのデザインを決定的なものにするというルネッサンスからの伝統を受け継いだばかりか、外気を室内に取り入れたり、逆に外気から室内を守るというインターフェーズの役をしていた時代がモデルニスモ時代の窓の役割だった。
モデルニスモ時代の建築は壁構造だ。それに廉価なレンガを大量に使い、ファサードや内装仕上げには市内にあるモンジュイックの石切り場から運んだ砂岩、あるいはイビサ島産出の大理石などの自然石を使い、適宜部分的に鉄で補強するというのが一般的な工法だ。特にバルセロナの市街地エイシャンプレにある集合住宅ではこのため窓は縦割りが多い、間口の十分ある敷地やそうでない場合も4から6個の窓が規則正しく並び、天井高が4.5メートル以上あるため、建具もそれに従って縦長となっている。もちろん壁面の方が開口よりロー・コストだという事も関係しているだろう。

トリヴューンの出現
窓はオーナーが住むピアノ・ノヴィレではその上の階にある賃貸し住宅と区別するために他の層より階高を若干高くし、トリビューンを作り自己主張し、オーナーの権威、経済力を示そうとしている。ガウディのカサ・カルベでもカルベ氏からのガウディへの要求の一つはこのトリビューンを付けよという事だった。トリビューンはファサードにアクセントを付けるだけではなく、重心を下部に置くことでファサードが落ち着いた出来となる。トリビューンの役目はファサードから張り出しているので住民が通りを眺める場所であったり、コーヒーを飲んだり喫煙しながら談話する憩いの場所であった。
トリヴューンのなかでも一番面白いのはガウディのカサ・バトリョ(1908-1910年)のトリヴューンだろうか。ガウディは建具を地中海地方では珍しい上げ下げ窓とし、しかも、上げ下げのメカニズムを工夫して、サッシュを上げた時には縦桟も残らないため解放され、サロンが一挙にバルコニーに変貌してしまう。という快挙を成し遂げている。
このトリビューンは不動産的な価値も注目され、どんどんデザインにはヴァリエーションを生んでいる。例えば全階それも連続して置かれるケースもあり、こうなるとトリヴューンというよりギャラリーとなっている、何よりも不動産価値が階数によって差が出ない利点がある。カサ・リェオ・モレーラのように単体でコーナーに1m 50以上張り出すタイプもある。これなら喫煙室に十分な内部スペースが取れる。あるいはエイシャンプレのグリッドに挽かれたブロック(133.33 x 133.33mのモジュール)はその角が20mカットされているので、このコーナー(Xamfrà)部分の稜線を明確にするために上から下まで搭状にトリヴューンを繋げるケースもある。ここからは2つの通りを眺めることができる。

バルコニー
開口部の周りは、付け柱、まぐさ周りのモールディング、そしてバルコニーが付けられるのが一般的だ。バルコニーの素材は石と金属に分かれるが、これもトリヴューンと同じようにピアノ・ノヴィレには重厚な石のバルコニーを付け、これに植物模様などを彫って透かしている。モデルニスモの時代は短期間のうちに大量にエイシャンプレ地区に集中してまさに乱立したので、時代のオピニオン・リーダーだったドメネク・イ・モンタネールのように工業化を促進し、時にはバルコニーをコンクリートでプレキャスト化した例もある。
特に金属のバルコニーは初期は錬鉄が多いが、それが鋳造化することで工場生産する事で大量の重要に対応されるようになった。鋳鉄の工場はバルコニーだけではなく、門扉、鋳鉄の柱など多くの建築部材の依頼があり、かなりこのモデルニスモの時期は仕事を抱えていた業種だった。金属細工の職人の家族に生まれたガウディはこれに対して手作りを作り続けた作家といえようか。

開口部
基本的に窓は3つのエレメントで構成されている。つまり、シングルのガラスの入った建具部分の他、外側には必ずブラインド(Mallorquina)が付く、また内側にはブラック・アウトができるような木製の板状(Porticons)の遮光性のあるもので構成されている。もちろん内装品としてはこの他2種のカーテンが付けられるのが普通だ。外側には半透明の薄い視界を遮るもの、室内側にはそれよりも重く遮光性の高いしかも遮熱性能のある緞帳のような素材のカーテン。
ブラインドは入射光が調整できるようなルーバーが付き、この調整で太陽の高さに対応している。ルーバーには裏側に一般的に2本の棒が付いていて、これを上下する事でその部分の入射光を微妙に調整できる。これを調整して窓を開ければ、心地よい風だけが室内に流す事もできる。窓のサッシュの内側にある板戸はブラック・アウトにも使うが、夏季には外気温をここでシャット・アウトするために効果がある。地中海気候は湿気が高いのであまり効果は無いが、アンダルシアではこれを閉めて真っ暗にしておくとひんやりする。もちろんこれは冬季の寒気を止める役割も持っている。

窓周りのデザイン
さて窓自体はどうかというと、最初に説明したように縦長のデザインが一般的だということもあるが、開口の形は必ずしも矩形ではない。モデルニスモの建築家たちはまぐさ部分を半円アーチにしたり、チュードル・アーチにしたり、ゴシック調に描いているので建具との取りあいは逆に工夫が必要になってくる。
こうなると、外側のルーバーもその形に合わせてデザインしなくてはならない。デザイン密度の高い作品を残しているプーチ・イ・カダファルクは、これを上手くデザインしているが、取り合いは必ずしもうまくはいかない。上部は光が入っても良しというデザインになっている。
また、建具が縦長という事は2.10m以上の上部は日常的に開ける必要が無いために、異形の開口上部はこれで調整する方法がある。一番手っ取り早いのはフィックスして逃げることだろうか。近年ではエア・コンの室外機をここに置くという不謹慎な住民もいるが、対面する建物から室内を覗き込まれるというプライバシーの問題もでてくる。そこで建具の上部はステンドが嵌め込まれ、これを防ぎながら室内に色を取り込むこともある。あるいは模様を切り抜いた板を嵌め込んで光を壁や床に投影するという手法を使っているケースもある。これは何のことは無い欄間ではないか。ジャポニズムだ。


1. ファサード


2. トリヴューン


3. バルコニー


4. 窓、窓まわり


5. 欄間

写真撮影全て著者(5.の4段目左から2枚はBruno Bastos Oliva撮影)

たんげ としあき
(写真は全て筆者撮影)

■丹下敏明 (たんげ としあき)
1971年 名城大学建築学部卒業、6月スペインに渡る
1974年 コロニア・グエルの地下聖堂実測図面製作 (カタルーニャ建築家協会・歴史アーカイヴ局の依頼)
1974~82年 Salvador Tarrago建築事務所勤務
1984年以降 磯崎新のパラウ・サン・ジョルディの設計チームに参加。以降パラフォイスの体育館, ラ・コルーニャ人体博物館, ビルバオのIsozaki Atea , バルセロナのCaixaForum, ブラーネスのIlla de Blanes計画, バルセロナのビジネス・パークD38、マドリッドのHotel Puerta America, カイロのエジプト国立文明博物館計画 (現在進行中) などに参加
1989年 名古屋デザイン博「ガウディの城」コミッショナー
1990年 大丸「ガウディ展」企画 (全国4店で開催)
1994年~2002年 ガウディ・研究センター理事
2002年 「ガウディとセラミック」展 (バルセロナ・アパレハドール協会展示場)
2014年以降 World Gaudi Congress常任委員
2018年 モデルニスモの生理学展 (サン・ジョアン・デスピCan Negreにて)
2019年 ジョセップ・マリア・ジュジョール生誕140周年国際会議参加

主な著書
『スペインの旅』実業之日本社 (1976年)、『ガウディの生涯』彰国社 (1978年)、『スペイン建築史』相模書房 (1979年)、『ポルトガル』実業之日本社 (1982年)、『モダニズム幻想の建築』講談社 (1983年、共著)、『現代建築を担う海外の建築家101人』鹿島出版会 (1984年、共著)、『我が街バルセローナ』TOTO出版(1991年)、『世界の建築家581人』TOTO出版 (1995年、共著)、『建築家人名事典』三交社 (1997年)、『美術館の再生』鹿島出版会(2001年、共著)、『ガウディとはだれか』王国社 (2004年、共著)、『ガウディ建築案内』平凡社(2014年)、『新版 建築家人名辞典 西欧歴史建築編』三交社 (2022年)、『バルセロナのモデルニスモ建築・アート案内』Kindle版 (2024 年)、Walking with Gaudi Kindle版 (2024 年)、ガウディの最大の傑作と言われるサグラダ・ファミリア教会はどのようにして作られたか:本当に傑作なのかKindle版 (2024 年)など

・丹下敏明のエッセイ「ガウディの街バルセロナより」は隔月・奇数月16日の更新です。次回第22回はときの忘れものの都合で11月16日の更新となります。あいだが開いてしまい、申し訳ありません。丹下先生と読者の皆様にお詫びします。

●「建築家の版画展」 安藤忠雄、磯崎新、倉俣史朗、ル・コルビュジエ
会期:2025年7月16日(水)~7月21日(月・祝)
   午前10時~午後8時[最終日は午後5時終了]
会場:銀座三越 本館7階 ギャラリー
※会場はときの忘れものではございませんのでご注意ください

●7月11日のブログで「中村哲医師とペシャワール会支援7月頒布会」を開催しています。

今月の支援頒布作品は菅井汲、井上公三、靉嘔、吉原英雄、竹田鎮三郎です。
皆様のご参加とご支援をお願いします。
申し込み締め切りは7月20日19時です。

●ときの忘れものの建築空間(設計:阿部勤)についてはWEBマガジン<コラージ2017年12月号18~24頁>に特集されています。
〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531 E-mail:info[at]tokinowasuremono.com 
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JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。