本日7月29日は辻邦生先生の命日です(1925年(大正14年)9月24日 – 1999年(平成11年)7月29日)。小説家、フランス文学者として大きな業績を遺されましたが26年前の今日、別荘がある軽井沢滞在中に急逝されました。今年は生誕100年にあたり、軽井沢高原文庫で記念展示が行われています。
木村茂先生の連刊銅版画集の第二集『軽井沢』に <風景を見る>ことについて と題したエッセイを寄稿していただきました。
急逝される直前にも私たちは軽井沢でお目にかかっていました。
<「お別れの会」をすませてから、なにか手を動かしている方が気持が落ち着くと思い、私は主人があちこちに溜めておいた短くなった鉛筆の下端を少し削り、そこにクニオと名前を書いて小箱に入れ、一人で「鉛筆供養」をした。お隣の歌人や受験期のお子さんを抱えたお宅では、「おまじない」(お守り)にこのちびた鉛筆を下さいとおっしゃる方もあり、主人は「お役にたてば」と喜んでお分けしていた。
「字を書く手」にも書いたように、主人は最初のころから原稿は鉛筆でなければ書けない人だったので、長いあいだ一緒に仕事をして下さった親しい担当編集者の方たちにも、同じようにして記念の印に三本ずつ鉛筆をさしあげようと考えた。ある画廊の方が東急ハンズでちょうどよい大きさの細長い箱をみつけて下さったが、ただの白い蓋では淋しいと思い、同じ画廊で出版された磯崎新さんの手彩色版画のパンフレットを切り抜いて貼ることにした。これらの版画は、『栖すみか十二』と題した磯崎さんの著書に挿絵として使われている。それは、世界の著名な建築家が設計した自邸や住宅を訪れて書かれたエッセイ集であり、中には著者自ら設計されたヴェネツィア沖の小島にあるルイージ・ノーノ(作曲家)のお墓も含まれている。さらに、ライト設計のミシガン湖畔にある小住宅に関連して、それを見る前に建てられたにもかかわらず、地形の特徴や内部の空間構成が私たちの山荘にそっくりだったのに驚いたとも書かれている。筆を何度も洗いながら、版画に淡いデリケートな色を塗っていらした日の「イソさん」の仕事ぶりを、お隣のアトリエで見物していた私は、チビ鉛筆の箱に貼るにはこれしかないと思ったのである。
・・・・・辻佐保子『辻邦生のために』新潮社、より>
東急ハンズで社長が探した小さな紙箱は、佐保子先生が一箱づつ丁寧に『栖十二』の挿絵が貼られ、邦生先生の遺品のチビ鉛筆が納められ、ゆかりの編集者たちに贈られました。形見分けのようなその贈り物はもちろん私たちの大切な宝物です。
宮脇愛子先生(左)、辻邦生先生(右) 1984年11月13日渋谷・ギャラリー方寸「宮脇愛子 新作版画展」オープニングにて
●上掲辻佐保子先生の文章の中で磯崎新先生が<ライト設計のミシガン湖畔にある小住宅に関連して、それを見る前に建てられたにもかかわらず、地形の特徴や内部の空間構成が私たちの山荘にそっくりだったのに驚いた>というのがフランク・ロイド・ライト[サミュエル・フリーマン邸]で、それを磯崎先生が銅版画で描いたのが磯崎新銅版画集『栖十二』第九信です。
磯崎新『栖十二』第九信より、フランク・ロイド・ライト[サミュエル・フリーマン邸]
磯崎新〈栖 十二〉第九信より《挿画28》
フランク・ロイド・ライト[サミュエル・フリーマン邸] 1924-25 カルフォリニア州ハリウッド
磯崎新〈栖 十二〉第九信より《挿画29》
フランク・ロイド・ライト[サミュエル・フリーマン邸] 1924-25 カルフォリニア州ハリウッド
磯崎新〈栖 十二〉第九信より《挿画30》
フランク・ロイド・ライト[サミュエル・フリーマン邸] 1924-25 カルフォリニア州ハリウッド
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●ときの忘れものの建築空間(阿部勤 設計)についてはWEBマガジン<コラージ2017年12月号18~24頁>に特集されています。
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