王聖美のエッセイ「気の向くままに展覧会逍遥第42回」
「モダンアートの街・新宿」展を訪れて
東京新宿のSOMPO美術館で「モダンアートの街・新宿」(2026年1月10日〜2月15日)が開催された。20世紀の始まりから約半世紀のモダンアートの時代の新宿に焦点を当てた美術展で、SOMPO美術館のコレクションに加え、株式会社中村屋、新宿歴史博物館(中村彝アトリエ記念館、佐伯祐三アトリエ記念館)、板橋区立美術館、豊島区、神奈川近代美術館、茨城県近代美術館ほかの所蔵作品と先行研究を活用した地域連携、ミュージアム連携がみられた。展示構成は、4つのチャプターとその間に設けられた2つのコラム、そしてエピローグとなっていた。
都市には人が移動して集まってくる。やって来た人たちは自身の拠り所や居場所を求め、共通の志や生きがいをもつ者と交流し、そこで化学反応が起こり思想や文化が育まれる。創作環境と作品は直接的に関係しないまでも、緩やかに繋がっているようにみえる。特にこの時代の画家の多くは、長くはない生涯の間に、様々な理由(*1)から場所を点々とし、過ごした所で得た経験や交流が表現に結び付き、芸術運動を展開していったのではないか。本展は、1910年代~1940年代の画家たちにとっての移動について想像できる展覧会だった。
1.中村彝の自画像を見比べる
本展の俯瞰してみると、各チャプターに軸となる人物がおかれ、チャプター1は中村彝(1887-1924)、チャプター2は佐伯祐三(1898-1928)、チャプター3は松本竣介(1912-1948)、チャプター4 は阿部展也(1913-1971)となっている。
展覧会が起点とする新宿中村屋を拠点にした画家たちは、それぞれの生涯の移動の過程で新宿中村屋に寄港した。チャプター1では、中村彝の自画像が2点展示されている。《麦藁帽子の自画像》(1911年)は、輪郭のぼやけ、明るく柔らかい色で表現された印象派風の作品。《頭蓋骨を持てる自画像》(1923年)は、輪郭の比較的はっきりし、鋭い線もみられる表現主義風の作品。前者は、新宿中村屋裏のアトリエに移り住んだ頃に描かれ、後者は下落合のアトリエ兼住宅(*2)で過ごした晩年のもの。
2.佐伯祐三の自画像を見比べる
チャプター2 では、佐伯祐三の自画像が2点展示されている。自画像(1921年頃)は、鉛筆で迷いのない達者な書きぶりで描かれた後、顔面に打ち消し線が描かれている。近づいて見ると勢いと荒々しさが感じられ、離れて見ると写実的で技術の高さがうかがえる。東京美術学校在学中に描かれたもので、学内でも目立っていたそうだが(*3)、添えられた「汝目覚めよ」から始まる詩からは自信に溢れる様子がうかがえる。一方、《立てる自画像》(1924年)は26歳の頃、1度目の渡仏(*4)で未確立の自身の作風を模索する中で描いたとされている。疾走感ある筆づかいと鮮やかな色づかいは、2度目の渡仏で制作したパリの街並みの作品群に共通する。新宿区立佐伯祐三アトリエ記念館がある場所は佐伯祐三の東京の家があった場所で、一連の《下落合風景》の群は、帰国して下落合の家で過ごした短い期間に描かれた。
3.松本竣介の背景に注目する
チャプター3は、松本竣介が中心人物となっている。小松﨑拓男先生が「松本竣介研究ノート」(*5)で指摘されているように、佐伯祐三《立てる自画像》(1924年)と松本竣介《立てる像》(1942年)は似ている。本展は両作品が同時に観られ、チケットには両作品が刷られていた。
二人の作品の背景に注目してみる。《立てる自画像》の方は雲から青い空が覗き、深い緑の植物が生い茂っている一方で、《立てる像》の方は、描かれた木に葉はなく枝が露出していて、周りには人工的で無機的な街が広がっている(*6)。佐伯も竣介も都市の風景を多く描いた画家であるが、比較してみると、竣介は樹木を極端に無骨に、あえて鉄筋のような寒々しい姿で表したのだと想像できる(*7)。
実は、ちょうどパナソニック汐留美術館で開催中の「美しいユートピア 理想の地を夢みた近代日本の群像」展(2026年1月15日~3月22日)で、《立てる像》の下絵と素描が展示されている。構想段階の素描の背景は、《画家の像》(1941年)の背景のような俯瞰で描かれており、街区、道、治水された直線の川、遠くに橋、工場のようなものが描かれている。
松本竣介は、岩手から上京した後、下落合に移り住んだ。産業革命以降の西洋美術史や、特に19世紀に始まる写真史が物語るように、多くの芸術家たちは同時代の急速に変化する都市に関心を向け、リアクションした。竣介も例外ではなく、郷土とは異なる速度で変化する都市の風景に刺激を受けたのではないか。多くの作品は、足をつかって取材した都市の風景や雑踏の中の人物のスケッチがもとになっている。
(おうせいび)
*1:上京、留学、療養、災害、戦争、取材など
*2:現在は新宿区立中村彝アトリエ記念館になっている
*3:当時図案科の吉田兼吉の言説
*4:一般人の観光目的の海外渡航が可能になのは1964年、それまでは、外務省から渡航許可が出るのは留学、労働、外交や報道などを目的とする場合に限られていたが、そんな時代に佐伯祐三は2度渡仏しパリで他界した。
*5:小松﨑拓男氏「松本竣介研究ノート」(https://www.tokinowasuremono.com/blog/category/komatsuzaki-takuo-essay/)
*6:《立てる像》の背景について、2016年の神奈川県立近代美術館鎌倉別館「松本竣介 創造の原点」展では《立てる像》と素描《ごみ捨て場付近》(1942年)が並べて展示され、前者の背景は、後者が基になっていることが示された。中村惠一氏は「新宿・落合に住んだ画家たち(中村式落合散歩)」(https://www.tokinowasuremono.com/blog/34166/)で場所を特定している。
*7:ただし、東京国立近代美所館所蔵《並木道》の樹木は緑の葉っぱが描かれている
●王 聖美のエッセイ「気の向くままに展覧会逍遥」は隔月、偶数月の18日に更新します。次回は2026年4月18日更新の予定です。
■松本竣介と舟越保武
2026年2月6日(金)~2月21日(土)
11:00-19:00 ※日・月・祝日休廊
洋画家・松本竣介と彫刻家・舟越保武の二人展を開催します。
本展では松本竣介の素描と舟越保武の彫刻・版画作品をご紹介いたします。
◆ときの忘れものは「アートフェア東京2026」に今年も出展します。
TOKYO ART BEATでも<ときの忘れものは、内間安瑆・内間俊子の作品、瑛九のフォト・デッサンなど戦後美術史における重要作家を取り上げる>と注目されています。
会期=2026年3月13日(金)~3月15日(日)
会場=東京国際フォーラム ホールE/ロビーギャラリー
(〒100-0005 東京都千代田区丸の内3丁目5番1号)
ときの忘れものブース番号= N009
出品作家=磯崎新、内間安瑆、内間俊子、瑛九、倉俣史朗、佐藤研吾、塩見允枝子、瀧口修造、松本竣介
*アートフェア東京2026 公式サイト https://artfairtokyo.com/
<重要なお知らせ>
アートフェア東京2026出展のため、
ときの忘れものは、2026年3月13日(金)~3月16日(月)は休廊いたします。
スタッフはアートフェア東京の会場(東京国際フォーラム)におります。
●ときの忘れものの建築空間(阿部勤 設計)についてはWEBマガジン<コラージ2017年12月号18~24頁>に特集されています。
〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS ときの忘れもの
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
E-mail:info@tokinowasuremono.com
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。日・月・祝日は休廊。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。 
外観




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