丹下敏明のエッセイ「ガウディの街バルセロナより」
その22 ガウディを知るためのヒント①
ガウディの宗教心
我々の学生の頃はやたらとガウディを評して、異端、孤高、果ては幻想の建築家というレッテルが貼られていた。これは一方ではガウディを摩訶不思議なものを作る建築家、前衛アートのような建築家だという評価でもあった。今でも時々この表現を使う人が少なくないが、近年ではこのレッテルは明らかに間違いだったと理解されるようになってきた。
ガウディは1910年パリで個展を開いていて、これはロシア・バレーの舞台装置のデザインやバウハウス、ドイツ表現主義建築家たちに影響を与えたし、今では研究者のなかには、1919年にアルプス山中にガラスのカテドラル建設しようとしたブルーノ・タウトのプロジェクトをガウディと関連付ける人さえ出てきた。
例えばCarlos M. Gómez Sierraの次の研究論文だ。 RIUNNE_FAU_AR_Gómez Sierra_CM.pdf (905.4Kb)
今後の実証的な研究が期待される。タウトはバルセロナを訪れているので、サグラダ・ファミリア教会を実際に見ている。
また、ル・コルビュジェは1920年にバルセロナを訪れ、サグラダ・ファミリア教会を見てこれを絶賛している。そして1928年再訪さえしている。この28年の再訪の時には、後にパリのアトリエで働くことになるセルトがシッチェスへ案内する街道の途中でガラーフにある建物を見つけている。このガラーフにはグエルが作らせたワイナリーがあり、これに感動している事をカルネに書き残している。ガウディ自身はル・コルビュジェと直接の面識はなかったらしいのだが、ル・コルビュジェのことは知っていた。ル・コルビュジェの模型がバルセロナで展示されていたのをガウディは見ていて、弟子のベルゴスが書き留めたメモにこのガウディの評価が書き残されている。そのコメントは、“この建築家の模型を見ると、平行四辺形の集合体のようだ。駅舎のプラットホームで積み下ろしている箱のようで、そのいくつかは棚のようだ。この人は大工のメンタリティーの持ち主だ。” とル・コルビュジェの建築を評価している。
幻想の建築は坂崎乙郎の『幻想の建築』(SD選書、鹿島出版会、1969年刊)はじめ世界各国で多くの作者が同じような視点で本を書いて、Phantastische Architektur, 果てはNovelty architectureなどにも発展し継続され、ガウディはこのレッテルを張り続けられていた。
こんな中でも一番根強くレッテルを張られ続けているのがガウディは敬虔なカトリックだという事かもしれない。
「ガウディの街バルセロナより」その14、サグラダ・ファミリア教会 (2)でも触れたように、ガウディが宗教心でサグラダ・ファミリア教会に籠ったのではないことは明らかで、それは弟子や、シンパが貼ったレッテルであっただけなのではないか。
簡単にガウディの人生を覗くと、生地レウスでの学校の宗教関係の成績は全て落第すれすれだった。そして、サグラダ・ファミリア教会の建築家に任命される前後は教会を罵倒する連中が集まっていたカフェ・ペラヨ(1883年から89年まで)に通っていたぐらいだ。明らかに宗教に傾倒していたとは言えない。一歩譲ったとしても興味が無かったのは明白だ。
前任建築家を引き継いでサグラダ・ファミリア教会の建築家に任命(1883年11月)されて最初に自らがデザインしたアプスの外壁、あるいは生誕のファサードの下部に注目したい。アプスの上部には爬虫類の彫刻がガーゴイルとして張り付いている。モチーフがワニ、蛇、トカゲ、カタツムリ、巻き貝などで、これは後にサグラダ・ファミリア教会全体がシンボリズムが髣髴しているのに爬虫類やはキリスト教とどう関係があるのか、これはどう理解していいのか分からない。

3.1972年5月1日著者が撮影した地上部分に置かれていたカタツムリ
更に誕生のファサードには3つの入り口があるが、その両端にある入り口の柱の下には亀がいる。左側が海亀、右側が陸亀が置かれている。そして中央の入り口にあるイエスの生誕の場面を描く彫刻群の載る柱の下部には鉄で編まれた網がかけられているが、この網の最下部にはリンゴを咥えた蛇がいる。このリンゴと蛇は誰でも知っているアダムとイブだろうか。だとすれば、これは原罪をシンボライズしているという事で説明が付く。だけれども亀は何なのだ。
さらに、この誕生のファサードの最下部には鶏、アヒル、七面鳥などが彫り込まれているが、これも何故なのか不明。そして、3つある入り口門には切り妻屋根のようなデザインがされているが、その最下部にはカメレオンが張りついている。これをアルベルト・ファルガスが解読し『サグラダ・ファミリア寺院のシンボロジー(Simbología del Templo de la Sagrada Familia, Albert Fargas Texto, Pere Vivas Photo, 2009)』として出版しているが、例えば亀は南北に脚を広げ、天と地を繋ぐことをシンボライズしているとか、カメレオンは神と人間を繋ぐシンボルの役を果たしているとか書かれているが、これも良く分からない。この本ではファサード下部の鳥類には解説が述べられていない。

13.切妻の先端にはカメレオンがいて、先端部分は溶けたような仕上げ
1908年アルベルト・シュヴァイツァーがカタルーニャ音楽堂の杮落しに呼ばれた時の事を全集に書き残しているが、カタルーニャ音楽堂の事には触れず、サグラダ・ファミリア教会をガウディの案内で見学したことだけが書かれている。印象に残ったのだろうか。そこでちょっと不思議に思うのはガウディはシュヴァイツァーにこの下部にある鳥の事を説明してもらったと書いている事だ。彼が訪れた1908年のサグラダ・ファミリア教会の現場はすでに鐘塔が建ち上がり始め、多くの彫像すら設置されていた。なのに何故ガウディは鳥の彫刻の事を説明し、これから建設しようという全体構想の構想のアイディアの話をしなかったのだろうか。シュヴァイツァー全集にはガウディが何を語ったのかは書かれていない。
しかも、この鳥については市民から批判の声が上がっていた。それはろくに食事も摂れない世情なのに、こんなおいしそうな鳥を彫ってけしからんというものだった。

15.生誕のファサードはイエスの生誕にまつわるエピソードがイコノグラフィー化されているのだが・・・・・。
ガウディは1901年6月1日、マジョルカ島パルマのカテドラルの司教、カンピンスとサグラダ・ファミリア教会で会っているが、それは司教がカテドラルの改装計画を立ち上げようと考えていて、そのために建築家探しをしていた時だった。そしてガウディと面談し、ガウディの意見を聞くために訪れたのだった。この司教はガウディの建築的な話だけではなく典礼式の知識に感嘆し、このプロジェクトをガウディに任せることにした。若い頃の無関心、無知からガウディに飛躍的な変化があった。若き無関心なガウディと、カンピンスを虜にしたガウディのギャップ、これは何故なのか次回で見てみることにしよう。
(たんげ としあき)
(3, 4, 5, 6, 7, 8, 9, 10, 11, 12, 13は筆者撮影)
■丹下敏明 (たんげ としあき)
1971年 名城大学建築学部卒業、6月スペインに渡る
1974年 コロニア・グエルの地下聖堂実測図面製作 (カタルーニャ建築家協会・歴史アーカイヴ局の依頼)
1974~82年 Salvador Tarrago建築事務所勤務
1984年以降 磯崎新のパラウ・サン・ジョルディの設計チームに参加。以降パラフォイスの体育館, ラ・コルーニャ人体博物館, ビルバオのIsozaki Atea , バルセロナのCaixaForum, ブラーネスのIlla de Blanes計画, バルセロナのビジネス・パークD38、マドリッドのHotel Puerta America, カイロのエジプト国立文明博物館計画 (現在進行中) などに参加
1989年 名古屋デザイン博「ガウディの城」コミッショナー
1990年 大丸「ガウディ展」企画 (全国4店で開催)
1994年~2002年 ガウディ・研究センター理事
2002年 「ガウディとセラミック」展 (バルセロナ・アパレハドール協会展示場)
2014年以降 World Gaudi Congress常任委員
2018年 モデルニスモの生理学展 (サン・ジョアン・デスピCan Negreにて)
2019年 ジョセップ・マリア・ジュジョール生誕140周年国際会議参加
主な著書
『スペインの旅』実業之日本社 (1976年)、『ガウディの生涯』彰国社 (1978年)、『スペイン建築史』相模書房 (1979年)、『ポルトガル』実業之日本社 (1982年)、『モダニズム幻想の建築』講談社 (1983年、共著)、『現代建築を担う海外の建築家101人』鹿島出版会 (1984年、共著)、『我が街バルセローナ』TOTO出版(1991年)、『世界の建築家581人』TOTO出版 (1995年、共著)、『建築家人名事典』三交社 (1997年)、『美術館の再生』鹿島出版会(2001年、共著)、『ガウディとはだれか』王国社 (2004年、共著)、『ガウディ建築案内』平凡社(2014年)、『新版 建築家人名辞典 西欧歴史建築編』三交社 (2022年)、『バルセロナのモデルニスモ建築・アート案内』Kindle版 (2024 年)、Walking with Gaudi Kindle版 (2024 年)、ガウディの最大の傑作と言われるサグラダ・ファミリア教会はどのようにして作られたか:本当に傑作なのかKindle版 (2024 年)など
・丹下敏明のエッセイ「ガウディの街バルセロナより」は隔月・奇数月16日の更新です。次回第23回は2026年1月16日の予定です。
●ときの忘れものの建築空間(阿部勤 設計)についてはWEBマガジン<コラージ2017年12月号18~24頁>に特集されています。
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