今村創平のエッセイ「建築家の版画」
第6回 六角鬼丈 ≪奇想流転(奇合建築)≫
六角鬼丈「我意我流としての方法論」*1
六角鬼丈のシルクスクリーン「奇想流転(奇合建築)」は、精緻に描き込まれた、何やら魅力的な造形物だが、一体これは何なのか判然としない。丸や四角といった幾何学もあれば、曲線や陰影もあり、この作者が建築家だと知れると、どうやらこれは建築とランドスケープではないかと想像が膨らむ。実際、ここに描かれているのは、六角が設計したいくつかの建築の屋根をコラージュしたものらしい。*2

六角鬼丈《奇想流転(奇合建築)》2017年 シルクスクリーン
41.5×69.0cm Ed.15 サインあり
このシルクスクリーンは、2017年の製作であり、六角75歳、最晩年のものである。製作はこの時期だが、取り上げられている作品からすると、原画はもっと早い時期に書かれた可能性がある。そのことは、代表作である東京武道館(1990年)や東京芸術大学大学美術館(1999年)が含まれていないことからも、確かに思える。
六角には、似たようなタイトルをもつ「奇勝転生」というドローイングもあり、こちらは「雑創の森学園、石黒邸、塚田邸などを、用途も寸法も混在させて継ぎ合わせたコラージュ」との解説があり、手法としては「奇想流転(奇合建築)」と同じである。ただし、こちらは立面と断面のコラージュ。扱われている建築の年代もほぼ同じなので、同じ時期に構想された可能性が高い。とはいえ、「奇想流転(奇合建築)」の方が、全体的に丁寧に仕上げられている。
こうした、建築家が自作を集めてひとつの絵とするのは、古くはイギリスの建築家ジョン・ソーンが19世紀初めに行っており、イタリアの建築家アルド・ロッシも20世紀末に、繰り返し自作をドローイングの中に集めて描いている。1970年代、80年代のポストモダンの時期には、コラージュの手法が広く採用され、六角の師磯崎新も〈つくばセンタービル〉(1983年)を典型として、様々なモチーフを寄せ集めることを実践している。

磯崎新《TSUKUBA II》1985年 シルクスクリーン
六角には、注に記したように、『新鬼流八道(ジギルハイド)』という書名の論考集があり、この『新鬼流八道(ジギルハイド)』というフレーズは、1970年代に六角が定めた方法論でもある。「鬼=六角」「流」の「新」らしい「八道=八つの方法」を意味し、そこに「ジギルハイド」と地口のルビを振っているのは、モダニズムと反モダニズムをはじめ、二つの顔を持つヤヌスのような存在との趣旨だろう。
六角、同上
方法論「新鬼流八道(ジギルハイド)」より
2. 万物万象はすべて、誇大妄想、迷走夢想、飛躍的連想のうえ、掌握するのをよしとする
8. 万物万象すべからく観念し、なお酔生無死の道をあゆまず、しらけきらざるをもってよしとする。
六角鬼丈は、安藤忠雄、長谷川逸子、伊東豊雄と同年(1941年)の生まれで、師である磯崎新や黒川紀章、槇文彦に続く世代に属する。活動を始めた1970年代は、大学闘争(1968年ごろ)や大阪万博(1970年)の熱気も冷め、1973年のオイルショックなどがあった。上の世代の建築家としての華やかな活動に比べ、個を基盤とした独立心と内省的な傾向を持つグループに、六角は属する。彼らのことを、槇文彦が野武士と呼んだことはよく知られている。
野武士の世代は、独創的であり、新たな建築の価値を生み出した。一方で、ポストモダンやバブルの時期と重なることから、新奇性はあるものの、一過性の造形の遊技との評価があることも否めない。
そうした建築の潮流にあって、六角の建築は軽薄に流されない力を有していた。確かな造形があり、それを成立させる丁寧な作業があった。
六角の祖父と父は、ともに漆芸作家であり、鬼丈を含む3代ともに東京芸術大学の教授を務めている。と聞くと、名門の裕福な家系を想像するかもしれないが、「貧乏な家に育った父」と書いている。岡倉天心に傾倒し師事した「祖父紫水(しすい)は漆精の化身のような人だった」。父について、「仕事場では埃をたてぬよう、、、動きは慎重かつ緩慢にみえる。ひとたび筆をにぎるとその姿は集中の塊であり、一定の精神状態の長時間にわたる維持・継続である。」*3
美しいものを生み出すにあたっての姿勢を、祖父と父から学び、それは建築家六角鬼丈に決定的な影響を与えたであろう。建築の設計をするにあたって、ドローイングを描くにあたって、丁寧至極な漆芸の世界が六角に継承されている。
*1:六角鬼丈『新鬼流八道(ジギルハイド) 叛モダニズム独話』(住まいの図書出版局、1990)所収、p209
*2:編集者の植田実によると、「「奇想流転(奇合建築)」は1970年代後半から80年代前半にかけて六角が設計した京都の幼稚園・プレイスクール・工作棟、福岡の金光教教会、札幌の鐘楼展望塔などの屋根伏図を集中合体させた建築図面」
植田実「美術展のおこぼれ」第44回~石山修武・六角鬼丈二人展―遠い記憶の形 : ギャラリー ときの忘れもの
*3:六角鬼丈「祖父紫水」「ある陶芸家の仕事場」。ともに『新鬼流八道(ジギルハイド) 叛モダニズム独話』所収、p11、p19
(いまむら そうへい)
■今村創平
千葉工業大学 建築学科教授、建築家。
・今村創平の新連載エッセイ「建築家の版画」は毎月22日の更新です。
◆「開廊30周年記念 塩見允枝子×フルクサス from 塩見コレクション」
Part 1 2025年6月5日(木)~6月14日(土)
Part 2 2025年6月18日(水)~6月28日(土)
※6月17日(火)に展示替え、日・月・祝日休廊
ときの忘れものは開廊30周年を迎えました。記念展として「塩見允枝子×フルクサス from 塩見コレクション」展を開催しています。
●ときの忘れものの建築空間についてはWEBマガジン<コラージ2017年12月号18~24頁>に特集されています。

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