今村創平のエッセイ「建築家の版画」

 第8回 ロベルト・マッタ ≪解放された権利1≫

 ロベルト・マッタは、画家としてのキャリアをシュリレアリストとして開始し、その後の活動も約半世紀にわたる。なので、その枠に収めるのは難があるが、原点にシュルレアリスムがあるのは間違いない。今回は、そうしたマッタと建築の関係について書いてみようと思う。

 ロベルト・マッタは、1911年チリの名家に生まれ、大学では建築を学ぶ。マッタが通ったサンティアゴ・カトリック大学は、南米を代表する建築大学であり、現在でも世界的に著名な建築家(アレハンドロ・アラベナやスミルハン・ラディックなど)を輩出している。その後1933年にヨーロッパに渡り各地を放浪したのち、1934年から2年間、近代建築の巨匠ル・コルビュジエのもとで働く。その時期のル・コルビュジエのアトリエは、前川國男はすでに帰国していたが、坂倉準三は在籍中。その後マッタは1937年のパリ万博のスペイン館で働くので(そこでは、ピカソの「ゲルニカ」が公開されており、ピカソとの交流も始まる)、坂倉の名作パリ万博日本館も体験したであろう。

 そしてマッタは、シュルレアリスムに出会い、画家へと転身する。1938年から10年間はニューヨークに住み、亡命したヨーロッパのシュルレアリスト(ブルトン他)とアメリカのアーティストたち(デュシャンを含む)のコミュニティの中にいた。
面白いことに、息子のゴードン・マッタ=クラークもまた、最初建築を学び、その後アーテストになっている。ゴードンは、アメリカのこちらも建築学校としては名門のコーネル大学で学んだ。ゴードンが入学した際、父ロベルトはすでにパリに戻っていたが、息子に対し、フィリップ・ジョンソンやフレデリック・キースラーといった、当時のアメリカ建築界のキーパーソンの紹介を提案している。ゴードンが入学した1962年頃のコーネルは、その後同校がアメリカ有数の建築大学との名声をえ始めた時期にあたる。それには同年にイギリスの高名な建築批評家コーリン・ロウが、コーネルに着任したことが大きい。ロウは、1950年代のル・コルビュジエ作品の批評(「理想的ヴィラの数学」、「マニエリスムと近代建築」)にて世界的評価を得ており、ゴードンは、父親が師事していたル・コルビュジエとの因縁を覚えたのではないだろうか。

 ゴードン・マッタ=クラークもまたアーティストとして活躍し、実際の建物を切断するプロジェクトなど建築を題材とした作品が多く、そこには建築を学んだことの影響がみられる。実際ゴードンは、コーネルを優秀学生として卒業しているのだが、とはいえコーネルの建築教育に嫌悪感を抱いていたようであり、自身の作品もアナーキテクチュア(アナーキー+アーキテクチュア)と呼んでいたように、従来の建築に対する反発が見て取れる。

 ロベルト・マッタに話を戻す。マッタの絵画、例えば〈FMR〉のシリーズを見ると、よく見れば人体と判明する奇妙な造形が、不可解なオブジェとして描かれており、モノや空間が捻じ曲げられて奇妙な印象を与えている。デフォルメされた肉体や、それらの画面などへの配置の仕方には、建築時代の師ル・コルビュジエ絵画との、ある共通点が見れなくともない。〈解放された権利1〉ともなると、ル・コルビュジエとの類似はないと言っていい。四角を囲む4つの不思議な像は、人物であろか。四角いテーブルの中にいくつか丸や四角、点線が描かれ、4人の人物が空間配置を巡って、論じあっているのか、ゲームに興じているのか。一見よくわからないもものが描かれ、それが何らかの物語を想像させるところは、シュルレアリスム的である。
シュルレアリスムといえば、自動筆記(オートティズム)であり、論理的構成を否定するその姿勢は、計画、構築を主眼とする建築とは相いれない性格を持つ。建築は、計画的に構想、実現され、実際に物質的に構築される。ただ、シュルレアリスムを主導したブルトンたちも、例えばテキストにおいては、でたらめな単語を並べただけではなく、そこに何らかの意図的な整理が伴うことを必須と考えていた。絵画においても、シュルレアリスムから影響を受けまさに即興的な技法(ジャクソン・ポロック)で作成されたものもあるが、ジョルデ・デ・キリコ、サルバドール・ダリ、そしてロベルタ・マッタなど、いずれも〈超現実的〉世界を、明快な意図をもって描いている。
だとすれば、シュリレアリズム的な姿勢と建築は相いれないのではなく、建築においても、アドホック(即興的)やデコンストラクション(脱構築的)の表現を持つ建築など、いろいろと試されてきており、そこには実験的絵画との並行的な関係がみられる。

 ロベルト・マッタは若い時に従事した建築から完全に離れたのか、それともいつも建築は意識されていたのか。どこかで建築について語った記録があるのかもしれない。少なくとも、彼の作品には、ある空間性があることは見て取れると言ってよさそうである。

いまむら そうへい

matta_01 (1)
ロベルト・マッタ《解放された権利 1》
1971年
エッチング、アクアチント
イメージサイズ:21.7×16.0cm
シートサイズ:44.0×31.5cm
Ed.100(H.C. XXV)
サインあり
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今村創平
千葉工業大学 建築学科教授、建築家。

・今村創平の連載エッセイ「建築家の版画」は毎月22日の更新です。

●ときの忘れものの建築空間(阿部勤 設計)についてはWEBマガジン<コラージ2017年12月号18~24頁>に特集されています。
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