王聖美のエッセイ「気の向くままに展覧会逍遥第40回」

「北川原温 時間と空間の星座」展を訪れて

 中村キース・ヘリング美術館「北川原温 時間と空間の星座」展(2025年6月7日~2026年5月17日)を訪問した。
蓄積されたドキュメントから建築家の思考を「展く」ことと、美術館を中心に地域を「開く」ことの2つの「ひらく」が実現された展覧会であったと思う。

1、建築家の思考をひらく

 北川原温(1951-)は1970年代に活動を開始して以来、国内・海外の大規模展覧会(*1)や専門雑誌などの多くのメディアに取り上げられてきた。しかし、過去に氏が主体的にキュレーションに携わった個展は、建築のコンセプト模型をマスターピースとして展示した北川原温の建築「横たわる円錐 Mallarmé de Siege」(1990年11月22日~12月22日、TOTOギャラリー・間)、映像・写真・数学・音楽を空間に融合させた北川原温・高木由利子「THEORIA」(2003年7月3日~18日、オカムラデザインスペースR)、彫刻、モンタージュ、計画案の模型を展示した北川原温退任展「太陽と月と地球と人がつくる円錐形の闇」(2019年1月8日~20日、東京藝術大学大学美術館陳列館)などに限られるとみられ、いずれも作家の半生を振り返ったり、作風や傾向を分析・俯瞰するものでもなかった。これまで、北川原氏にとって、個展はコンテンポラリーと呼応する表現手段であり、自身の過去の設計活動を視覚化/言語化する(複雑な事柄を合理化する)機会とは敢えて一線を画していたのではないか、と考える。
 ところが、今回、熱意溢れる美術館学芸員八木良美さんと所員の高須賀琳さんが協業し、北川原氏の頭の中をひらいてみることを試みた。彼らは、作家の設計思想を理解し来館者に伝えるため、既に発表されているテキストだけでなく、個人資料や事務所で保管されているドキュメントの調査をおこなった。そして、創作の源(アイディア/キーワード)を抽出し、思考の広がりと繋がりを内宇宙を描くようにマッピングした。「星」に相当する「創作のソース」を複数結びつけることで、「星座」に相当する「建築作品」を炙り出している。このような独特な作法によって出来上がったのが展覧会冒頭の壁一面に広がる図像であり、展覧会タイトルがこうしたプロセスから導かれたことも納得ができる。
 彼らの分析によると、中村キース・ヘリング美術館は6つの要素から構成されている。展示前半は、これら6つの主題に沿って、調査で再発見された資料が建築作品と併せて重層的に陳列されている。建築作品のドローイング、コンセプト模型に加え、蝶の標本、写真、蔵書など多彩なメディウムによりマスターピースと二次資料の混在する展示構成であり、全体で1点のインスタレーションのようにも捉えられる。
 展示後半は、中村キース・ヘリング美術館について、建主である中村和男館長との対話を重ねて生まれた2004-05年のドローイングが時系列に配置されている。美術館建設予定の敷地の読み取りから始まり、イメージが発展し、形とシークエンスが一致して案が定着していく様子が、中村キース・ヘリング美術館のコレクションも活用されて示されていた。

*1:ウィーン美術アカデミー「日本の建築家 伝統から未来へ 村野藤吾、槇文彦、北川原温」展(1997年)、金沢21世紀美術館「ジャパン・アーキテクツ 1945-2010」(2014年11月1日~2015年3月15日)、ポンピドゥ・センター・メッス「ジャパン・ネス(日本的なるもの)」展(2017年9月9日~2018年1月8日)、森美術館「建築の日本展:その遺伝子のもたらすもの」(2018年4月25日~9月17日)、21_21DESIGNSIGHT「㊙展めったに見られないデザイナー達の原画」展(2019年11月22日~2020年9月22日)など。

2、地域をひらく

 中村キース・ヘリング美術館は八ヶ岳の裾野である小淵沢に位置し、キース・ヘリング(1958~90)の作品をコレクションする美術館で、2007年に敷地内にあった温泉を活用した温浴施設(現:スパ・キーフォレスト)と同時に完成した。2014年には近隣にヴィラ・キーフィレスト、2015年にはホテルキーフォレスト北杜が建設され、同年に美術館も多目的展示室、中庭、収蔵庫などが増築された。2018年には小淵沢の玄関口である小淵沢駅駅舎・駅前広場も整備され、周辺一帯にこれらの北川原氏による建築群が点在している。
 今回は、美術館での展覧会と同時に、ホテルキーフォレスト北杜と小淵沢駅交流スペースでも展示が展開されている。ホテルロビーには、北川原氏が本展のために選んだ坂本龍一の音楽が流れ、香合《THIGHCHO》(サイコ)、ラウンジチェア《MIRVA》(ミルヴァ)といった北川原氏がデザインしたプロダクトなど、五感で享受する場所になっている。一方、小淵沢駅の無料の交流スペースでは、北川原氏のご朱印帳(スケッチブック)に含まれるスケッチ、駅舎と駅前広場石垣のデザインについてや、地域の建築について紹介されている。
 小淵沢駅は年間を通じて登山客や観光客が訪れるパブリックな場所である。こうした所でアートや建築の入り口としての展示をするのは、対外的に認知度を上げるだけではなく、地域の人たちが地元の建築文化資源に気づくという意味でも、見習いたい素晴らしい試みだと感じた。
おう せいび

▼本展のカタログが11月中旬に刊行される。
https://www.nakamura-haring.com/blog/14970/
▼「北川原温 時間と空間の星座 」展 3会場における展示風景映像
https://www.youtube.com/watch?v=UAdAeJyxopo
「北川原温 時間と空間の星座 」展 Exhibition Footage: “Atsushi Kitagawara: The
Constellation of Time and Space” 
©中村キース・ヘリング美術館

 

▼筆者が2022年に北川原温氏にうかがったオーラルヒストリー
https://www.youtube.com/watch?v=-FVFfVwz-Ro
【建築家と建築模型】北川原温 インタビュー ©寺田倉庫 WHAT MUSEUM 建築倉庫

 

*画廊亭主敬白
本日10月18日は『洋酒伝来』など数々の著書で知られた藤本義一さんの命日です(1927年生~1999年10月18日死去、享年71)。
サントリー宣伝部のスタッフでしたが、べ平連に参加する「義」の人でもありました。
亡くなられてから四半世紀、「イレブンPMの藤本義一さんとは同姓同名だけど別人だよ」といっても「誰それ?」と返されるのがオチ。
1927年(昭和2年)兵庫県神戸生まれ、関西で育った藤本さんは1946年に詩人の竹中郁の薦めで同人詩誌『航海表』を発刊します。1948年にはこどもの詩誌「きりん」の編集部に入りますが、「きりん」の一時休刊にともない、雑誌社の太陽社に転職します。その後神戸市の社会教育課を経て、スモカ歯磨やさくらクレパスなどでも働き、1959年(昭和34年)に株式会社壽屋宣伝部(現サントリー)に入社し、定年まで勤められました。1965年に東京転勤後は同僚の開高健らとともにベ平連に参加し、反戦運動に尽力されます。
サントリーのワイン相談室長で、日本ワイン協会専務理事を務め、日蘭学会、蘭学資料研究会、日本風俗史学会などでも活躍されていました。晩年は癌と闘いながら、有名レストランを借り切りワインの会を主催していました。
著書に『洋酒伝来』(東京書房社1968年)、『ワインと洋酒のこぼれ話』(日本経済新聞社、1977年)、『とっておき ワインと洋酒の物語』(PHP研究所、1984年)、『洋酒物語』(廣済堂、1992年)など多数。
画廊亭主が1974年に設立した現代版画センターの結成から最後の倒産にいたるまで、企画委員として尽力され、破産後も私たちに暖かい支援の手をさしのべてくれたことを生涯忘れません。あらためてご冥福をお祈りする次第です。

◆「銀塩写真の魅力Ⅸ
会期:2025年10月8日~10月18日 ※日・月・祝日休廊
主催:ときの忘れもの
出品作家:
福田勝治(1899-1991)、ウィン・バロック(1902-1975)、ロベール・ドアノー(1912-1994)、植田正治(1913-2000)、ボブ・ウィロビー(1927-2009)、奈良原一高(1931-2020)、細江英公(1933-2024)、平嶋彰彦(b. 1946)、百瀬恒彦(b. 1947)、大竹昭子(b. 1950
*出品作品の展示風景及び概要はHPまたは10月4日ブログをご覧ください。

ときの忘れものは今年もアート台北Art Taipei 2025佐藤研吾さんと参加出展します。
会期:2025年10月23日~10月27日(10月23日はプレビュー)
会場:Taipei World Trade Center Exhibition Hall 1
ときの忘れものブース番号:B29
公式サイト: https://art-taipei.com/
出品作家:靉嘔安藤忠雄佐藤研吾仁添まりな釣光穂

出展内容の概要は10月13日ブログをご参照ください。
会場では、作家の佐藤研吾
さんと、松下、陣野、津田がお待ちしております。
招待状が若干ありますので、ご希望の方はメールにてお申込みください。

 

●10月11日のブログで「中村哲医師とペシャワール会を支援する10月頒布会」を開催しています。
今月の支援頒布作品は北川民次と元永定正です。皆様のご参加とご支援をお願いします。
申し込み締め切りは10月20日19時です。

 

●ときの忘れものの建築空間(阿部勤 設計)についてはWEBマガジン<コラージ2017年12月号18~24頁>に特集されています。
〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS ときの忘れもの
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531 
E-mail:info@tokinowasuremono.com 
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。日・月・祝日は休廊。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。 photo (1)

外観