愛宕山画廊は、港区愛宕1丁目にあった。2025年現在、虎ノ門ヒルズに覆われるような場所になり、当時の面影はない。画廊は1969年に開廊している。私にとって愛宕山画廊は、ずっと港区の影がつきまとい、画廊巡りのルートからはずれていて、心身ともに遠いものだった。この妙な思い込みは、84年3月に画廊が中央区銀座8丁目伊勢萬ビル3階に移転(壁面37.5メートル)、93年には銀座6丁目尾張ビル6階に移転(壁面50メートル)しても、ときどき頭をよぎるのだった。さらに、運営にあたっていた高垣諭吉氏、高垣直道氏、高垣主一氏とは、ご挨拶程度のことしかなく、そのお顔はもはや記憶になく、申し訳ない。

 記録によれば、開廊記念展は「鳥海青児と二科7人展」で、その後は公募団体の自由美術や主体美術の画家を取り上げている。また、大野五郎、寺田政明、吉井忠らの画集を制作する。80年代になると江口週、関敏、米林雄一、石井厚生、建畠覚造、掛井五郎ら彫刻家が多くなり、彫刻の愛宕山画廊と言われるようになる。(彫刻の熊坂兌子、越境的な内海信彦、ボストンの画家麻生花児、絵画と彫刻を手がける渡辺豊重らも展覧会を複数開催していく。だが、今その作家リストや、愛宕山画廊の特色ともいえる白地に作家名が印刷された四角いパンフレットを見ていくと、彫刻の愛宕山は売れにくい立体になぜこだわったのだろうかと思うこともある。他の画廊との共同開催を含め、公募団体でも作品が見られる作家もいる。建築や公共空間に設置される作品を営業できていただろう。さらにバブルの時代にはそれなりの力も発揮できたにちがいない。しかしながら、画廊で作品を「ただ見」する私如きが言うことではないが、画廊の色が見えにくかった。6丁目の空間は広く、少し暗い感じの記憶がある。窓もあった。あたりはバーの数が多かった。確かに、作品は江口週であり、堀内正和であり、三沢憲司なのだが、既視感が漂っていた感じがした。90年代、壁面50メートルの空間に、年15本の企画展を打つことは大変だったろう。専属となる作家をもってでることも構想されたかもしれない。

 また、作家の年齢的、また活動歴の時間軸も画廊展開の要素としてあげられよう。例えば、先にあげた作家のなかに1933年生まれの熊坂兌子がいるが、戦後の女性彫刻家としてもっと評価されていいだろう。東京芸大を卒業し、神奈川県に在住、教職に就く。60年代秋山画廊で個展を行う。その後、イタリアにわたり、結婚後、彫刻家の夫ともに活動、愛宕山で個展をするのが87年だ。80年代であっても、私には60年代の秋山画廊の作家としてまず見えてくる。神殿のような石の女性座像が記憶にあるのだが、やはり愛宕山画廊の熊坂のイメージは薄い。作家と画廊の関係は、経済的な面だけではないと思う。

 199711月、30年近く活動した愛宕山画廊は、千葉県に移転し、銀座を去った。

 愛宕山画廊の活動は、作品の展示・販売だけでなかった。96年1月からは山口泰二ら日本近現代美術史の研究者らによる「美術運動史研究会」の例会を、97年7月からは、哲学の山本哲史、フランス文学の塚原史、建築史の初田亨らが講演した「銀座の大学公開講座」をバックアップするなど、記録に残されるべきことを担っていたことを記しておく。

画廊地図、港区愛宕と中央区銀座8丁目

銀座への移転挨拶状 1984

銀座からの撤退挨拶状 1997

2025年、愛宕の風景、左側が神社。右奥が虎ノ門ヒルズとなる。

(みかみ ゆたか)

■三上 豊(みかみ ゆたか)
1951年東京都に生まれる。11年間の『美術手帖』編集部勤務をへて、スカイドア、小学館等の美術図書を手掛け、2020年まで和光大学教授。現在フリーの編集者、東京文化財研究所客員研究員。主に日本近現代美術のドキュメンテーションについて研究。『ときわ画廊 1964-1998』、『秋山画廊 1963-1970』、『紙片現代美術史』等を編集・発行。

・三上豊のエッセイ「今昔画廊巡り」は筆者の希望で「ひとまず終了(休載)」します。再開を祈りつつ、三上先生には長い間の連載を心より感謝いたします。ありがとうございました。

*画廊亭主敬白
少し前、あるオーケストラの定期演奏会に友人たちと出かけました。まあまあの入りだったのですが、来場者の年齢の高いこと(自分たちも含め)に驚きました。若い人がほとんどいない。学生や子供(少年少女)の姿もほとんど見られませんでした。ショパンコンクールで桑原志織さんが第4位に入るなど、日本の若い演奏家の活躍は頼もしい限りですが、クラシック音楽の裾野を考えると、普通の若い人が演奏会に来ない(行けない)状況は憂うべきでしょう。
亭主の若いときだってコンサートのチケットは高額で、音大の学生さんたちは四苦八苦していました。そのために学生用の安い席や、立ち見席もあったような記憶があります。N響など今も学生券1000円があるようですが、一握りのエリートだけが育てばいいわけではありません。趣味で音楽を続ける人、聴く人、ともに増えてこその豊かな音楽の世界です。若い人たちが旅行にも行けない、本も買えない、音楽会にも行けないような貧しさは悲しい。

「久保貞次郎 コレクションのすすめ 受け継がれるおもい」のご案内
会期:2025年10月25日(土)~11月1(土) *会期中無休
会場:ストライプハウスギャラリー
主催:久保貞次郎の会
「久保貞次郎の会」は跡見短大の教え子たちが発起人となり、その功績と精神を後世に伝えることを目的に、2018 年に発足いたしました。ときの忘れものの綿貫令子(跡見出身)も参加しており、久保先生の多面的な活動を紹介する活動を展開しています。2022 年からは毎年テーマを設け、東京・六本木のストライプハウスギャラリーにて展覧会を開催しています。2025 年は「教師・久保貞次郎のおもい」を追求します。跡見短大での教育活動に光をあて、学生たちに向けられた久保先生のまなざしや思想を、当時の思い出やコレクションを通して振り返ります。ぜひご高覧のほどお願いいたします。

●ときの忘れものの建築空間(阿部勤 設計)についてはWEBマガジン<コラージ2017年12月号18~24頁>に特集されています。
〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS ときの忘れもの
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531 
E-mail:info@tokinowasuremono.com 
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。日・月・祝日は休廊。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。