佐藤圭多のエッセイ「大西洋のファサード -ポルトガルで思うこと-」第23回

テージョ川

「おはよう」はポルトガル語で「Bom dia」だ。雨ばかりでジメジメと寒い冬。夏なら気さくなポルトガル人が、冬はうつむきがちに歩いて挨拶もしない。そこで思い当たる。確かに今日は「Bom dia (良い日)」ではない!この挨拶は形式的な台詞ではなく、文だったのだ。Good morningしかり、Bonjourしかり、Guten Morgenしかり、欧米圏のあいさつは”良い”という判断を含む言葉が多い。対して「こんにちは」は、判断が消えている。「こんにちわ」でなく「は」なのだから、本来何かが続く言葉だったはず。「今日は…。」文の主旨だったはずの判断を消して、挨拶と為す。なんだか幽玄な美しさを感じてしまう。

表現が正しくない気もするが、冬のポルトガルは、非線形的に天気が変わる。東京に住んでいた感覚では、雲はいつも西から来て、その雲が雨を降らせ、雲が去ればまた晴れるというように、因果がわかりやすかった。それに比べてポルトガルは、空間そのものが急に水状になるようなイメージで天気が変わる。地上で発生する雲の中にいる、という感じに近いかもしれない。晴天だと思って外に出たら、突如そこらじゅうの空気が雨粒に変換されて傘をさす間もなくびしょ濡れになり、また数分後にはピカッと陽がさしてきて、空気は清々と澄み渡る。くっきりとした虹まで現れる。自分と天気は対立項ではなく渾然一体としていて、天気を対象化することができない。

ここにいると、人間は天気の写し鏡のように思えてくる。天気が不調なら人間も不調になる。その対処法なのか、西洋人を見ていると自分を積極的に天気の方に寄せていこうとする姿勢を感じることがある。その典型は日光浴で、真夏の炎天下のビーチでパラソルもなく日がな寝そべっている人の多いこと。冬の貴重な晴れ間などには、亀の甲羅干しのように太陽の方を向いてベンチに座りじっとしている人を結構見かける。英語には「sunseeker」という単語があるが、まさに太陽(sun)を必死に追いかけ回して求める者(seeker)という切実さだ。暴風雨の時にスウェット姿で平然と犬を散歩させる人がいるのには恐れ入る。たしかに風が強すぎて向きも読めないので、傘をさしてもほとんど意味をなさない。散歩に連れ出してもらった犬は嬉しそうにびしょ濡れで駆けまわっている。家の中で雨音を聞きながらそんな様子を眺めていると、人間も元来は”雨に濡れるのが嬉しい”生き物だったのかもしれないと思う。いつから僕は雨に濡れたくなくなってしまったのだろう。

春が近づいてくると、リスボンの南側を流れるテージョ川は、よく霧に包まれる。朝方は特に全く視界が効かないくらいの濃霧も珍しくない。リスボンには昼夜を問わず豪華客船やタンカー船、釣り船から軍艦まであらゆる船が寄港するので、霧の時には船が汽笛(霧笛)を鳴らす。その「ボーーーー」という音は、なんだか耳に心地良い。数キロ先の相手に自分の位置を知らせる大きな音なのだが、パトカーや救急車のサイレンなどの甲高く注意を引く音と違い、深く落ち着いていて、くじらのあくびのような、巨人が吹くトロンボーンのような、アナログな音だ。海が近い我が家では、朝方に遠くで響く霧笛の音で目が醒めることがある。日本では海の近くに住んでいたことはないのに、何か懐かしく温かいような、それでいて少し孤独なような不思議な気持ちになる。この感覚はなんだろうと思っていたら、ヴィム・ヴェンダースの映画「リスボン物語」のインタビュー映像で、出演者のポルトガル人歌手テレーザ・サルゲイロがこう言っていた。「霧の朝、テージョ川に入ってくる船の霧笛がリスボンの街に響き渡る。それが私にとっての”サウダーデ”なの」

そうだったのか。あれがサウダーデなのか。saudadeは、調べると「郷愁」や「憧憬」のような意味と出てくる。ブラジル発音の「サウダージ」という言葉は日本で耳にした方もいるかもしれない。ただ解説の最後は必ず「他言語には訳すことができないポルトガル語特有の言葉」と締めくくられる。テレーザはリスボンのアルファマ地区の生まれで、幼い頃から霧笛の音を聞いて育ったに違いない。むかしを思い出すその音、その光景がサウダーデであると言っている。ではサウダーデとはただ「懐かしい」という意味なのかといえば、どうも違うらしい。気になって、身近にいるポルトガル人の友人に聞いて回った。

ある友人は、それは「感情の記憶」だと言った。楽しかったという感情、嬉しかった、幸せだったという感情そのものの、記憶であると。ただしそこには今は失われて決して戻ってこない、という感覚が含まれているらしい。だから喜びとも違うし、悲しみとも違う。日本ツウでもある彼はこう続けた。「小津安二郎の「東京物語」はポルトガル人の僕からしたらsaudadeの物語だよ。子供や孫に会えるのを楽しみに東京に行ったけど、なにか居心地の悪い思いをしてしまう。けれど行ってよかった。会えてよかった。あの老夫婦がその時感じているのは、まさにsaudadeじゃないかな」

日本人にとっても縁遠い感覚ではないような気がする。むしろ以前から慣れ親しんでいるような印象すらある。なぜ日本語に該当する単語がないのだろうと首をひねった直後、最近たまに学生から聞く若者言葉が浮かんだ。「エモい」である。意味を調べてみると「単に、嬉しい・悲しいという気持ちだけではなく、寂しい・懐かしい・切ないという気持ちを含んでいる感情」らしい。日本の若者はsaudadeを捉えている!嬉しくなりながらも、なぜか霧笛の音を「エモい」と表現したくない自分に、年を感じたりもする。

(さとう けいた)

■佐藤 圭多 / Keita Sato
プロダクトデザイナー。1977年千葉県生まれ。キヤノン株式会社にて一眼レフカメラ等のデザインを手掛けた後、ヨーロッパを3ヶ月旅してポルトガルに魅せられる。帰国後、東京にデザインスタジオ「SATEREO」を立ち上げる。2022年に活動拠点をリスボンに移し、日本国内外のメーカーと協業して工業製品や家具のデザインを手掛ける。跡見学園女子大学兼任講師。リスボン大学美術学部客員研究員。SATEREO(佐藤立体設計室) を主宰。

・佐藤圭多さんの連載エッセイ「大西洋のファサード -ポルトガルで思うこと-」は隔月、偶数月の20日に更新します。次回は2026年4月20日の予定です。どうぞお楽しみに。

◆松本竣介と舟越保武
2026年2月6日(金)~2月21日(土)
11:00-19:00 ※日・月・祝日休廊
洋画家・松本竣介と彫刻家・舟越保武の二人展を開催します。 1912年生まれの二人は、岩手県立盛岡中学(現在の県立盛岡第一高等学校)の同級生でした。
本展では松本竣介の素描と舟越保武の彫刻・版画作品をご紹介いたします。
 

<重要なお知らせ>
アートフェア東京2026出展のため、
ときの忘れものは、2026年3月13日(金)~3月16日(月)は休廊いたします。
スタッフはアートフェア東京の会場(東京国際フォーラム)におります。

●ときの忘れものの建築空間(阿部勤 設計)についてはWEBマガジン<コラージ2017年12月号18~24頁>に特集されています。
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