丹下敏明のエッセイ「ガウディの街バルセロナより」
その24 ガウディを知るためのヒント③
ガウディが敬虔なカトリックであったかというレッテルは現在でも一般に受け継がれている。例えばカサ・バトリョ(Casa Batlló, 1904-1906年)のオーナーの一人はカサ・バトリョの最上階に”ほら十字架があるでしょう、それはガウディが信心深い人の証拠でしょう” と言う。しかし、この十字架が付けられたのはデザイン上の問題だ。彼女の判断は安直なものだ。つまり、ガウディは市役所に1904年10月26日付けで申請用の図面を提出している。そして、日付が無いのでいつ描かれたのか分からないのだけれどもファサードのスケッチを一枚残している。これは現存する数少ないガウディのオリジナル・ドローイングで、弟子の一人ベレンゲールが1㎜間隔の2本の線の間に何本線が引けるかというのを練習させられたのと同じように、細く削られた鉛筆で描かれたている。これには3面が描かれていて、左には断面、右には途中で描くのを止めたようなスケッチがある。中央にはかなり完成度の高いスケッチがある。この案は申請用にのファサードと同じようにシンメトリーのデザインとなっている。最上部の見切りには実際に使われたセラミックの役物が被るというアイディアも確認できる。そして、不完全ではあるけれども中央の最上部には、ダブルの十字らしいものが描かれていて、これは建築申請用図面には描かれていないけど、実際に見える十字に似ている。
A. カサ・バトリョのファサードに付く十字架
B. 頂点にあるダブル・十字
何しろこの貴重な図面には日付が入っていないので憶測になってしまうが、この仕事を受けた時期は、サグラダ・ファミリア教会の現場が資金不足に悩まされていて、工事が思うように進めることが出来なかったから、逆に時間に余裕が出来たので民間の仕事も引き受けるようになった時期で、サグラダ・ファミリアの工房の中で、スタッフを揃えて民間の仕事を引き受けている。
C. カサ・バトリョの建築申請用の図面(ファサードと賃貸部分の平面)
D. カサ・バトリョの建築申請用の図面(地階、一階、メイン・フロアの平面)
E. カサ・バトリョのオリジナル・ドローイング
この2種類の図面がどちらが先に描かれたのかは分からないが、現場が始まってからガウディは一つの大きな問題に気が付いた。当時のバルセロナ市内では必要な水道の水圧が上階まで得ることができなかった。そこで一般的にやられていた解決策は最上階に水槽を設けて、一旦水を上に上げて、その重力で各戸に水を供給していた。ガウディは建築申請後にこの事に気が付き、その結果シンメトリーのデザインを崩していいるのだろう。
F. カサ・バトリョの見切りのセラミック
G. ロジュール・デ・リュリアにあるかつての給水塔
H. 同・給水塔断面図
市内には近隣の住宅が共同で給水塔をパティオ側に建設したという例があり、その一つは今も残されている。カサ・バトリョのすぐ近くにあるドメネク・イ・モンタネールがデザインしたカサ・リェオ・モレーラ(Casa Lleó Morera, 1901-1906年)もコーナー部分に置かれたセラミックで着飾られた水槽がある。ドメネクの場合はわざとその給水タンクをコーナー部分に置いて、ランド・マーク化しようとしているのは間違いがない。
I. カサ・リェオ・モレーラ全景
J. カサ・リェオ・モレーラの水槽
ガウディは防水処理にマニアティックだったから、建築申請図面で最上階に屋根裏階を設けている。更にこの上に水槽をカバーする構造物を上に載せている。これは現在で通称ドラゴンの背だと言われているのがそれだ。ガウディはこれをグラディエーションを付けた着色した瓦で覆い、シンメトリを壊し、躍動感のあるデザインに仕上げている。その水槽設置のために最上階のデザイン、ファサードの見切りに手を加えている。正面ファサード全体は垂直方向に波打っているが、この最上階では水平方向にこの水槽の部分を中心に波打たせている。そのために5階部分から塔が建ちあがり、これに玉ねぎのようなものが付き、さらにその上にはダブルの十字が載せられた。しかも塔の建ち上がる位置というのは、隣接のプーチ・イ・カダファルク(Casa Amatlle, 1898-1900年建設, Josep Puig i Cadafalch, 1867-1956年)がすでに完成させていた、カサ・アマトリェのファサードがフランドル建築のような切妻となっているので、両ファサードが喧嘩しないように隣接部分に小さなテラスをセットバックして設けることで逃げている。これで、最終的にファサードの見切り部分のデザインが収まってくる。つまり、ガウディはデザイン上の問題で十字架を先端に付けたが、それがガウディの宗教心から来たのではない、デザイン上の問題だ。
K. カサ・アマトリェとカサ・バトリョの隣接する場所
L. カサ・アマトリェとカサ・バトリョの隣接する場所
M. かつて水槽があった部分
N. 水槽があった部分の外観
ガウディのレウスでの学校の成績はとても秀才と言えるようなものではなく、酷いものだったが、特に宗教関係の科目の成績が悪かった。しかも通っていた学校は宗教団体が運営していた学校だった。それもそうだろう、職人の子として生まれ、更にレウスの新興産業都市の賑わいから、信仰への関心が薄い社会環境で育っていたからだ。
O. サン・フェリペ・ネリの教会外観
更にショッキングな話が残っている。ガウディはバルセロナに出てから、アルバイトに精を出し、家族を養っていたのではないかと同級生からは思われていたほど学外活動に忙しかった。しかし、ガウディは世の中の動きには敏感だった。上流階級の子息や建築家の子息だけが建築の設計依頼を貰うというのが普通だった時代だ。そこで、地方の職人の子として生まれたガウディはソーシャル・ネット・ワーキングを通じて仕事を得ようとしていた。そのために顔写真を当時の著名なカメラマンに撮らせ、名刺を刷らせ、当時のインテリが集まる、カフェ・ペラヨに顔を出し、カタルーニャ科学遊覧協会という文化人や名士が集まる会に入会までして、顔を知られるような努力を重ねていた。このカフェ・ペラヨに集まったのは教会をコケ落とし、罵倒するような連中が集まる場所だった事は先回触れた通りだ。
晩年はサン・フェリペ・ネリ教会の晩のミサに列席するのが習慣だったが、これは僧侶がアマチュアの古生物学者で、ガウディはパーク・グエルの掘削工事で大量の化石が出て以来、化石に興味を持ち、この神父を訪ねていたが、ミサに出るのが目的ではなかったのではないか。サグラダ・ファミリアに宗教心で籠り、建設を続けたという美談が築き上げられているのだ。ガウディの宗教心は再検討する必要がある。
P. 内部にはガウディを描いたとされる絵がある
(たんげとしあき)
(図面以外は筆者撮影)
■丹下敏明 (たんげ としあき)
1971年 名城大学建築学部卒業、6月スペインに渡る
1974年 コロニア・グエルの地下聖堂実測図面製作 (カタルーニャ建築家協会・歴史アーカイヴ局の依頼)
1974~82年 Salvador Tarrago建築事務所勤務
1984年以降 磯崎新のパラウ・サン・ジョルディの設計チームに参加。以降パラフォイスの体育館, ラ・コルーニャ人体博物館, ビルバオのIsozaki Atea , バルセロナのCaixaForum, ブラーネスのIlla de Blanes計画, バルセロナのビジネス・パークD38、マドリッドのHotel Puerta America, カイロのエジプト国立文明博物館計画 (現在進行中) などに参加
1989年 名古屋デザイン博「ガウディの城」コミッショナー
1990年 大丸「ガウディ展」企画 (全国4店で開催)
1994年~2002年 ガウディ・研究センター理事
2002年 「ガウディとセラミック」展 (バルセロナ・アパレハドール協会展示場)
2014年以降 World Gaudi Congress常任委員
2018年 モデルニスモの生理学展 (サン・ジョアン・デスピCan Negreにて)
2019年 ジョセップ・マリア・ジュジョール生誕140周年国際会議参加
主な著書
『スペインの旅』実業之日本社 (1976年)、『ガウディの生涯』彰国社 (1978年)、『スペイン建築史』相模書房 (1979年)、『ポルトガル』実業之日本社 (1982年)、『モダニズム幻想の建築』講談社 (1983年、共著)、『現代建築を担う海外の建築家101人』鹿島出版会 (1984年、共著)、『我が街バルセローナ』TOTO出版(1991年)、『世界の建築家581人』TOTO出版 (1995年、共著)、『建築家人名事典』三交社 (1997年)、『美術館の再生』鹿島出版会(2001年、共著)、『ガウディとはだれか』王国社 (2004年、共著)、『ガウディ建築案内』平凡社(2014年)、『新版 建築家人名辞典 西欧歴史建築編』三交社 (2022年)、『バルセロナのモデルニスモ建築・アート案内』Kindle版 (2024 年)、Walking with Gaudi Kindle版 (2024 年)、ガウディの最大の傑作と言われるサグラダ・ファミリア教会はどのようにして作られたか:本当に傑作なのかKindle版 (2024 年)など
・丹下敏明のエッセイ「ガウディの街バルセロナより」は隔月・奇数月16日の更新です。次回第25回は2026年5月16日の予定です。
●本日(月曜)は休廊日です。
●ときの忘れものの建築空間(阿部勤 設計)についてはWEBマガジン<コラージ2017年12月号18~24頁>に特集されています。
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