■ハンス・ベルメール(Hans BELLMER 1902-1975)
1902年ポーランド(当時はドイツ領)のカトヴィツェ生まれ。1923年ベルリン工科大学に入学するが、ダダイストのジョージ・グロスらとの交遊が始まり大学を中退。出版社の植字工見習いとして働き始め、小説の表紙や挿絵を手がける。1926年カールスホルストにデザイン事務所を開く。1932年ベルリンにて.ホフマン原作のオペラ『ホフマン物語』を観劇、その中に登場した自動人形オリンピアが彼に影響を与えたといわれる。翌年、最初の人形を制作し、1934年写真集『人形』を自費出版で刊行。パリのシュルレアリストの賞賛を受け、シュルレアリスム機関誌『ミノトール』の表紙を飾る。1935年パリにてシュルレアリスム・グループ展へデッサンを出品。同年、ベルリンのカイザー・フリードリヒ美術館にて展示されていた16世紀のドイツの球体関節を持った木製の人形からインスピレーションを得て球体関節人形を制作。1936年
『人形』フランス語版を刊行。
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ロンドンやニューヨークなど多くのシュルレアリスム展へ出品。1938年ナチスを逃れパリへ移住。マルセル・デュシャンやマックス・エルンストらと出会う。1939年第二次世界大戦が勃発し、ドイツ国籍のためマックス・エルンストと共に南仏の収容所に抑留される。翌40年解放され南仏カストルにとどまる。1946年ジョルジュ・バタイユの小説『眼球譚』の銅版画による挿画に取りかかり、翌年刊行。1947年パリにてはじめての個展。1949年 ポール・エリュアールの詩とベルメールの写真から成る『人形の遊び』刊 行。1954年女流作家ウニカ・チュルンとパリで同棲生活に入る。1957年著書『イマージュの解剖学』刊行。1958年 ウニカをモデルとした緊縛写真を撮影。1961年銅版画集『サドに』刊行。1965年 ジョルジュ・バタイユ『マダム・エドワルダ』の挿画を手がける。1968年銅版画集『道徳小論』刊行。1971年パリの国立現代美術センター(CNAC)で大規模な回顧展。1975年没。パリ・シカゴ・ジュネーヴにてベルメール展開催。1983年ポンピドゥーセンターにて回顧展開催。
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