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松本路子のエッセイ
第1回 「ニキ・ド・サンファルとのフォト・セッション」 2010年5月7日
宴への招待  松本路子
カラフルでエスプリあふれる女性像で知られる、フランスの造形作家ニキ・ド・サンファル。私がニキと初めて出会ったのは、1981年6月、パリ郊外の彼女の自宅を訪ねた時だった。
かつて宿屋だったという石造りの家の扉が開くと、にこやかに微笑む女主人が立っていた。ダイナミックな作品とは対照的に、繊細な感じの、神秘的雰囲気さえ漂わせた人だ。

彼女は初対面の私を、家の中のほとんどの場所に(寝室にまでも!)案内してくれた。居間に通されたとたん、私はその彩りの鮮やかさに思わず歓声を上げた。まさにニキの世界そのもの。机、椅子、鏡、ランプなど、美術館で見た作品がそのまま家具として使用されている。
蛇の絡まる椅子に座したニキは、穏やかな口調で、自身の暮らしぶりを語った。室内にはバッハの曲が流れ、台所ではハンサムな青年が、来客のために昼食を用意する姿が見えた。
松本路子
「Niki de Saint Phalle, Paris, 1981」
1981年(2003年プリント)

松本路子
「Niki de Saint Phalle, Paris, 1981」
1981年(2003年プリント)

松本路子
「Niki de Saint Phalle, Paris, 1981」
1981年(2003年プリント)
居間に続くアトリエでは、大胆なフォルムと色彩の女性像が制作されていた。極端に強調された丸く大きな乳房とお尻。全体にハートや花、彼女がスパゲティと呼ぶ細い線が散りばめられている。その像はユーモラスでもあり、女神そのものにも見えた。
こうした女性像は総称で「ナナ」と呼ばれ、ニキの代表作のひとつとなっている。ナナは「陽気で開放された女の象徴」(展示カタログより)である。だが最初からナナたちが登場してきたわけではなかった。
松本路子
「Niki de Saint Phalle, Paris, 1981」
1981年(2003年プリント)

松本路子
「Niki de Saint Phalle, Paris, 1981」
1981年(2003年プリント)
自宅を訪ねた帰路、彼女の回顧展が開かれているドイツのハノーバーまで足を延ばした私は、ニキの仕事を年代順に追うことによって、ナナの生まれた背景を知ることが出来た。
初期の作品には、あらゆることへの憤りに満ちたものが多い。白い教会のレリーフに絵の具のカプセルを埋め込み、それを遠くからライフルで撃ち、色彩を破裂させるといった、パフォーマンスを含めた射撃絵画の時代。
さらに女たちに課せられたもろもろの役割を体に貼り付けた、毒々しくてもの哀しい「花嫁」「出産」と名づけられた作品群。

このような時代を経て、1965年頃から女たちの体は突然膨らみ始め、形も色も軽やかになっていった。
それはフランスの富豪の家に生まれ、「敬虔なクリスチャン」としての教育を受けた彼女が、結婚、出産、離婚を経て、アーティストとして出発した道程と無関係ではないだろう。(ニキは後に「テロリストになる代わりに、アーティストになった」という言葉を残している。)
そのとき30歳になったばかりの私は、最初の写真集を出版して後の行く末を模索していた。美術館を一巡して、深いため息をついたのは云うまでもない。

ニキは1966年に最大のナナを生み出した。ストックホルムの美術館に、ジャン・ティンゲリーらと制作した「HON」(ホーン・彼女)と題する、横たわる巨大な女性像だ。全長25メートル、高さ6メートルで、女性の体内は1大遊園地。その自由な発想と、遊び心を知った時から、私はニキに会いたいと思い始めたのだ。

ホーンはその大きさゆえ展示後は取り壊される運命にあった。が、巨大な彫像の魔力に惹きつけられたニキは、次々と大きなナナを創り、さらに彫刻による噴水や建造物の制作に着手し始めた。
その集大成ともいえるのが、イタリアのトスカーナ地方に建つ12個の彫刻宮殿「タロット・ガーデン」だ。
女神の半身を持つスフィンクスの像が彼女の棲家で、その大きな乳房の寝室で眠り、胴体内の居間兼アトリエで制作するという。最初に会った時、その構想をニキから聞かされた私は、自らの彫刻の中に暮らす、究極のアートの創造者にすっかり魅せられてしまった。(タロット・ガーデンについてはまた詳しく書きます)

当時私は、世界各地の女性アーティストを訪ね、ひとり1枚の肖像を撮影していた。ニキも1枚の肖像のために会いに出かけたのだが、彼女を撮り続けたいという気持ちに抗うことが出来なくなっていた。
タロット・ガーデンは20年の歳月をかけて完成し、結局私はその間、何とか費用を工面して、ヨーロッパ各地でニキとその作品を追い続けた。

2002年のニキ・ド・サンファルの没後、正面から撮影された肖像が、きわめて少ない(夫であるティンゲリーの友人の写真家と、娘のパートナー、といった身近な人のみ)ということを知らされた。初対面の折、寝室やバスルーム(壁紙がニキのナナだった)でも写真を撮らせてくれたのは、何だったのだろうか。何度となく重ねたフォトセッションが奇跡のようだ。

私は何かを託されたようにも思えた。ニキが生涯求めていたものを、私も追い続けること。そしてニキのことを語り続けること。
彼女の版画に「The Witches Tea Party」(魔女たちのティー・パーティ)という作品がある。どうやら私はそのパーティに招かれたようだ。そして、今度は私が宴を開く番だ。

「ようこそ、パーティへ!!」
(まつもとみちこ)

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