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植田実のエッセイ「美術展のおこぼれ」
第22回 「DOMA 秋岡芳夫展−モノへの思想と関係のデザイン」  2011年12月19日
「DOMA 秋岡芳夫展−モノへの思想と関係のデザイン」
会期:2011年10月29日(土)―12月25日(日)
会場:目黒区美術館

 会場の入口のところにおびただしい数の竹とんぼが森のような密度で羽を拡げている。秋岡芳夫が最晩年の20年近く、竹とんぼを飽かず作り続けていたという話は前に聞いていたが、実際に見るのは初めてである。その数にまず驚かされた。現在確認された数は約3000本という。そしてその形態の多様さと、幾種もの竹材に黒檀や鉛を貼ったり埋めたりしている美しさと精密さにはわが眼を疑うほどだった。秋岡が作っていたのは竹とんぼじゃない、飛行機だと思った瞬間、このひとにたいする先入観は一掃された。戦略的な展示導入部である。
 どのくらい前のことだったか、クラフトセンタージャパンの機関誌「手」の編集委員を何年間だか仰せ付かっていたことがある。クラフトは私にはまるで縁遠い分野なので最初は固辞したのだが「白紙のひとだからこそ参加してほしい」などと言われて編集会議に顔を出すはめになったその席で、しばしば名前の出る秋岡はクラフト一筋の巨人として多くの人たちの敬愛を集めているように思えたのだったが、そんな生易しいひとではなかった。
 今回の展覧会は、おびただしい作品や資料を正統的に構成し、その多角的な活動のなかから秋岡芳夫という人間が否応なく現れてくる、じつによく準備された展示だと思うし、それだけに彼を直接知る人たちにとってはこれでもその全体像の一端にすぎないと感じているにちがいない、そんなことさえ印象づけられるようなスケール感である。そして私にとっては思いがけないことがまだいくらでもあったのだった。
 竹とんぼ群のほかに、やはり晩年に自ら作ったいくつもの《樹の器》や身辺の道具類を導入部として、2階会場に行くと、その多角的な活動の証しが次々と展開される。そのうちから自分にとくに関心のあったものを任意に拾うと、
1.まず終戦直後に、アメリカ占領軍家族の住宅「デペンデントハウス」の家具デザインに関わっている。
2.同じ時期、傾倒していた画家、初山滋に師事してたくさんの童画を描いている。うまい!
3.1950年代には版画家、関野準一郎の下で銅版画に手を染めている。とても魅力的な作品だ。そこには駒井哲郎加納光於、野中ユリもいた。
4.同じ50年代に工業デザイングループKAKを設立し、クライスラーのラジオキャビネット、セコニックのカラーメーター、ミノルタのカメラ、三菱鉛筆「ユニ」を手がけ、60年代に入れば丸正のオートバイにまで関わり、さらには学研の教材シリーズのデザイン。このどれもが創意に富み完成度が高い。メカニズムに強く、レタリングまで決め、これらの製品はすべて自分たちでプロ並みの写真に記録している。何事にも完全主義なのだ。
 70年代からクラフトの世界での活動が著しくなってくるといえるのだろう。それが生産地、つくり手、流通といった根本的なものにいかに深く関わる活動であったかは全方位的に編集された図録を見てもらうのがいちばんだが、この企画展が見せているのは秋岡の多彩な才能ではなく、戦後直後から日本のデザインが育ってきたトータリティの自然な流れであり、それに関わって理想をきわめる努力がデザインが本来的に果たす意味を説明しつくしているという事実である。それは彼の構想があまりにも予言的といえるほどに2011年現在における諸問題に対応していることを知るだけでも十分である。そして計画生産というジャンルにおけるデザインの試行錯誤がどれほど日本人の生活を浮き彫りにするものか、例えば建築の同じ時代の記録展を想定比較してみればその違いがよく分かるにちがいない。「モノへの思想と関係のデザイン」という展覧会の一見生硬なサブタイトルはそのことを思慮深く物語っているし、最後の部屋に飾られた「見る」年表は企画側の意図を見事に整理してまとめている。
 つねに姿勢の明快な目黒区美術館の、これ自体が作品といっていいほどの集大成にもなっている。今回の学芸主査・降旗千賀子は、80年代中頃(当美術館開館以前)に秋岡の活動拠点を訪ねたときから壁に掛けられていた秋岡の童画(今回展示されている)に目を奪われ、秋岡とともに近くの公園で竹とんぼを飛ばした。それ以来の思いの実現である。さきに集大成と言ったが、秋岡芳夫の遺したもの大きさを考えれば、むしろ始まりの端緒である。帰りがけにまた竹とんぼのところに寄って見飽くことがなかった。
(2011.12.14 うえだ まこと)

植田実 Makoto UYEDA
1935年東京生まれ。早稲田大学第一文学部フランス文学専攻卒業。『建築』編集スタッフ、その後、月刊『都市住宅』編集長、『GA HOUSES』編集長などを経て、現在フリーの編集者。住まいの図書館編集長、東京藝術大学美術学科建築科講師。著書に『ジャパン・ハウスー打放しコンクリート住宅の現在』(写真・下村純一、グラフィック社1988)、『真夜中の家ー絵本空間論』(住まいの図書館出版局1989)、『住宅という場所で』(共著、TOTO出版2000)、『アパートメントー世界の夢の集合住宅』(写真・平地勲、平凡社コロナ・ブックス2003)、『集合住宅物語』(写真・鬼海弘雄、みすず書房2004)、『植田実の編集現場ー建築を伝えるということ』(共著、ラトルズ2005)、『建築家 五十嵐正ー帯広で五百の建築をつくった』(写真・藤塚光政、西田書店2007)、『都市住宅クロニクル』全2巻(みすず書房2007)ほか。1971年度ADC(東京アートディレクターズクラブ)賞受賞、2003年度日本建築学会文化賞受賞。磯崎新画文集『百二十の見えない都市』(ときの忘れもの1998〜)に企画編集として参加。

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