”内部風景シリーズ”について

磯崎新


 さまざまな条件のもとで、建築の内部空間をデザインすることがある。そんなとき、ふっと、実は一種類の型の見かけを変えているだけではないか、と考えこんでしまうことがある。その空間の型とは、すぐれて今日的な条件だが、カルテジアン座標に似て、直交する面だけで構成されるものだ。
 そんな空間に私たちは個別性を超えて押し込められている。そして、ちがった場所、ちがった個性がながめていた風景と思っていたものも、実はもうひとつ背後に、動かし難い、同質の空間が透けてみえる。
 ウィトゲンシュタインは、彼の姉ストンボロウ夫人のために、厳密な比例関係だけで成立する内部空間を構成した。(I
 アルトーは、極く普通の構法によってつくられた精神病院の廊下を幾度も歩いた。(II
 私は、直交する面の表相をすべて等しい正方形だけで割りつけた。(
 その内部風景は、彼らが異った条件のもとで凝視したはずのものだが、結局は完璧な同一性をもつといってもいいのではないか。
 つまり、内部風景シリーズは、同一性の証明としてつくられたものである。建築家として、自らに問いたかったことは、このような同一性の罠にかけられたなかから、いったいどんな出口があるのか、ということである。この空間の所属するひとつの時代が変化する予兆があるとすれば、いったい何か。この同一性の証明を破る事態が起るとすれば、どこで、いつだろう。こんなとめどもない自問の連鎮にとらわれていることの証明でもある。
いそざき あらた
*『版画センターニュース PRINT COMMUNICATION No.50』1979年9月号所収

1979年8月1日磯崎内部風景エディション目録
内部風景Ⅰ ストンボロウ邸ールートウィッヒ・ウィトゲンシュタイン
1979年 アルフォト 80×60cm Ed.8
現代版画センターエディションNo.287

内部風景Ⅱ カトルマル精神病院ーアントナン・アルトー
1979年 アルフォト 80×60cm Ed.8
現代版画センターエディションNo.288

内部風景Ⅲ 増幅性の空間ーアラタ・イソザキ
1979年 アルフォト 80×60cm Ed.8
現代版画センターエディションNo.289
1979年9月版画センターニュース9月号磯崎
『版画センターニュース PRINT COMMUNICATION No.50』1979年9月号2頁所収

磯崎新「内部風景」シリーズ発表
*東京国際版画ビエンナーレに出品、佳作賞を受賞

池田満寿夫はじめ多くの版画家がデビューした「東京国際版画ビエンナーレ」は1957年に久保貞次郎先生たちの尽力で第一回展が開催されました。以後、60~70年代の版画の時代を象徴する国際展でした。
現代版画センターが創立されたのは1974年ですので、「東京国際版画ビエンナーレ」の時代とリンクします。
同展が最終回を迎えたのが1979年でした。
最後の第11回東京国際版画ビエンナーレは、おそらく事務局側が「これが最後だから」と思ったのでしょうか、かなり尖がった人選をし、内外から先鋭的な作家を多数招きました。
国内から選ばれたのは榎倉康二萩原朔美磯崎新加納光於、河口龍夫、岡崎和郎、李禹煥島州一辰野登恵子、山中信夫、山本圭吾、倉俣史朗たちでした。
1979年という時代を考えると、凄い人選です。

このとき、私たちは磯崎先生の版元でしたから、すぐに磯崎アトリエに呼ばれました。
「東京国際版画ビエンナーレが出品しろと言ってきたが、オレは紙の版画(つまり普通の版画)なんか出すつもりはない。地下鉄の看板に使われているアルミの板にプリントする<アルフォト>という技法でやりたい」とおっしゃったのでした。
淡島通りから少し入ったところにあった町工場で、内部風景3連作がプリントされました。