060827軽井沢I邸クラヴィコード
 どうやら歴史的瞬間に立ち会ったらしい。
霧のまく旧軽井沢の鬱蒼とした森の中。
K氏の別荘に招かれ、フランスから来日した大井浩明さんが古楽器クラヴィコードで演奏するバッハの平均律第二巻全曲(二通りで全48曲)を聴いた。休憩を入れて約二時間半、長丁場である。
招かれた聴衆は30数名。
チェンバロは聴いたことがあるが、クラヴィコードは初めて。
こんなにも小さな音だとは知らなかった。
30数名が息もできないほどの緊張感で耳を澄ましても最初は音が拾えない。
ささやかな、本当にささやかな音が、背後の雨の音にかき消されそうになる。
必死になって音を追う、だんだんと小さな音が聴こえてくる。
不思議だ。
人間の耳は、他の雑音と選別して聴きたい音だけを拾ってくれるらしい。
やがて時間がたつにつれ小さな音になれ、雨の音さえもが心地よく、まるでクラヴィコードと共演しているようだ。
演奏後の調律師の方の説明だと(素人の私にはちんぷんかんぷんでしたが)、今回の譜面はまだ公開されていないイギリスの何とかという人の校訂のもので、文字通り世界初演。調律の仕方も大井さんの希望でこれまた特殊なものだったらしい。
京都大学出身の大井さん、初めてお目にかかったが、いるんですねえ凄い天才が。
いわゆる音楽家とは全く違った風貌、雰囲気、おしゃべり。 すっかりファンになってしまった。

 今年の夏休みはいろいろあり、きちんと休めなかった。

 昨今の業界事情は私たち老兵には理解できないスピードで変化しているらしく、先日も数少ない画商の友人Z氏が、カイカイキキだの、タカノ綾だの、ミスターだの、パンツ男(?)だの今の売れ線をレクチャーしていってくれたのだが、まったく私は反応できなかった。
「それじゃあ、俺達は骨董やか」とふざけて言ったら、Z氏に「その通り、50年以上たったのが古物なので、君のやっている瑛九だの、駒井などはまさに現代美術骨董だ」といわれぎゃふんとなった。ときの忘れものもほんとに忘れられそうだ。

 こういうときには温泉につかるのが一番。
露天風呂愛好会の久しぶりの温泉行とあいなりました。
石田会長夫妻と、私たち夫婦、それにスタッフの尾立の5人で、軽井沢に向かう。
M先生の別荘でお茶をいただき、その後幸運にも現代住宅史上、屈指の名作T邸を見せていただく。まるで神聖空間だ。
その夜のバッハの演奏会は上述の通り。
そして終演後、小瀬温泉へ。
川のせせらぎが聞こえるかけ流し、ここは熱くないので私の昔からのお気に入りだ。

 翌日、セゾン現代美術館と、ル・ヴァン美術館へ。
マン・レイ、クレー、シュビッタース、カンディンスキー、ウォーホル、リキテンシュタイン、ティンゲリー、そしていまや骨董に近づいた菅井汲・・・ やっぱりいいねえ古典は。
セゾンの美しい森の散策はいつ来ても心が安らぐ。若林奮先生の橋を渡り、イサム・ノグチらの彫刻をめぐる。
昼食は、ル・ヴァン美術館でカレーとビール、なかなかおいしい。
古典に触れ、古典にいやされた二日間でした。
セゾン美菅井汲
セゾン美若林