今日のお出かけは遠出。11時前に待ち合わせた刷り師の石田了一さんとあん子さんご夫妻の車に便乗させてもらい、軽井沢へ出発。あるスピードを越えると、車から鈴音が鳴る。高速に乗ってからは鈴音が鳴り止むことはなかったが、この音も耳に入ってこないくらい眠くなったので少し寝た。旧軽井沢で綿貫さんと令子さんと合流し、栗で有名な「竹風堂」で遅い昼食。ここの栗ごはんは甘くてもっちりしていて、まさしく一度食べたら忘れられない味。頭まで食べられるという鮎がお皿に載っていたけれど、恐い顔をしていたので残してしまった。

軽井沢石田・尾立
 軽井沢に来た目的は、彫刻家の宮脇愛子さんにお会いするため。私は、愛子さんとはいつもすれ違いだったので、今日初めてお会いすることになる。テラスに招かれ、紅茶とケーキとロシア人からもらったというヨーグルトを戴いた。みんなの言うとおり、キリッとしていて本当に素敵な方だった。気圧された私は俄然無口になり、自分の作法や行儀がひどく気になった。

ゲストルームを見学させてもらった。他の部屋とは温度の違うワインクーラーやサウナまであった。興奮冷めやらぬ状態でテラスへ戻り、今度は愛子さんのアトリエに案内してもらった。和紙に墨で描いたという制作中の作品が壁に掛けられていた。とてもシャープな弧を描いており、金属ワイヤの作品に通ずるものだった。

 綿貫さんがお世話になったT氏は数年前にお亡くなりになったが、奥様にご挨拶に伺った。明かりが点いていないようだったがチャイムを鳴らしてみると、「はーい」という微かな声に期待した。奥様が出てきて、玄関先で少し立ち話をし、帰ろうとしたその足を呼び止められた。「よかったら、家の中を見ていかれますか?」・・・思いがけないラッキーな展開となった。

 磯崎新先生が友人であったT氏のために設計をした幻の住宅。
スタジオジブリに出てきそうなお家だった。玄関に入り、廊下を5、6歩進むと、右手に「コンコルド」とT氏が呼んでいたというフロアで道が四方に分かれる。亡くなったT氏の書斎へ繋がる廊下、居間へ繋がる下る階段、奥様の書斎へ繋がる上がる階段、寝室へと繋がる廊下。コンコルドに立って、それぞれ別の方向に進もうとした私たちに、最初は居間を案内してもらった。T氏の写真の前に、ずっと身に付けていたという腕時計が置かれてあった。この腕時計は、 1時と2時の間にヒビが入っているものの、「今でもちゃんと動いているんです。」と嬉しそうに語る奥様。
居間からコンコルドに戻り、次は左の廊下を進み小階段を上るとT氏の書斎がある。本棚には、文学者たちの全集が並んでいる。机の上に布が掛けられ、その上には2片の羽根が置いてあった。ここにも、奥様の思いを感じた。コンコルドへ戻り、今度は5段くらいの小階段を上って奥様の書斎へ。そしてまたコンコルドへ戻り、今度はコンコルドに一番近い扉、寝室に案内された。この、どこに行くにもスタート地点となる「コンコルド」は、ちょっとお茶をする場所でもミシンを置いて裁縫をする場所でもない。ただ部屋と部屋を繋ぐほんの少しのスペースであるのに、この住居の心臓であると確信した。
台所から水回り、物置も全て見せてもらった。どの部屋に居ても思うこと、それは雨上がりのグレーな空も葉から零れる滴も、この家にとてもお似合いだということ。そしてもうひとつ、それは広すぎず狭すぎず、人間の寸法に対して丁度の大きさだということ。空間は、ある程度あれば、それ以上は必要ないのかもしれないな・・・。
磯崎先生の設計したこんなにも素晴らしいと思える住宅を見ることができたということは、私の財産です。素敵な住宅建築はいっぱいあるけれど、今後それらとT邸を比べて見るつもりはない。私の記憶の中だけに留めておきたいと思った住宅。

 なんだか体中が満たされ、その後万平ホテルのレストランに入った。さっきもケーキを食べたはずなのに、すっかり忘れた振りをしてまたケーキをペロッと食べたあん子さんと私。この後、綿貫さんと令子さんとあん子さんは演奏会に出席し、私と石田さんは東京に戻った。
                    (おだちれいこ)

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