柳沢紀子展・表柳沢紀子展・裏
酒田市立美術館で「柳澤紀子 永遠の瞬間 越境する身体」展が5月11日~6月8日まで開催されています(会期中無休)。

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 柳澤紀子さんが、このたび酒田市美術館で作品を発表してくださることになりました。柳澤さんは、東京のみならず、ポーランド、ポルトガル、アメリカ、イタリア、イスラエル、ルーマニアなど世界各国の美術館、ギャラリーで個展を開き、国内外でさまざまな賞をうけておられます。アーティストとして世界的に、広く活躍され、酒田市美術館では大作の近作を中心に発表されます。
 主題とされるのは、版画家としてのスタートが、そうであったように、機械、とりわけ先端の電子文明の中で失われようとする原人間の心の在りようを模索、探求されています。西欧人の原点となっているギリシャ神話とその人間像を解体し、ときに超現実的な手法を駆使し、その根源に迫ろうとします。その知的に洗練された感覚は視覚言語として、人々の心の奥深くに受け入れられています。
 極東の四つの島に住む私たちは、中国の黄河、長江文明を地政学的に受け入れてきました。当然のことながら宿命的に、その差異があります。しかしながらホモサピエンスとして共通した位相にあります。西欧の人々は「柳澤はきわめて東洋的」と評しますが、作品に高い称賛を与えています。洋の東西を超えた原人間の在りようを学びとろうと考えます。鑑賞者各位に私どもの意図するところを汲み取って頂ければ幸いです。(同館ホームページより)
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柳澤紀子(やなぎさわのりこ) 1940年静岡県生まれ。1965年東京芸術大学大学院修了。駒井哲郎に学ぶ。この時期は駒井教室の黄金期で、中林忠良、野田哲也、原健など日本の現代版画を主導する多くの逸材を生んだ。1964年日本版画協会展協会賞。1971年より4年間ニューヨーク・プリントメーキング・ワークショップにて制作。1983年2人展(池田20世紀美術館)。1984年詩画集「海へ」詩:岡田隆彦(版画センター)。2001年第10回山口源大賞を受賞。掛川市を拠点に制作、ミクストメディア、パブリックアートも手がける。ワールドバンク・アートソサエティ(ワシントン)、ブルガリア・ナショナルギャラリー、イスラエル・ティコティン美術館、ルーマニア国立美術館、サンパウロ州立博物館、掛川市二の丸美術館、ヒルサイド・フォーラムなど世界各地で個展を開催している。現在、武蔵野美術大学油画学科教授。

◆池原義郎設計の酒田市美術館に私はまだ行っていないのでぜひ会期中に訪ねたいと思っているのですが・・・
山形県の酒田は、20年前までは頻繁に訪れた街でした。
60~70年代の現代版画の興隆を支えた全国でも屈指の版画コレクターの多い街だったからです。
その拠点のひとつが、戦後間もない昭和22年に開館した本間美術館でした。
本間様には及びもせぬが、せめてなりたやお殿様」とうたわれた日本最大の地主だった本間家は戦後の農地解放で解体されましたが、本間家に伝わる文化財を美術館をつくることによって散逸を防いだのでした。
伊勢物語などの古美術、有名な雛人形から、瑛九のリトグラフのほぼ全点まで、幅広い収蔵品をを誇っています。私たちが編集した『瑛九作品集』(日本経済新聞社刊)にも本間美術館収蔵の瑛九作品が収録されています。
庄内地方の歴史と伝統をもった街に、現代版画のコレクターが輩出した。
1976年10月29日の酒田大火は街の中心部を焼き尽くしましたが、その復興にあたって記念のモニュメントがつくられ、私もちょっとお手伝いし関根伸夫先生に彫刻を制作してもらった。それを推進したのは、地元の百貨店の専務だったHさんという方でしたが、この方、社業の傍ら高校の美術の講師を努めるという花も実もあるすばらしい方でした。
こういう方がいるから、瑛九靉嘔関根伸夫たちがコレクションされていったのですね。

話が横道にそれましたが、柳澤紀子先生には、1984年に岡田隆彦先生との詩画集『海へ』をエディションさせていただきました。
柳澤「海へ」表紙柳澤「海へ」銅版

柳澤「海へ」奥付柳澤「海へ」サイン
柳澤紀子・画
岡田隆彦・詩
海へ
1984年
発行=現代版画センター
銅版+手彩色
35×29cm
Ed.70
版画8点にそれぞれ柳澤紀子鉛筆サインあり
見返しに岡田隆彦サインあり
岡田隆彦の詩8篇と柳澤紀子の作品8点(版画+手彩色)を所収した詩画集。
不定形の銅版とそれに差された手彩色が効果的で、たいへん美しい詩画集になっています。
   
◆ときの忘れものでは、5月31日まで「細江英公写真展 ガウディへの讃歌」を開催中です。どうぞお出かけください。

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