原茂さんによる五味彬追跡レポート第二弾をお届けします。
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夏休みを利用して東京メトロ半蔵門駅すぐの「日本カメラ博物館」まで行ってきました。ライブラリーで「五味彬の写真史におけるポジション」を調べようとの魂胆です(夏休みの宿題!?)。現在はHP上でも検索ができるようになっているので、とりあえず家から検索をかけると、 図書1件、逐次刊行物1件がヒット! 図書はかの都写美のカタログ、逐次刊行物は「アサヒカメラ」でした。さらに「各号一覧」に進むと、
★1. アサヒカメラ
1994年11月号 縮小ムードの中で本格派が人気 デジタルフォトは高画質で実用化へ
★2. アサヒカメラ
1994年5月号 フィルム・プリントの新時代!?
★3. アサヒカメラ
1993年2月増大号 新時代の中判レンズ
★4. アサヒカメラ
1992年3月号 中・大判高級機のテクニック
★5. アサヒカメラ
1991年7月増大号 いま AEシステムを考える
と出ます。さすがは「カメラ雑誌」(!)。「写真」ではなく「カメラ」が主人公なのは仕方がないとあきらめて、さらに「各号データ詳細」に進むと
1994年11月号が「ブックインタビュー 五味彬さん」
1994年5月号が「表題1 プライバシー・ドキュメント」「執筆者名1 五味 彬」
1993年2月増大号が「表題1 YELLOWS THE REVENGE」「表題2 風景とランドスケープ」「執筆者名1 五味 彬」「件名 グラビア」
1992年3月号が「表題1 NISHINA」「執筆者名1 五味 彬」「件名 グラビア」
1991年7月増大号が「表題1 YELLOWS」「執筆者名1 五味 彬」「件名 グラビア」
ということでした。「YELLOWS」は「アサヒカメラ」のグラビアに載っていた! というわけで、のこのこと千代田区一番町25番地まで出かけていったというわけです。
出してもらった「アサヒカメラ」1991年7月号はなんと表紙が「YELLOWS」。そして17頁から22頁までが五味先生のグラビア。着衣、上半身脱衣、膝上正面ヌード、目を開けたバストショットのヌード、目を閉じたバストショットのヌード、全身正面のヌードの6点。データとして「モデル 工藤弓子、ヘアメーク 加茂克也(Mod's Hair)、ジナーS・コマーシャルエクター8インチ・ポラロイドTYPE55」。こういう時だけは「カメラ雑誌」であることに感謝。さらに138頁の「撮影ノート」には次のようにあります(<>内引用)。
<ファッション写真家として活躍する五味彬さん(37)は、日本人の若い女性のヌードを撮り続けている。背景を極端に整理し、ほとんど同じポーズでという、きわめて、”禁欲的”な写真である。
「デザイナーや編集者と話していて、いままでの日本にないスタイルのヌード写真を撮ってみようということになり、このシリーズを始めたんです」
五味さんによると、これまでの女性ヌードは、女性の体の造形美を追求するものと、エロチックな幻想をいだかせるもののふたつがあった。そこで、「主観の入らない、客観的で記録的なヌードをめざした」そうだ。
ドイツのベッヒャー夫妻が撮り続けている給水塔のシリーズのように、主観をすてて記録することでなにかが見えてくる方法に、どこか通じている。目標は100人の女性をこの方法で撮ること。そのときは、どんな体が見えてくるのだろうか。>
日本を代表するカメラ雑誌である「アサヒカメラ」によれば、五味彬は日本のベッヒャー夫妻だそうです。ちなみに、写真の売買について日本語のものとしては最も役に立つHPの一つ「アート・フォト・サイト」の「 アーティスト(フォトグラファー)ガイド」によれば、「ベッヒャー夫妻」は次のように説明されています。
<冷徹に撮影者の主観をなくした客観的な表現方法はミニマリズムの範疇で語られることも多く、特に1980年代以降に現代アートとして高い評価を受け、活躍の場を欧州、米国へと拡大しています。1990年ヴェネツィア・ビエンナーレのドイツ代表として金獅子賞を受賞、2004年にはハッセルブラッド国際写真賞を受賞しています。いまや現代アートオークションで作品が高額落札されることが多い世界的人気アーティストです。>
原茂
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アウグスト・ザンダーやベッヒャー夫妻など、五味先生の比較対象となる作家が、みな錚々たる方々であることを考えれば、五味先生のやろうとしていたことの独創性がいかに評価されているか知ることが出来ます。
原さんありがとうございます。
こちらの作品は、昨日ご紹介しました五味先生が最も気に入って撮影したモデルの一人、仙葉由季の写真集『SEnBa』のために撮影されたものです。掲載はされませんでしたが、ファッション写真を撮ってきた五味先生の腕が冴えた作品になっています。
五味彬 Akira GOMI
「SEnBa 01 仙葉由季」
1991 Polaroid Color
24.1x19.0cm
サインあり
こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
◆ときの忘れものは夏休み無しで、8月4日[火]―8月22日[土]「五味彬写真展」を開催しています。
今回は、ヘアヌード解禁前夜の1989~1991年に撮影された「Yellows」のプロトタイプと言える作品のヴィンテージプリントを中心に約30点を展示します。1991年イタリアの写真家トニ・メネグッツォと共作した写真集『nude of J』のために撮影されたカラーのポラロイド作品、同年『月刊PLAYBOY』6月号に掲載されたポスターカラーで修正が施されたカラープリント、仙葉由季の写真集『SEnBa』のために撮影されたポラロイドなどのヴィンテージのほか、『BRUTUS』に掲載された「ジャパニーズ・ビューティ」および『nude of J』より村上麗奈、小森愛のニュープリントなどをご覧いただきます。
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夏休みを利用して東京メトロ半蔵門駅すぐの「日本カメラ博物館」まで行ってきました。ライブラリーで「五味彬の写真史におけるポジション」を調べようとの魂胆です(夏休みの宿題!?)。現在はHP上でも検索ができるようになっているので、とりあえず家から検索をかけると、 図書1件、逐次刊行物1件がヒット! 図書はかの都写美のカタログ、逐次刊行物は「アサヒカメラ」でした。さらに「各号一覧」に進むと、
★1. アサヒカメラ
1994年11月号 縮小ムードの中で本格派が人気 デジタルフォトは高画質で実用化へ
★2. アサヒカメラ
1994年5月号 フィルム・プリントの新時代!?
★3. アサヒカメラ
1993年2月増大号 新時代の中判レンズ
★4. アサヒカメラ
1992年3月号 中・大判高級機のテクニック
★5. アサヒカメラ
1991年7月増大号 いま AEシステムを考える
と出ます。さすがは「カメラ雑誌」(!)。「写真」ではなく「カメラ」が主人公なのは仕方がないとあきらめて、さらに「各号データ詳細」に進むと
1994年11月号が「ブックインタビュー 五味彬さん」
1994年5月号が「表題1 プライバシー・ドキュメント」「執筆者名1 五味 彬」
1993年2月増大号が「表題1 YELLOWS THE REVENGE」「表題2 風景とランドスケープ」「執筆者名1 五味 彬」「件名 グラビア」
1992年3月号が「表題1 NISHINA」「執筆者名1 五味 彬」「件名 グラビア」
1991年7月増大号が「表題1 YELLOWS」「執筆者名1 五味 彬」「件名 グラビア」
ということでした。「YELLOWS」は「アサヒカメラ」のグラビアに載っていた! というわけで、のこのこと千代田区一番町25番地まで出かけていったというわけです。
出してもらった「アサヒカメラ」1991年7月号はなんと表紙が「YELLOWS」。そして17頁から22頁までが五味先生のグラビア。着衣、上半身脱衣、膝上正面ヌード、目を開けたバストショットのヌード、目を閉じたバストショットのヌード、全身正面のヌードの6点。データとして「モデル 工藤弓子、ヘアメーク 加茂克也(Mod's Hair)、ジナーS・コマーシャルエクター8インチ・ポラロイドTYPE55」。こういう時だけは「カメラ雑誌」であることに感謝。さらに138頁の「撮影ノート」には次のようにあります(<>内引用)。
<ファッション写真家として活躍する五味彬さん(37)は、日本人の若い女性のヌードを撮り続けている。背景を極端に整理し、ほとんど同じポーズでという、きわめて、”禁欲的”な写真である。
「デザイナーや編集者と話していて、いままでの日本にないスタイルのヌード写真を撮ってみようということになり、このシリーズを始めたんです」
五味さんによると、これまでの女性ヌードは、女性の体の造形美を追求するものと、エロチックな幻想をいだかせるもののふたつがあった。そこで、「主観の入らない、客観的で記録的なヌードをめざした」そうだ。
ドイツのベッヒャー夫妻が撮り続けている給水塔のシリーズのように、主観をすてて記録することでなにかが見えてくる方法に、どこか通じている。目標は100人の女性をこの方法で撮ること。そのときは、どんな体が見えてくるのだろうか。>
日本を代表するカメラ雑誌である「アサヒカメラ」によれば、五味彬は日本のベッヒャー夫妻だそうです。ちなみに、写真の売買について日本語のものとしては最も役に立つHPの一つ「アート・フォト・サイト」の「 アーティスト(フォトグラファー)ガイド」によれば、「ベッヒャー夫妻」は次のように説明されています。
<冷徹に撮影者の主観をなくした客観的な表現方法はミニマリズムの範疇で語られることも多く、特に1980年代以降に現代アートとして高い評価を受け、活躍の場を欧州、米国へと拡大しています。1990年ヴェネツィア・ビエンナーレのドイツ代表として金獅子賞を受賞、2004年にはハッセルブラッド国際写真賞を受賞しています。いまや現代アートオークションで作品が高額落札されることが多い世界的人気アーティストです。>
原茂
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アウグスト・ザンダーやベッヒャー夫妻など、五味先生の比較対象となる作家が、みな錚々たる方々であることを考えれば、五味先生のやろうとしていたことの独創性がいかに評価されているか知ることが出来ます。
原さんありがとうございます。
こちらの作品は、昨日ご紹介しました五味先生が最も気に入って撮影したモデルの一人、仙葉由季の写真集『SEnBa』のために撮影されたものです。掲載はされませんでしたが、ファッション写真を撮ってきた五味先生の腕が冴えた作品になっています。
五味彬 Akira GOMI「SEnBa 01 仙葉由季」
1991 Polaroid Color
24.1x19.0cm
サインあり
こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
◆ときの忘れものは夏休み無しで、8月4日[火]―8月22日[土]「五味彬写真展」を開催しています。
今回は、ヘアヌード解禁前夜の1989~1991年に撮影された「Yellows」のプロトタイプと言える作品のヴィンテージプリントを中心に約30点を展示します。1991年イタリアの写真家トニ・メネグッツォと共作した写真集『nude of J』のために撮影されたカラーのポラロイド作品、同年『月刊PLAYBOY』6月号に掲載されたポスターカラーで修正が施されたカラープリント、仙葉由季の写真集『SEnBa』のために撮影されたポラロイドなどのヴィンテージのほか、『BRUTUS』に掲載された「ジャパニーズ・ビューティ」および『nude of J』より村上麗奈、小森愛のニュープリントなどをご覧いただきます。
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