群馬県立近代美術館での白井晟一展(1)   植田実

 「建築家 白井晟一 精神と空間」展が、高崎市の群馬県立近代美術館で9月11日から開催されている(11月3日まで)。その前日のオープン・レセプションに行ってきた。同じ建築家の回顧展はこの7月にも「SIRAI, いま 白井晟一の造形」展が八王子市の東京造形大学付属横山記念マンズー美術館で催された。こちらは訪ねる機会を逃したが、案内状によると、建築、建築計画案のほかにスケッチ、書、装丁の仕事が展示されたようである。高崎展がそれとどう重なりどう違うか分からないが、主要な建築作品の数多くの写真や図面、また新たに製作されたいくつかの模型が一堂に会して、これまでに見知っていた建築誌の特集や作品集とはまた異なる白井晟一の世界に入りこむことができる。ほぼ50年前、私が編集スタッフとして参加していた建築誌で白井晟一特集をやったとき(『建築』1961年12月号)、白井研究所から借りてきた東北労働会館や原爆堂計画の透視図(複写ではなく原図)の精緻さに驚嘆したのだったが、それらも当時の状態を保って展示されている。当時のまま、というよりさらに確固として動じない白井の作品空間のように思われた。
 出口のところでこの公式カタログをもらい、家に帰るなり、まず磯崎新の「フラッシュバックする白井晟一」を読んで、またまた驚いてしまった。タイトルどおり白井を巡る記憶を15ほどの断章で綴ったものだが、そこにはじつに生まなましい白井晟一がいる。白井の現在がある。いや白井の全体像が見えてくる。さらにいえば、この文章で今回の展示に方向づけられた全体がやっと読み取れるように思えたのである。
 展示構成は城塞のようである。中心を囲う壁のなかに原爆堂計画の図面と模型がある。壁の上部は半透明の紗のようなスクリーンが天井まで伸びて軽やかだが、そこに守られているのが原爆堂ひとつに限られているためか、とても堅固に感じられる。この中心部の周りにほかの代表作品のパネルが並べられているわけで、ところどころに白井の文章も掲げられている。その展示の仕方は建築家の回顧展としてはごく一般的といっていいのだが、よく知られている白井の文章はあらためて読み返すと異常に強い。建築写真や図面なども敵わないような力がある。さいごの展示室では装丁の仕事が紹介されており、ケースのなかに置かれたいくつかの本にさえも、見る者を不安に陥れるような徒ならぬ気分がみなぎっている。
 ようするに、実現されなかった原爆堂が、数多くの建築作品の虚の核のように位置づけされていること、そして白井の文章や装丁の仕事が建築家の余技などとは到底思えない作用をもたらしていることが、この回顧展の特性になっている。その印象はさいごの展示室を出て玄関ホールに向かう長い展示通路においてさらに錯綜する。
 そこは一方が外部に面した開口部であるのに対して長い壁面が続いているのだが、鉄石の城塞の外郭といった風情で白井の書がやや高い位置に整然と並べられている。これこそ余技ではない。しかし正統的な書につなげる手掛かりが見えにくい一方、自由闊達な現代の書ともいえない。この展示通路こそ白井晟一という建築家を知るうえでもっとも不可解な、しかし回顧展という機会を得てもっとも見応えのある接点をつくりだしているゾーンなのだ。
 磯崎の「フラッシュバック」は、その肝心な部分にもちゃんと触れていたのである。(つづく)

DSCF8400DSCF8413
展示会場入り口

DSCF8414DSCF8394
左)白井晟一愛用のテーブル
右)オープニング・レセプション


DSCF8396DSCF8398
左)挨拶する白井昱麿氏
右)右から植田実、写真家の村井修さん、同夫人、岡本太郎美術館館長の村田慶之輔さん

DSCF8404DSCF8412
原爆堂の模型、図面のコーナー


*画廊亭主敬白
昨夕は「マン・レイと宮脇愛子展」のレセプションにたくさんのお客様にご来廊いただきありがとうございました。なにせ狭いギャラリーですのでワインをお出しするのも一苦労の混雑で十分なおもてなしもできず、申し訳ありませんでした。
田舎モノの亭主の接待を案じた宮脇愛子先生はワインからパン、チーズ、ケーキまで全て自前で調達して持ち込んでくださる(いやタイヘンな荷物でした)という始末でした。
宮脇愛子先生の幅広い人脈、先駆的な創作活動への共感を反映して各界のスターたちにご来場いただきました。余りの多さに酸欠状態でしたが、忘れないうちにお名前を書き記しておきましょう。
槙文彦、谷口吉生、三宅一生、小池一子、石山修武、松本哲夫、妹島和世、玄・ベルトー進来、千葉成夫、野田哲也、植田実・・・・・
近々、スナップ写真でご紹介します。

ところで、9月10日に白井晟一展のオープニングに出席しました。
白井晟一展は東京の汐留ミュージアムに巡回するので(2011年1月8日-3月27日)わざわざ高崎くんだりまで行かなくてもよいのですが、亭主の故郷群馬のそれも磯崎新設計の県立美術館で開催されるとあっては、磯崎親衛隊として何はともあれ行かずばなるまいと、師匠植田実さんを強引に誘いオープニングにかけつけました。
東京にも巡回するし、あの酷暑の最中ということもあってか、レセプションには東京からの建築家はあまり来ていないようでした。
植田実さんには連載エッセイがしばらく休載だったこともあり、ぜひぜひとお願いして観覧記を執筆していただきました。
力作なので、今日から三回にわけて連続で掲載します。
なお、掲載写真は全て亭主のピンボケ写真です。写真家の植田さんの原稿にかえって邪魔になるし、ご本人撮影と勘違い(するはずはないと思いますが)されてはご迷惑なのでと迷ったのですが、まあ、参考になるかと敢えて掲載しました。お許しください。