細江英公展オープニングに出席して 原茂

 
 「細江英公写真展―写真絵巻とフレスコ画の時を越えた出会い~イタリア・ルッカ」のオープニングにお伺いしました。こんな時期にとも思いましたが、こんな時期にこそとの思いも一方にありました。阪神淡路大震災の際に神戸にいたこともあって(住まいが神戸の西区でしたので当時は救援の側に回ることがゆるされました)、必要以上の自粛と買い控えが結果的に復興のブレーキになってしまうことを経験させられていたからです。「ボランティアでもないのに」「悪いから」「申し訳ないから」「気の毒だから」と被災地から足が遠のいてしまいがちな私に、来てもらうこと、見てもらうこと、買ってもらうこともボランティアです、と被災したお店のスタッフが声を掛けてくれたことを思い起こします。

 もちろん、商売をしている人ばかりではないでしょうし、物見遊山で来てもらってはたまらないという声もあるでしょう。けれども、人と物とお金が動いて初めて復興ということになるわけですから、今回直接の被害を受けることがなかった者たちは、募金や節電という個人でできることを行いながら、しかし極力いつもと同じように(買いだめにも買い控えにも走らず)生活をしていくことが結果的には一番被災地のためになるように思うのです。そして交通の便が戻り、宿泊施設が再開し、土産物屋さんがお店を開けたら、みんなで大挙して「観光」に押しかけるのが、一番役に立つのではないでしょうか。東北の名建築と温泉と海産物を訪ねるツァーをぜひ計画していただきたいところです。
VillaBottini_09
Eikoh HOSOEVilla Bottini #9
2009(Printed in 2011)
Type-C print 55.6x43.3cm
Ed.6/10-Ed.10/10  Signed

 そんなことを思いながら「ときの忘れもの」の扉を開けると、そこはいつもと変わらない、いえいつも以上の熱気で溢れていました。それはなにより、そこに展開されている作品の力によるものでした。それは絢爛という言葉がぴったりでありつつ、同時に静謐でもあり、きらびやかでありつつ、しっとりと落ち着いて、いまがいつでここがどこなのかを忘れさせる不思議な力に充ちていました。なにより、一枚の写真の中で、16世紀のフレスコ画と21世紀の写真とががっぷり四つに組んで、そこに新しい世界を開いていることに驚きました。現代の写真が中世のフレスコ画に負けないことに感激し、細江さんの写真が500年後にもその輝きを失わないことを確信しました。そして、その競演が写真という形で残されていること、否、作品の中でにまさに競演していることに圧倒されました。21世紀の写真がたしかにここにあること、そしてそれがこれからも確かに残っていくであろうことに、「安堵」というあまり展覧会の感想にはそぐわない思いがわき上がってくることに不思議な思いをしていました。
VillaBottini_08
Eikoh HOSOE「Villa Bottini #8
2009(Printed in 2011)
Type-C print 43.3x55.6cm
Ed.6/10-Ed.10/10  Signed

 作品として発表するつもりなどなく、記録写真として撮ったというこの作品を「発見」して、作品として世に出して下さり、それをポートフォリオとして歴史に残そうという「英断」を下してくださった「ときの忘れもの」の慧眼と蛮勇とに、16世紀のフレスコ画作者と21世紀の観客と26世紀の美術愛好家を(勝手に!)代表して敬意と感謝とを表する次第です。そしてこの「美」という人が人であるために失うことのできないものを過去から未来へと手渡していくリレーに、コレクターとして参加して下さる方が加わって下さることを願ってやみません。

 初日にしてすでに売約済みの赤丸印が複数(!)付けられている作品もちらほら見かけました。英国王立写真協会創立百五十周年記念特別賞、ルーシー賞(アメリカ)受賞作家にして、2010年の文化功労者、そして「ルッカデジタルフォトフェスト2009」の招待作家の限定10部の大型(43.3x55.6cm)ヴィンテージプリントが10万円台などということは本来ありえないことなので当然といえば当然ですが、この目一杯敷居の低くなっている折、「ときの忘れもの」の勇気と細江先生の情熱とに賛意をあらわしてくださる方の「挙手」をお待ちする次第です。クレジット、分割も可能なはずです(多分)。

 帰りの足を配慮して、一次会のみの散会となりました、少し残念な気持ちはありましたが、不満な思いが少しもないのが不思議でした。「扉を押して入って来た時より、出ていく時の方が少しだけ幸福になっている」という言葉の意味が実感として理解できました。それがすぐれた作品の力だと思いますし、名ギャラリーと言われる画廊の力なのだと思いました。多くの方がこの空間に足を運んで下さり、「ときを忘れて」くださることを、そこで歴史を越えたいのちと力をもらって、この「ときを越えて」くださることを祈っています。(はら しげる)

細江英公展オープニング 2011年3月18日
オープニング02オープニング03
この日78歳を迎えた細江英公先生がオープニングを開催するに至った思いを語る。

オープニング04オープニング05
亭主からは、被災地の方からのオープニングへのメッセージが読み上げられました。

オープニング06オープニング01
細江写真の美を語り、お互いの一週間を語り合い、時間のたつのも忘れました。

オープニング07オープニング08
ツイッターやウエブで知り初めて来廊された方もいました。

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◆ときの忘れものは、2011年3月18日[金]―4月2日[土] 「細江英公写真展―写真絵巻とフレスコ画の時を越えた出会い~イタリア・ルッカ」を開催しています(会期中無休)。
細江英公展案内状600

昨年の文化功労者に選ばれた写真家・細江英公の新作による〈ヴィッラ・ボッティーニ〉12点連作は、イタリアのルッカにある16世紀の貴族の館を舞台に、ルネサンス期のフレスコ画と21世紀の細江作品との息詰まるような「対決と融合」の瞬間を捉えた作品です。
2009年11月の細江英公展の会場となったヴィッラ・ボッティーニは天井や壁面にフレスコ画が描かれた邸宅で、その絢爛たる空間に、総延長120mにわたり、細江先生と日本の職人チームが日本的伝統美の粋をこらした赤・青・緑の壁面をしつらえ、〈おとこと女〉〈薔薇刑〉〈鎌鼬〉〈ガウディの世界〉〈春本・浮世絵うつし〉他の代表作の絵巻、軸、屏風を展示しました。ヨーロッパの壮大な古典的建築空間と、和の色彩世界の対決と融合は、カラー作品でなくては表現できなかったでしょう。撮影は2009年ですが、発表するのは今回が初めてです(ヴィンテージ)。ホームページに掲載した12点の画像はいかにもけばけばしい感じですが、実物作品の瑞々しい、したたるような美しさには思わず溜め息が出ます。