美術展のおこぼれ32

「セザンヌ-パリとプロヴァンス」展
会期:2012年3月28日-6月11日
会場:国立新美術館

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 今、セザンヌということは、新しい解釈による構成展示なのか、これまでにない規模のものなのか、わからないままに、とにかく印象派などという枠ではなく、彼個人の作品だけを辿れる企画展であることは間違いないだろうという期待で見に行った。
 おどろいた。というか考えこんでしまった。過去にこのように絵を見る体験はなかったと思うほどに。理由は簡単で、最初に「初期」の部屋があったからで、その数日後、綿貫不二夫にそのことを話したら、オルセーで彼の初期作品を集めた特別展(註)を見に行ったじゃないかと言われて思い出した。エッフェル塔100年記念展を日本で開催する準備のために2人でパリに何日か行ってたついでのことだ。セザンヌがセザンヌの絵を描きはじめるまでの「前期」があることは、それ以来概念として記憶のなかにあったのはたしかだが、今回展はその1850-60年代の20作品が集められた部屋の次から、時代的には踵を接しているものの、(だからこそいっそう)あまりにもそれまでとは違う70-90年代までの、よく知っている風景画がすぐ続いて並んでいる。これがひとりの画家に起こった絵を描くことの出来事なのだ。
 オルセーのあのセザンヌはおかしかったね、どれも黒々として、と綿貫は言うが、まったくそのとおりで、黒々とは色彩もそうだがセザンヌの内面的な光景の印象とも言える。それは神話的イメージとして表れていたりするのだが、だれが見たって不器用、不格好とさえ言えるような絵で、素人画家みたいなのだ。それもルソーの神的な輝きやボンボワの幸福感とは大きく隔たる、なにかどろっとした暗さ、つまり得体の知れない内面を感ぜずにはいられない。そんな画風のまま高さ3メートルもの縦長の《四季》シリーズを描き、その出来映えにけっこう満足していたという。
 それが突然タブラ・ラサの状態になったかのように、それこそ白い紙やキャンバスに少しずつ線描や色彩を載せ、ある場合には余白さえも加えて、一分の隙もない堅牢な外部(風景、静物、肖像)を構築していくことになる。一体どういうことなのか。それは「覚醒」とか「発見」とかの言葉では全然おっつかない。はかりしれない凄さというか偉大さが近代絵画史上ゆるぎない地位をこの画家に与え、いまでも、風景では傾いた家があったり前景と後景が変に入りまじっていたり、静物ではひとつひとつの果物や籠や壺が違う視点から描かれていたりという、この巨匠の謎めいた不安定や矛盾が実に見応えあり、またそれが後の立体派絵画に受け継がれていくといった整合的な説明がつき、つまりあくまで現在の時点から見えているセザンヌを私たちは知っている。そして日本の美術館で接することができるのは、このだれの眼にもあきらかなセザンヌがほとんどである。画集などで初期の作品を見たとしても概念的な理解にとどまっていたのではないか。今回展の迫力はまずそこにあると、この画家については通り一遍の理解しか持たない私はそう思った。
 ある意味では初期の作品こそおもしろい。セザンヌはあからさまに顕れていない。何かがその後の展開にも及んでいるのかもしれない。とくに肖像画や水浴図を見ると簡単に事はすまないような気がする。それでも突然、風景や静物という外部を徹底して見始めた瞬間、見たものを見える以上に構築する絵画をとらえ始めた瞬間は、絵画史上セザンヌただひとりに訪れたとさえ思ってしまう。
 彼自身の言葉、また彼についての論考の言葉はたいへんな数にのぼるのだろうが、その瞬間を語る言葉をまず知りたかった。セザンヌに関する本は読んだことがない(今回の図録も見ていない)。で、手近かの書店の美術コーナーで探したら1冊だけ、吉田秀和の『セザンヌ物語』(ちくま文庫2009)があった。こんな本が書かれていたことも知らなかった。100ページほどまで読み進んだ今朝、新聞で著者の訃報に接して愕然とした。つつしんで御冥福をお祈りします。
 今回はここで中断しておく。少し落ちついてから他の本も探したり改めて考えたりする時間がほしいのだが、展覧会の最終日が迫っているのでとりあえずの報告として。
(2012.5.28 うえだまこと

:オルセー美術館「セザンヌ:初期作品展1859-1872」、会期:1988年9月21日―1989年1月1日

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