たとえば、「一九六二年の秋のパリのある街角で過ごした夕暮れの何時間かが、おぼろげながら、一人の人間にある非常に強い影響を与えた」などと書いても、信じる人は少ないかもしれない。
 私は、世界じゅうのさまざまな場所で、とてもユニークな美術家、建築家、音楽家、小説家などに出会ってきました。
 今考えると、本当に偶然にも私にとって、幸福な出来事ばかりでした。
 その人々は、私の師であり、友人であり、魅力的な世界へと導かれ、アーティストとしての感性の交流、感化し合うものでありました。精神と思想の深く関わり合うものでした。
 純粋なこころの交流が、すばらしく透明な響きとして、過ぎて行きました。
 それは、私の中に生き続けています。
 ここに、その軌跡と息づかいを、表現できたらと思います。

 La Rencontre c'est merveilleuse Naum Gabo(出逢いとは素晴らしいもの ナウム・ガボ)
 ガボからパリのカフェで私がもらったメッセージです。

宮脇愛子

(『La Rencontre c´est merveilleuse 宮脇愛子、私が出逢った作家たち』序文より)

ナウム・ガボ(Naum Gabo, 1890~1977年)は、ロシア・アヴァンギャルドの美術家、彫刻家。
ロシア構成主義の命名者の1人とされることがあり構成主義への初期からの参加者でもある。
ロシアのBrianskで生まれ、ナウム・ペヴスナーと名づけられる。彫刻家アントワーヌ·ペヴスナーの弟。 1910年にミュンヘン大学に入学、医学、自然科学を学ぶ。ベルリンで美術史の講義を受け1912年にミュンヘンのエンジニアリングの学校に編入。カンディンスキーに会う。1913年から14年の間、その当時画家だった兄アントワーヌと共にパリで過ごしキュビスムの影響を受ける。
1914年第一次世界大戦が勃発、デンマークのコペンハーゲンに移り、1915年にはペヴスナーとともにノルウェーのオスロに移り、ナウム・ガボの名前で作品を作り始める。1917年の2月革命後、ペヴスナーとともにモスクワに戻り、タトリン、カンディンスキーやマレーヴィチらと交友。1920年ペヴスナーとともに「リアリズム宣言」を発表する。
1922年~32年、スターリンから逃れベルリンに住む。デ·ステイルグループとバウハウスの芸術家たちと接触する。1924年パリのギャラリー・ペルシエでペヴスナーと最初の個展を開催する。1926年ペヴスナーとディアギレフのバレエ「ラ シャット」のセットと衣裳をデザインする。
1932~1935年パリで、「アプストラクシオン・クレアシオン」のメンバーとなる、
1935-46年イギリスに渡る。JLマーティンとベン・ニコルソンと共同で『サークル』を編集。
1946年アメリカへ渡り、1948年には、ニューヨーク近代美術館において「ガボ・ペヴスナー展」を開催。1953年コネチカット州のミドルベリーへ移住。1952年に米国市民となる。1953-4年、ハーバード大学の建築研究科で教授となる。1950年からロッテルダムのBijenkorf Storeの彫刻を初めとする様々な大作の彫刻を制作する。
1977年コネチカット州州、ウォーターベリーで歿した。

●明日6月25日から二週間、銀座と青山の二会場で「宮脇愛子展」を同時開催します。
初日の25日(月)夕刻5時より、銀座のギャラリーせいほうでオープニングを開催します。
お誘いあわせの上、是非ご参加ください。
宮脇愛子展案内状

銀座・ギャラリーせいほうでは、宮脇愛子の1950代~70年代にかけて制作された彫刻(真鍮、ガラス、黒御影石)と平面作品の代表作を展示します。

青山・ときの忘れものでは、宮脇愛子の作品とともに、親交のあった作家たちの作品を展示します。

展覧会にあわせ、宮脇愛子オリジナルシルクスクリーンと宮脇愛子の最新作(台湾の彫刻作品)やこれまでの展覧会風景を収めたDVD付きカタログを限定200部で刊行しました。
La Rencontre, c´est merveilleuse 宮脇愛子、私が出逢った作家たち』を刊行
2012年6月25日発行:ときの忘れもの
限定200部 宮脇愛子オリジナルシルクスクリーンとDVD付
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本図録(限定200部刊行)には、宮脇愛子のオリジナル版画(シルクスクリーン、自筆サイン入り)を各1点挿入しました。
挿入作品は宮脇愛子が今までに制作してきた版画作品の中から、アトリエに保存されている28種類を使用しました。
各作品は少ないもので1部、多いもので32部あります。限定番号の記入されているものもあれば、EAまたはサインのみのものもあります。
各作品とは別に、図録奥付に1番~200番の限定番号を記載し、申込み先着順に頒布いたします。

■宮脇愛子 Aiko MIYAWAKI(1929-)
1929年東京都生まれ。1952年日本女子大学文学部史学科卒業。阿部展也、斎藤義重に師事。1957-66年欧米各地に滞在し、制作活動を行なう。真鍮、石、ガラスを用いた立体作品のほか油彩や墨絵を制作。代表的な彫刻作品《うつろひ》は、モンジュイック・オリンピック広場(バルセロナ)、ラ・デファンス(パリ)、奈義町現代美術館など世界各地にコレクションされている。1998年神奈川県立近代美術館で回顧展、国内外で個展多数開催。