鳥取絹子のエッセイ「百瀬恒彦の百夜一夜」 第5回
刺青・タトゥーの“悪戯彫り”
“和紙”へのプリントに道が見えてきた百瀬は、次の個展は全部和紙の作品で行こう! と決め、和紙に合いそうなテーマを考えはじめた。そのときすぐに頭に浮かんだのが刺青だ。「一つは怖いもの見たさというか、好奇心。この機会に陰と陽の“陰の文化”みたいなものを作品にしてもいいと思った」 とはいえ、どこをどうたどれば刺青の世界に行きつくのか、まったく当てはない。けれども、何かをやりたいときは、それを言葉にして、アンテナを張っておくものだ。このときは、私がたまたまある雑誌で取材した、浅草の紙問屋のご主人との雑談がアンテナに引っかかった。腕のいい彫り師をひとり知っているというのだ。それが上野の彫り師、二代目彫文さんだった。
さっそく彫文さんに電話をして、刺青の写真を撮りたい旨を丁寧に説明し、それから改めて挨拶に行ったとき、彫文さんが漏らした何気ないひと言に、百瀬のやる気はさらに固まった。「刺青を撮りたいって、カメラマンがいっぱいここに来るけど、どうもモノになった奴がいないんだな!……」。彫文さんにこちらの本気度を理解してもらうにはどうしたらいいのだろう? 刺青には、針を皮膚に刺して、一点一点色を入れていく昔ながらの和彫りと、機械で簡単に入れる“機械彫り”があり、彫文さんはもちろん“和彫り”。「針を入れるたびに皮膚が反発して、ぷちっ、ぷちって音がする、痛いよっ」 そんな話を聞きながら、百瀬の口から思わずついて出たのが「僕も入れよかな!」
「痛さも含めて、興味があった」とは百瀬だが、刺青を彫ってもらうために彫文さんのところへ二回、三回と通ううち、彫文さんも心を開いてくれたのだろう、自分が刺青を手がけた人のなかから写真を撮ってもいいという人を紹介してもらえるようになった。調理師さん、高校の英語教師をしていたアメリカ人女性、神戸のお針子さん……、そして極めつけは、彫文さんの練習台になっていたという奥さんまで。撮った写真はすべて和紙の作品にし、日本画の顔料で自分がイメージした刺青の色合いに着色することも試みた。
百瀬恒彦
「刺青」
c.1990-c.1994
和紙にプリント、手彩色
90.0x60.0cm
サイン入り
百瀬恒彦
「刺青」
c.1990-c.1994
和紙にプリント、手彩色
60.0x90.0cm
サイン入り
百瀬恒彦
「刺青」
c.1990-c.1994
和紙にプリント、手彩色
60.0x90.0cm
サイン入り
百瀬恒彦
「刺青」
c.1990-c.1994
和紙にプリント、手彩色
60.0x90.0cm
サイン入り
こうして二年ぐらいかけて、個展ができそうなほどの“まとまり”ができたとき、たまたまパリで画廊を経営している人と知り合い、話をしたらとんとん拍子。1994年11月、和紙にプリントした刺青の最初の写真展は、日本を越えてパリの『ギャラリー・クキ』で開かれ、このとき、詩人の谷川俊太郎さんに『刺青』という題の詩を書いてもらった。ちなみにこの詩は私がフランス語に訳させてもらったのだが、谷川さんの詩の韻の素晴らしさにうなった覚えがある。そして日本では、翌1995年6月、東京・銀座の『愛宕山画廊』で開かれ、これが作品にきちんと値段をつけて展示する最初の個展となった。
余談だが、百瀬が刺青を入れてもらったのは背中で、図柄は“龍”。ところが途中で、絵が完成すると背中一面になることを知り、痛かったこともあって、右肩上に葉書三枚分を彫ってもらったところで、彫文さんにお願いして止めてもらっている。だから、せっかくの“龍”も尻切れとんぼで可愛い? こういう刺青を“悪戯彫り”(いたずらぼり)というのだとか。
(とっとりきぬこ)
■鳥取絹子 Kinuko TOTTORI(1947-)
1947年、富山県生まれ。
フランス語翻訳家、ジャーナリスト。
著書に「大人のための星の王子さま」、「フランス流 美味の探求」、「フランスのブランド美学」など。
訳書に「サン=テグジュペリ 伝説の愛」、「移民と現代フランス」、「地図で読む世界情勢」第1弾、第2弾、第3弾、「バルテュス、自身を語る」など多数。
■百瀬恒彦 Tsunehiko MOMOSE(1947-)
1947 年9 月、長野県生まれ。武蔵野美術大学商業デザイン科卒。
在学中から、数年間にわたってヨーロッパや中近東、アメリカ大陸を旅行。卒業後、フリーランスの写真家として個人で世界各地を旅行、風景より人間、生活に重きを置いた写真を撮り続ける。
1991年 東京「青山フォト・ギャラリー」にて、写真展『無色有情』を開催。モロッコの古都フェズの人間像をモノクロで撮った写真展 。
タイトルの『無色有情』は、一緒にモロッコを旅した詩人・谷川俊太郎氏がつける。
1993年 紀伊国屋書店より詩・写真集『子どもの肖像』出版(共著・谷川俊太郎)。作品として、モノクロのプリントで独創的な世界を追及、「和紙」にモノクロプリントする作品作りに取り組む。この頃のテーマとして「入れ墨」を数年がかりで撮影。
1994年11月 フランス、パリ「ギャラリー・クキ」にて、写真展『TATOUAGES-PORTRAITS』を開催。入れ墨のモノクロ写真を和紙にプリント、日本画の技法で着色。
1995年2月 インド・カルカッタでマザー・テレサを撮影。
1995年6月 東京・銀座「愛宕山画廊」にて『ポートレート・タトゥー』写真展。
1995年9月-11月 山梨県北巨摩郡白州町「淺川画廊」にて『ポートレート フェズ』写真展。
1996年4月 フランスでHIV感染を告白して感動を与えた女性、バルバラ・サムソン氏を撮影。
1997年8月 横浜相鉄ジョイナスにて『ポートレート バルバラ・サムソン』展。
1998年3月 東京・渋谷パルコ・パート「ロゴス・ギャラリー」にて『愛と祈り マザー・テレサ』写真展。
1998年8月 石川県金沢市「四緑園ギャラリー」にて『愛と祈り マザー・テレサ』写真展。
9月 東京・銀座「銀座協会ギャラリー」にて『愛と祈り マザー・テレサ』写真展。
1999年 文化勲章を授章した女流画家、秋野不矩氏をインド、オリッサ州で撮影。
2002年10月 フランス、パリ「エスパス・キュルチュレル・ベルタン・ポワレ」にて『マザー・テレサ』写真展。
2003年-2004年 家庭画報『そして海老蔵』連載のため、市川新之助が海老蔵に襲名する前後の一年間撮影。
2005年2月 世界文化社より『そして海老蔵』出版(文・村松友視)。
2005年11月 東京・青山「ギャラリー・ワッツ」にて『パリ・ポートレート・ヌードの3部作』写真展。
2007年6月-7月 「メリディアン・ホテル ギャラリー21」にて『グラウンド・ゼロ+ マザー・テレサ展』開催。
2007年6月-12月 読売新聞の沢木耕太郎の連載小説『声をたずねて君に』にて、写真掲載。
2008年6月 東京・青山「ギャラリー・ワッツ」にて『マザー・テレサ展』。
2010年4月 青山 表参道「 プロモ・アルテギャラリー」にて『絵葉書的巴里』写真展。
8月 青山 表参道「 プロモ・アルテギャラリー」、田園調布「器・ギャラリ-たち花」にて同時開催。マザー・テレサ生誕100 周年『マザー・テレサ 祈り』展。
2011年7月 青山 表参道「 プロモ・アルテギャラリー」にて『しあわせってなんだっけ?』写真展。
2012年3月 青山 表参道「 プロモ・アルテギャラリー」にて『花は花はどこいった?』写真展。
刺青・タトゥーの“悪戯彫り”
“和紙”へのプリントに道が見えてきた百瀬は、次の個展は全部和紙の作品で行こう! と決め、和紙に合いそうなテーマを考えはじめた。そのときすぐに頭に浮かんだのが刺青だ。「一つは怖いもの見たさというか、好奇心。この機会に陰と陽の“陰の文化”みたいなものを作品にしてもいいと思った」 とはいえ、どこをどうたどれば刺青の世界に行きつくのか、まったく当てはない。けれども、何かをやりたいときは、それを言葉にして、アンテナを張っておくものだ。このときは、私がたまたまある雑誌で取材した、浅草の紙問屋のご主人との雑談がアンテナに引っかかった。腕のいい彫り師をひとり知っているというのだ。それが上野の彫り師、二代目彫文さんだった。
さっそく彫文さんに電話をして、刺青の写真を撮りたい旨を丁寧に説明し、それから改めて挨拶に行ったとき、彫文さんが漏らした何気ないひと言に、百瀬のやる気はさらに固まった。「刺青を撮りたいって、カメラマンがいっぱいここに来るけど、どうもモノになった奴がいないんだな!……」。彫文さんにこちらの本気度を理解してもらうにはどうしたらいいのだろう? 刺青には、針を皮膚に刺して、一点一点色を入れていく昔ながらの和彫りと、機械で簡単に入れる“機械彫り”があり、彫文さんはもちろん“和彫り”。「針を入れるたびに皮膚が反発して、ぷちっ、ぷちって音がする、痛いよっ」 そんな話を聞きながら、百瀬の口から思わずついて出たのが「僕も入れよかな!」
「痛さも含めて、興味があった」とは百瀬だが、刺青を彫ってもらうために彫文さんのところへ二回、三回と通ううち、彫文さんも心を開いてくれたのだろう、自分が刺青を手がけた人のなかから写真を撮ってもいいという人を紹介してもらえるようになった。調理師さん、高校の英語教師をしていたアメリカ人女性、神戸のお針子さん……、そして極めつけは、彫文さんの練習台になっていたという奥さんまで。撮った写真はすべて和紙の作品にし、日本画の顔料で自分がイメージした刺青の色合いに着色することも試みた。
百瀬恒彦「刺青」
c.1990-c.1994
和紙にプリント、手彩色
90.0x60.0cm
サイン入り
百瀬恒彦「刺青」
c.1990-c.1994
和紙にプリント、手彩色
60.0x90.0cm
サイン入り
百瀬恒彦「刺青」
c.1990-c.1994
和紙にプリント、手彩色
60.0x90.0cm
サイン入り
百瀬恒彦「刺青」
c.1990-c.1994
和紙にプリント、手彩色
60.0x90.0cm
サイン入り
こうして二年ぐらいかけて、個展ができそうなほどの“まとまり”ができたとき、たまたまパリで画廊を経営している人と知り合い、話をしたらとんとん拍子。1994年11月、和紙にプリントした刺青の最初の写真展は、日本を越えてパリの『ギャラリー・クキ』で開かれ、このとき、詩人の谷川俊太郎さんに『刺青』という題の詩を書いてもらった。ちなみにこの詩は私がフランス語に訳させてもらったのだが、谷川さんの詩の韻の素晴らしさにうなった覚えがある。そして日本では、翌1995年6月、東京・銀座の『愛宕山画廊』で開かれ、これが作品にきちんと値段をつけて展示する最初の個展となった。
余談だが、百瀬が刺青を入れてもらったのは背中で、図柄は“龍”。ところが途中で、絵が完成すると背中一面になることを知り、痛かったこともあって、右肩上に葉書三枚分を彫ってもらったところで、彫文さんにお願いして止めてもらっている。だから、せっかくの“龍”も尻切れとんぼで可愛い? こういう刺青を“悪戯彫り”(いたずらぼり)というのだとか。
(とっとりきぬこ)
■鳥取絹子 Kinuko TOTTORI(1947-)
1947年、富山県生まれ。
フランス語翻訳家、ジャーナリスト。
著書に「大人のための星の王子さま」、「フランス流 美味の探求」、「フランスのブランド美学」など。
訳書に「サン=テグジュペリ 伝説の愛」、「移民と現代フランス」、「地図で読む世界情勢」第1弾、第2弾、第3弾、「バルテュス、自身を語る」など多数。
■百瀬恒彦 Tsunehiko MOMOSE(1947-)
1947 年9 月、長野県生まれ。武蔵野美術大学商業デザイン科卒。
在学中から、数年間にわたってヨーロッパや中近東、アメリカ大陸を旅行。卒業後、フリーランスの写真家として個人で世界各地を旅行、風景より人間、生活に重きを置いた写真を撮り続ける。
1991年 東京「青山フォト・ギャラリー」にて、写真展『無色有情』を開催。モロッコの古都フェズの人間像をモノクロで撮った写真展 。
タイトルの『無色有情』は、一緒にモロッコを旅した詩人・谷川俊太郎氏がつける。
1993年 紀伊国屋書店より詩・写真集『子どもの肖像』出版(共著・谷川俊太郎)。作品として、モノクロのプリントで独創的な世界を追及、「和紙」にモノクロプリントする作品作りに取り組む。この頃のテーマとして「入れ墨」を数年がかりで撮影。
1994年11月 フランス、パリ「ギャラリー・クキ」にて、写真展『TATOUAGES-PORTRAITS』を開催。入れ墨のモノクロ写真を和紙にプリント、日本画の技法で着色。
1995年2月 インド・カルカッタでマザー・テレサを撮影。
1995年6月 東京・銀座「愛宕山画廊」にて『ポートレート・タトゥー』写真展。
1995年9月-11月 山梨県北巨摩郡白州町「淺川画廊」にて『ポートレート フェズ』写真展。
1996年4月 フランスでHIV感染を告白して感動を与えた女性、バルバラ・サムソン氏を撮影。
1997年8月 横浜相鉄ジョイナスにて『ポートレート バルバラ・サムソン』展。
1998年3月 東京・渋谷パルコ・パート「ロゴス・ギャラリー」にて『愛と祈り マザー・テレサ』写真展。
1998年8月 石川県金沢市「四緑園ギャラリー」にて『愛と祈り マザー・テレサ』写真展。
9月 東京・銀座「銀座協会ギャラリー」にて『愛と祈り マザー・テレサ』写真展。
1999年 文化勲章を授章した女流画家、秋野不矩氏をインド、オリッサ州で撮影。
2002年10月 フランス、パリ「エスパス・キュルチュレル・ベルタン・ポワレ」にて『マザー・テレサ』写真展。
2003年-2004年 家庭画報『そして海老蔵』連載のため、市川新之助が海老蔵に襲名する前後の一年間撮影。
2005年2月 世界文化社より『そして海老蔵』出版(文・村松友視)。
2005年11月 東京・青山「ギャラリー・ワッツ」にて『パリ・ポートレート・ヌードの3部作』写真展。
2007年6月-7月 「メリディアン・ホテル ギャラリー21」にて『グラウンド・ゼロ+ マザー・テレサ展』開催。
2007年6月-12月 読売新聞の沢木耕太郎の連載小説『声をたずねて君に』にて、写真掲載。
2008年6月 東京・青山「ギャラリー・ワッツ」にて『マザー・テレサ展』。
2010年4月 青山 表参道「 プロモ・アルテギャラリー」にて『絵葉書的巴里』写真展。
8月 青山 表参道「 プロモ・アルテギャラリー」、田園調布「器・ギャラリ-たち花」にて同時開催。マザー・テレサ生誕100 周年『マザー・テレサ 祈り』展。
2011年7月 青山 表参道「 プロモ・アルテギャラリー」にて『しあわせってなんだっけ?』写真展。
2012年3月 青山 表参道「 プロモ・アルテギャラリー」にて『花は花はどこいった?』写真展。
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