<迷走写真館>一枚の写真に目を凝らす 第10回

(画像をクリックすると拡大します)
池の鯉。そう名付けてしまえばなんということないけれど、これを見たときの異様な感覚はとてもそんな一言ではくるめない。鯉の姿が鮮明でくっきりしている。いや、しすぎである。全身がぴかぴかと光り、うろこの一枚一枚が数えられそうで、飛びでた目玉、口のヒゲ、大きなエラ、揺らめく尾ビレなどが鯉の特徴をキリキリと締め上げている。
池の水が黒い。いや、本当は何色をしているかわからないが、モノクロ写真なので黒一色に見える。もしカラー写真だったならぜんたいの印象はすっかりダレるだろう。黒の地に鯉がいて、その姿が精緻を極めた克明な図になっているゆえなのだ、この不穏さは。
鯉の姿が真横ではなく、奥から手前にのびてきた瞬間がとらえられていることも、ぬっと現れたような効果をあげている。瞬間をとらえた、といま書いたが、理屈ではそうなるが写真にはそのような瞬間が感じられない。鯉だから動いていて、つぎの一瞬にはもうちがう場所に移動しているはずなのに、永遠にこの場所に宙づりになっているような感じがする。空に浮かぶ鯉のぼりを想ってしまうのはそのためか。泳いでいるのではなくて浮かんでいるかのようで、じっと見ていると池が空に見えてくる。
池の岸辺はすぐそこだ。リュウノヒゲが細い葉を無数に水面にのばしている。その尖った葉先が鯉のぬめっとした肌をツンツンと刺激する。神経質な性格のリュウノヒゲは、鈍くて図々しくてとぼけた鯉の態度にいらついていて、すきあらば突いてやりたくて仕方がない。それを愉しむかのようにわざとその下をゆっくりと横切っていく鯉。両者のサドマゾの関係が黒い地の裏側で繰り広げられている。
大竹昭子(おおたけあきこ)
~~~~
●紹介作品データ:
須田一政
〈物草拾遺〉より
1981年
ゼラチンシルバープリント
イメージサイズ:22.1x21.4cm
シートサイズ:25.4x30.4cm
東京都写真美術館蔵
■須田一政 Issei SUDA(1940-)
1940年東京都生まれ。1962年東京綜合写真専門学校を卒業。1967年寺山修司主宰「天井桟敷」の専属カメラマンとなる。1971年からフリーランスとして活動する。1976年「風姿花伝」により日本写真協会新人賞を受賞。1977年から現在に至るまで多数の個展を開催。主な写真集:『風姿花伝』(1976年、朝日ソノラマ)、『犬の鼻』(1991年、IPC)、『人間 の記憶』(1996年、クレオ)、『民謡山河』(2007年、冬青社)。主な個展:主な受賞歴:1983年日本写真協会年度賞受賞、1985年第1回東川賞受賞、1997年第16回土門拳賞受賞
~~~~
●展覧会のお知らせ
東京都写真美術館で「須田一政 凪の片」展が開催されています。

会期:2013年9月28日[土]~12月1日[日]
会場:東京都写真美術館2階展示室
時間:10:00~18:00(木・金は20:00まで)※入場は閉館の30分前まで
休館日:毎週月曜日(月曜日が祝日の場合は開館し、翌火曜日休館)
料金:一般600円/学生500円/中高生・65歳以上400円
現実の裂け目から異空間を覗き見るような写真表現で、1970年代から国内のみならず、オーストリア、ニューヨーク等でも紹介され、国際的に高い評価を得ている須田一政の個展「凪の片(なぎのひら)」を開催します。
1940年、東京神田に生まれた須田は、洒脱な視点と卓越した技術で人間、生活、街などの裏側へと視線を誘うような写真群を1960年代から発表してきました。本展覧会は、東京都写真美術館が新規重点収集作家として収集し続けてきた代表作<風姿花伝><物草拾遺><東京景>に加え、初期作品の<紅い花><恐山へ>を加え、さらに写真家活動50周年を迎える本年、制作した最新作と合わせて構成します。
「凪(なぎ)」という風が止まる時間特有の感触に似た、日常と非日常を往還するような作家の視線が、一片(ひとひら)の写真となって降り積もっているかのような展覧会です。今はなき風景、人物像や、昭和から現在へと引き継がれる日本の風俗を特異な視点で切り取る須田一政の写真表現を、精緻な銀塩プリントでご堪能ください。(同館HPより転載)
◆大竹昭子さんのエッセイ「迷走写真館 一枚の写真に目を凝らす」は毎月1日の更新です。

(画像をクリックすると拡大します)
池の鯉。そう名付けてしまえばなんということないけれど、これを見たときの異様な感覚はとてもそんな一言ではくるめない。鯉の姿が鮮明でくっきりしている。いや、しすぎである。全身がぴかぴかと光り、うろこの一枚一枚が数えられそうで、飛びでた目玉、口のヒゲ、大きなエラ、揺らめく尾ビレなどが鯉の特徴をキリキリと締め上げている。
池の水が黒い。いや、本当は何色をしているかわからないが、モノクロ写真なので黒一色に見える。もしカラー写真だったならぜんたいの印象はすっかりダレるだろう。黒の地に鯉がいて、その姿が精緻を極めた克明な図になっているゆえなのだ、この不穏さは。
鯉の姿が真横ではなく、奥から手前にのびてきた瞬間がとらえられていることも、ぬっと現れたような効果をあげている。瞬間をとらえた、といま書いたが、理屈ではそうなるが写真にはそのような瞬間が感じられない。鯉だから動いていて、つぎの一瞬にはもうちがう場所に移動しているはずなのに、永遠にこの場所に宙づりになっているような感じがする。空に浮かぶ鯉のぼりを想ってしまうのはそのためか。泳いでいるのではなくて浮かんでいるかのようで、じっと見ていると池が空に見えてくる。
池の岸辺はすぐそこだ。リュウノヒゲが細い葉を無数に水面にのばしている。その尖った葉先が鯉のぬめっとした肌をツンツンと刺激する。神経質な性格のリュウノヒゲは、鈍くて図々しくてとぼけた鯉の態度にいらついていて、すきあらば突いてやりたくて仕方がない。それを愉しむかのようにわざとその下をゆっくりと横切っていく鯉。両者のサドマゾの関係が黒い地の裏側で繰り広げられている。
大竹昭子(おおたけあきこ)
~~~~
●紹介作品データ:
須田一政
〈物草拾遺〉より
1981年
ゼラチンシルバープリント
イメージサイズ:22.1x21.4cm
シートサイズ:25.4x30.4cm
東京都写真美術館蔵
■須田一政 Issei SUDA(1940-)
1940年東京都生まれ。1962年東京綜合写真専門学校を卒業。1967年寺山修司主宰「天井桟敷」の専属カメラマンとなる。1971年からフリーランスとして活動する。1976年「風姿花伝」により日本写真協会新人賞を受賞。1977年から現在に至るまで多数の個展を開催。主な写真集:『風姿花伝』(1976年、朝日ソノラマ)、『犬の鼻』(1991年、IPC)、『人間 の記憶』(1996年、クレオ)、『民謡山河』(2007年、冬青社)。主な個展:主な受賞歴:1983年日本写真協会年度賞受賞、1985年第1回東川賞受賞、1997年第16回土門拳賞受賞
~~~~
●展覧会のお知らせ
東京都写真美術館で「須田一政 凪の片」展が開催されています。

会期:2013年9月28日[土]~12月1日[日]
会場:東京都写真美術館2階展示室
時間:10:00~18:00(木・金は20:00まで)※入場は閉館の30分前まで
休館日:毎週月曜日(月曜日が祝日の場合は開館し、翌火曜日休館)
料金:一般600円/学生500円/中高生・65歳以上400円
現実の裂け目から異空間を覗き見るような写真表現で、1970年代から国内のみならず、オーストリア、ニューヨーク等でも紹介され、国際的に高い評価を得ている須田一政の個展「凪の片(なぎのひら)」を開催します。
1940年、東京神田に生まれた須田は、洒脱な視点と卓越した技術で人間、生活、街などの裏側へと視線を誘うような写真群を1960年代から発表してきました。本展覧会は、東京都写真美術館が新規重点収集作家として収集し続けてきた代表作<風姿花伝><物草拾遺><東京景>に加え、初期作品の<紅い花><恐山へ>を加え、さらに写真家活動50周年を迎える本年、制作した最新作と合わせて構成します。
「凪(なぎ)」という風が止まる時間特有の感触に似た、日常と非日常を往還するような作家の視線が、一片(ひとひら)の写真となって降り積もっているかのような展覧会です。今はなき風景、人物像や、昭和から現在へと引き継がれる日本の風俗を特異な視点で切り取る須田一政の写真表現を、精緻な銀塩プリントでご堪能ください。(同館HPより転載)
◆大竹昭子さんのエッセイ「迷走写真館 一枚の写真に目を凝らす」は毎月1日の更新です。
コメント