鳥取絹子のエッセイ「百瀬恒彦の百夜一夜」 第9回

「しあわせってなんだっけ?」


 1991年に初めて個展をしてから、意識して「人さまにお見せできる」機会を探すようになった百瀬のまわりで、それまであまり縁のなかったギャラリー関係の人たちの輪が少しずつ広がっていく。と同時に、「遅まきながら、写真での表現の仕方がわかってきたのかなあ? こんな絵を撮りたいと思ったら、イメージ通りに撮れるようになってきた」 そして、ここ数年はほぼ年に一回個展を開くようになっているのだが、そのときのテーマは、どこかへ旅行したりするときに、ふと頭に舞い降りてくる不思議な「ひらめき」?
 地球温暖化や異常気象が目に見える形で脅威になって久しい2010年、なぜか映画や人づてに見聞きするアーミッシュの人たちの生活が頭に浮かんだ。彼らは21世紀のいまでも電気を使わない生活をして自給自足、車も使わず馬や馬車で移動しているという。
「地球温暖化の原因は現代人の生活様式にあると言われているのに、僕たち現代人は麻酔でもかけられているように目が覚めない。アーミッシュの人たちの生活から何かヒントを与えることができないかと思った」
 調べてみると、アーミッシュはアメリカ全土で何10万人もいて、ニューヨークから車でわずか2時間ほどのペンシルバニア州ランカスター周辺に大きな集落があるという。ニューヨークなら11月に行くことがすでに決まっていた。こんなにいい機会はない! ぜひ現地に行って、自分の目=レンズを通して見てみたい! と、何かに引かれるように飛んでいった。「飽食とエネルギー使い放題の代表であるニューヨークと写真で対比させたかった」

1百瀬恒彦
「浪費癖って直るのかなあ!」
2010年撮影
デジタル
A3ノビ
インクジェットプリント


2百瀬恒彦
「急がば回ろっと!」
2010年撮影
デジタル
A3ノビ
インクジェットプリント


 アーミッシュの人たちは、タイムマシーンで100年前に戻ったような生活をしていた。しかも臆することなく堂々と! 馬で畑を耕し、馬車で買い物に行き、夜は蝋燭を明かりにしていた。子供たちはバレーボールをして遊び、大人たちは仕事が終わるとみんな一様に黒い服を着て集会所に集まり、何やらとても楽しそうだった。車で乱入した撮影隊(?)に気づくと、顔を伏せて背を向け、ドアを閉める人もいたのだが、そこは百瀬の得意とするところ。ある人に言わせると、「人を撮るときに、間近にいても気配を消す……」不思議な能力があるらしく、なんとかイメージ通りの「絵」が撮れた。

3百瀬恒彦
「しあわせってなんだっけ?」
2010年撮影
デジタル A3ノビ
インクジェットプリント


4百瀬恒彦
「さあ 働こっと!」
2010年撮影
デジタル A3ノビ
インクジェットプリント


5百瀬恒彦
「「しあわせ?」「ウン!」」
2010年撮影
デジタル A3ノビ
インクジェットプリント


6百瀬恒彦
「明日はどんな一日かな?」
2010年撮影
デジタル A3ノビ
インクジェットプリント


7百瀬恒彦
「一番星はダーレ?」
2010年撮影
デジタル A3ノビ
インクジェットプリント


 帰国して数ヶ月後の翌2011年3月11日、あの東日本大震災が発生して、東京までも揺れに揺れ、同時に発生した福島原発事故で、日本はおろか世界じゅうが恐怖におののいた。とくに人災ともいえる原発事故は、エネルギーの無駄遣いに麻痺した人間への天からの警告だった。
「本当はこのときの写真展は次の年にしようと思っていたんだけど、恐いぐらいに僕のテーマと一致してしまったので、すぐに準備に取りかかった」
 偶然とはいえ、アメリカの原発事故があったスリーマイル島もペンシルバニア州だった。そしてその年2011年7月、東京・表参道のプロモ・アルテギャラリーで開いた個展のタイトルが『しあわせってなんだっけ?』 エネルギーの無駄遣いや、自然との共存などを問いかけたつもり……だそうだが、「こういうメッセージはこれからもずっと伝えていきたいと思っている」と、百瀬は言っている。
(とっとりきぬこ)

■鳥取絹子 Kinuko TOTTORI(1947-)
1947年、富山県生まれ。
フランス語翻訳家、ジャーナリスト。
著書に「大人のための星の王子さま」、「フランス流 美味の探求」、「フランスのブランド美学」など。
訳書に「サン=テグジュペリ 伝説の愛」、「移民と現代フランス」、「地図で読む世界情勢」第1弾、第2弾、第3弾、「バルテュス、自身を語る」など多数。

百瀬恒彦 Tsunehiko MOMOSE(1947-)
1947 年9 月、長野県生まれ。武蔵野美術大学商業デザイン科卒。
在学中から、数年間にわたってヨーロッパや中近東、アメリカ大陸を旅行。卒業後、フリーランスの写真家として個人で世界各地を旅行、風景より人間、生活に重きを置いた写真を撮り続ける。
1991年 東京「青山フォト・ギャラリー」にて、写真展『無色有情』を開催。モロッコの古都フェズの人間像をモノクロで撮った写真展 。
タイトルの『無色有情』は、一緒にモロッコを旅した詩人・谷川俊太郎氏がつける。
1993年 紀伊国屋書店より詩・写真集『子どもの肖像』出版(共著・谷川俊太郎)。作品として、モノクロのプリントで独創的な世界を追及、「和紙」にモノクロプリントする作品作りに取り組む。この頃のテーマとして「入れ墨」を数年がかりで撮影。
1994年11月 フランス、パリ「ギャラリー・クキ」にて、写真展『TATOUAGES-PORTRAITS』を開催。入れ墨のモノクロ写真を和紙にプリント、日本画の技法で着色。
1995年2月 インド・カルカッタでマザー・テレサを撮影。
1995年6月 東京・銀座「愛宕山画廊」にて『ポートレート・タトゥー』写真展。
1995年9月-11月 山梨県北巨摩郡白州町「淺川画廊」にて『ポートレート フェズ』写真展。
1996年4月 フランスでHIV感染を告白して感動を与えた女性、バルバラ・サムソン氏を撮影。
1997年8月 横浜相鉄ジョイナスにて『ポートレート バルバラ・サムソン』展。
1998年3月 東京・渋谷パルコ・パート「ロゴス・ギャラリー」にて『愛と祈り マザー・テレサ』写真展。
1998年8月 石川県金沢市「四緑園ギャラリー」にて『愛と祈り マザー・テレサ』写真展。
9月 東京・銀座「銀座協会ギャラリー」にて『愛と祈り マザー・テレサ』写真展。
1999年 文化勲章を授章した女流画家、秋野不矩氏をインド、オリッサ州で撮影。
2002年10月 フランス、パリ「エスパス・キュルチュレル・ベルタン・ポワレ」にて『マザー・テレサ』写真展。
2003年-2004年 家庭画報『そして海老蔵』連載のため、市川新之助が海老蔵に襲名する前後の一年間撮影。
2005年2月 世界文化社より『そして海老蔵』出版(文・村松友視)。
2005年11月 東京・青山「ギャラリー・ワッツ」にて『パリ・ポートレート・ヌードの3部作』写真展。
2007年6月-7月 「メリディアン・ホテル ギャラリー21」にて『グラウンド・ゼロ+ マザー・テレサ展』開催。
2007年6月-12月 読売新聞の沢木耕太郎の連載小説『声をたずねて君に』にて、写真掲載。
2008年6月 東京・青山「ギャラリー・ワッツ」にて『マザー・テレサ展』。
2010年4月 青山 表参道「 プロモ・アルテギャラリー」にて『絵葉書的巴里』写真展。
8月 青山 表参道「 プロモ・アルテギャラリー」、田園調布「器・ギャラリ-たち花」にて同時開催。マザー・テレサ生誕100 周年『マザー・テレサ 祈り』展。
2011年7月 青山 表参道「 プロモ・アルテギャラリー」にて『しあわせってなんだっけ?』写真展。
2012年3月 青山 表参道「 プロモ・アルテギャラリー」にて『花は花はどこいった?』写真展。

◆鳥取絹子さんのエッセイ「百瀬恒彦の百夜一夜」は毎月16日の更新です。