鳥取絹子のエッセイ「百瀬恒彦の百夜一夜」 第11回

「モノクロへのこだわり」


 百瀬はモノクロの写真にこだわっている。ここでいうモノクロはフィルム撮影によるモノクロで、その場合、現像や紙焼きを業者に任せる写真家もなかにはいるが、百瀬はすべて自分ひとりでする。昔、何度か現像所でやってもらったことがあるのだが、どうしても自分が撮ったときの思いとは違ったものが出来上がってきた。だから、人には絶対に任せない。
「写真は、もちろん撮る行為がいちばん大事だけれど、それだけで終わらせたくない。幸い、モノクロはカラーと違って、現像も紙焼きもすべて自分でできるから、そこで“魂”を入れられるのではないか。そう思って、モノクロを一生懸命やっている。自分の色を出したい一心で」
 問題は、そのためには真っ暗な暗室にこもらなければならないことで、天気のいい日などはどうしても腰が重くなる。とくにデジタルに移行してからは、明るい光のなかですべての作業ができるのが嬉しくて、ついご無沙汰していたのだが、このところ久しぶりに暗室にこもっている。そう、『ときの忘れもの』でこの4月2日から11日まで開催される『百瀬恒彦写真展――無色有情』のための作品づくりだ。今度の個展では展示用に大きい全紙サイズの作品を何点か作るので、暗室の作業スペースもいつもより広く確保しなければならない。
 そこで今回は百瀬の暗室を少し紹介しよう。デジタル全盛の時代、いまどきこんな作業をしている人は少ないだろうし、10年後、20年後、いやそれほど経たずして過去の遺物(?)になる恐れもあるので、記録の意味も込めて。
 暗室になるのは19平方メートルぐらいの仕事場で、普段はデスクの上のパソコンや大型のプリンターが主役の顔をしている。仕事場の片隅には引き伸ばし機と、全紙サイズの紙焼きまで乾燥させられる結構大きな乾燥機もある。彩光部は外に面してすりガラスになった一面と、居住空間へのドア部分で、この二カ所にカーテン状になった暗幕(常設)を張り巡らすと暗室に変身する。普通サイズの紙焼きはこのままでいいのだが、今回は全紙サイズを作るので、引き伸ばし機をデスクの上に移動し、印画紙を床の上に置いて投影する作業をした。

DSC_1799僕の遊び場


DSC_1802引き伸ばし


DSC_1804必需品


DSC_1807乾燥機


「久しぶりに大きいのを焼いて痛感したのは、視力が落ちたこと。裸眼と老眼鏡で何度も調整しながらピントを合わせた。いちばん伸ばしたのは床から160センチぐらい」 作品が大きいので、現像液→停止液→定着液→水洗用のバットも当然大きく、水洗は万全を期して流しっ放しで1時間半。これらすべてが手作業で、ちょっとした力仕事でもある。
「さじ加減でそれぞれ違って、やっぱり面白い」
 いま現在、展示用の全紙4枚と、半切9枚の作品が完成し、いよいよこれから和紙の作品づくりに入るところだ。
「楽しみだ。書道家の篠田桃紅さんを撮影したときの言葉に、『若い頃は、思っていてもなかなかできなかったことが、年を取ってくると“ふっと”できるようになる』というのがあるんだけど、僕もいまそれを実感している。こうしたい、ああしたいと思っていたことがやっとできるようになった」
 それにしても、暗室用品をヨドバシカメラなどに買いに行くたびにビックリするのは、値段の高騰ぶり! 売り場面積もどんどん縮小され、販売員も少数で手持ちぶさたで寂しそうだし、以前愛用していた印画紙がないことが多い! それだけ面倒な手作業をやる人が少なくなったのだろうが、このままいくと本当に過去の遺物になってしまうのではないだろうか? と、百瀬は面食らいつつも危機感を抱いている。
(とっとりきぬこ)

■鳥取絹子 Kinuko TOTTORI(1947-)
1947年、富山県生まれ。
フランス語翻訳家、ジャーナリスト。
著書に「大人のための星の王子さま」、「フランス流 美味の探求」、「フランスのブランド美学」など。
訳書に「サン=テグジュペリ 伝説の愛」、「移民と現代フランス」、「地図で読む世界情勢」第1弾、第2弾、第3弾、「バルテュス、自身を語る」など多数。

百瀬恒彦 Tsunehiko MOMOSE(1947-)
1947 年9 月、長野県生まれ。武蔵野美術大学商業デザイン科卒。
在学中から、数年間にわたってヨーロッパや中近東、アメリカ大陸を旅行。卒業後、フリーランスの写真家として個人で世界各地を旅行、風景より人間、生活に重きを置いた写真を撮り続ける。
1991年 東京「青山フォト・ギャラリー」にて、写真展『無色有情』を開催。モロッコの古都フェズの人間像をモノクロで撮った写真展 。
タイトルの『無色有情』は、一緒にモロッコを旅した詩人・谷川俊太郎氏がつける。
1993年 紀伊国屋書店より詩・写真集『子どもの肖像』出版(共著・谷川俊太郎)。作品として、モノクロのプリントで独創的な世界を追及、「和紙」にモノクロプリントする作品作りに取り組む。この頃のテーマとして「入れ墨」を数年がかりで撮影。
1994年11月 フランス、パリ「ギャラリー・クキ」にて、写真展『TATOUAGES-PORTRAITS』を開催。入れ墨のモノクロ写真を和紙にプリント、日本画の技法で着色。
1995年2月 インド・カルカッタでマザー・テレサを撮影。
1995年6月 東京・銀座「愛宕山画廊」にて『ポートレート・タトゥー』写真展。
1995年9月-11月 山梨県北巨摩郡白州町「淺川画廊」にて『ポートレート フェズ』写真展。
1996年4月 フランスでHIV感染を告白して感動を与えた女性、バルバラ・サムソン氏を撮影。
1997年8月 横浜相鉄ジョイナスにて『ポートレート バルバラ・サムソン』展。
1998年3月 東京・渋谷パルコ・パート「ロゴス・ギャラリー」にて『愛と祈り マザー・テレサ』写真展。
1998年8月 石川県金沢市「四緑園ギャラリー」にて『愛と祈り マザー・テレサ』写真展。
9月 東京・銀座「銀座協会ギャラリー」にて『愛と祈り マザー・テレサ』写真展。
1999年 文化勲章を授章した女流画家、秋野不矩氏をインド、オリッサ州で撮影。
2002年10月 フランス、パリ「エスパス・キュルチュレル・ベルタン・ポワレ」にて『マザー・テレサ』写真展。
2003年-2004年 家庭画報『そして海老蔵』連載のため、市川新之助が海老蔵に襲名する前後の一年間撮影。
2005年2月 世界文化社より『そして海老蔵』出版(文・村松友視)。
2005年11月 東京・青山「ギャラリー・ワッツ」にて『パリ・ポートレート・ヌードの3部作』写真展。
2007年6月-7月 「メリディアン・ホテル ギャラリー21」にて『グラウンド・ゼロ+ マザー・テレサ展』開催。
2007年6月-12月 読売新聞の沢木耕太郎の連載小説『声をたずねて君に』にて、写真掲載。
2008年6月 東京・青山「ギャラリー・ワッツ」にて『マザー・テレサ展』。
2010年4月 青山 表参道「 プロモ・アルテギャラリー」にて『絵葉書的巴里』写真展。
8月 青山 表参道「 プロモ・アルテギャラリー」、田園調布「器・ギャラリ-たち花」にて同時開催。マザー・テレサ生誕100 周年『マザー・テレサ 祈り』展。
2011年7月 青山 表参道「 プロモ・アルテギャラリー」にて『しあわせってなんだっけ?』写真展。
2012年3月 青山 表参道「 プロモ・アルテギャラリー」にて『花は花はどこいった?』写真展。

ときの忘れもの企画展予告
「百瀬恒彦写真展―無色有情」
会期=2014年4月2日[水]―4月12日[土] 12:00-19:00 ※会期中無休

企画:荒川陽子(アラカワアートオフィス)

写真家・百瀬恒彦は、世界各地を旅行し、風景でありながら人間、生活に重きを置いた写真を撮り続けています。これまでにマザー・テレサなど各界著名人の肖像写真や「刺青」をテーマに撮り、和紙にモノクロプリントして日本画の顔料で着彩した作品を制作するなど、独自の写真表現の世界を追及、展開してまいりました。
本展では、1990年にモロッコを旅してフェズの街を撮影した写真約20点をご覧いただきます。
同時に、ときの忘れものより、百瀬恒彦ポートフォリオ『無色有情』(10点組)を刊行することとなりましたので、予約販売を開始します。予約特価での販売は2014年3月31日までですので、下記よりお申込みいただければ幸いです。
ご不明な点は遠慮なくお問い合せください。

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百瀬恒彦ポートフォリオ
『無色有情』

2014年4月2日
ときの忘れもの 発行
仕様:たとう箱入オリジナルプリント10点組
限定12部(1/12~12/12)
各作品に限定番号と作家直筆サイン入り
技法:ゼラチンシルバープリント
用紙:バライタ紙
シートサイズ:20.3x25.4cm(六切)
撮影年:1990年
プリント年:2013年
テキスト:谷川俊太郎、百瀬恒彦
予約特別価格:250,000円
※申込み締切:2014年3月31日まで

申込み・お問い合わせは下記まで。
Tel: 03-3470-2631
Fax: 03-3401-1604
Email: info@tokinowasuremono.com