鳥取絹子のエッセイ「百瀬恒彦の百夜一夜」 第12回(最終回)

「記憶に残る言葉」


 1年間はあっという間で、この連載も今回が最終回になった。そこで、締めくくりの意味も込めて、百瀬がこれまで出会った数えきれない人たちとの現場での会話から、いまでも記憶に残る言葉を2つほど。
「ボランティアをするために、日本からこんな遠いインドまで来るのなら、阪神へ行ってお手伝いしたほうがいいと思います」(マザー・テレサ)
 これは1995年2月、阪神・淡路大震災の直後にインドのカルカッタへ行ってマザー・テレサを撮ったときに言われた言葉だ。「なるほど、確かに」と頷いた百瀬に、マザーは続けて言った。「まずは身近なところで活動するのです。あなたは日本でエイズのことをやりなさい」
 突然、エイズと言われて驚いたのだが、偶然が偶然を呼び、百瀬はその後、HIV感染者の女性2人の写真を撮ることになる。当時は現在と違ってHIV感染=死という恐ろしい病気。奇しくもその頃私は、フランスで性によるHIV感染をテレビで告白して感動を与えた女性、バルバラ・サムソンの本を翻訳中だった。きっかけは何でもいい。このときはマザー・テレサの言葉が引き金になって、いざ行動! 翌年4月には、私たちは彼女の取材と撮影のためにパリにいた。そこで、彼女が恋人と同居していることを知ってびっくりし(HIV感染者でも恋はできる。さすがフランス!)、その勢いで、彼女たちを日本に呼んで各地の高校生の前で講演してもらうことに成功する。そのときも百瀬がルポ形式で写真を撮影し、それぞれ女性誌で発表することができた。手前味噌ながらこのときの講演会は大成功、翌年も彼女たちに来日してもらっている。
 そしてもう1人は、日本で初めて性によるHIV感染を告白した女性、北山翔子(ペンネーム)さんの撮影だ。北山さんも、エイズに詳しくなった私が取材して女性誌に発表、のちに単行本にするときも協力した。
「少しは、マザー・テレサの言葉を実践したかな」とは百瀬である。

hana-001百瀬恒彦
「3.11への祈り」
インクジェット
A3ノビ


hana-002百瀬恒彦
「3.11への祈り」
インクジェット
A3ノビ


 もう1つ記憶に残る言葉というより1つのシーンは、観世流の著名な能楽師を撮影したときだ。ご本人の写真以外に、能面も間近に見てみたいと思った百瀬は、不用意にも「能面を撮らせてください」と言った。すると、その場で能面を出してはもらえたのだが、そのときの「お道具」「魂がこもっているものですから」という心に響く言葉とともに、箱からの出し方1つひとつが、祈りを込めた、儀式にのっとった美しい所作なのに圧倒されてしまった。
「それを見て僕は、自分の商売道具であるカメラやレンズをどのくらい大切に扱っているのかと、恥ずかしく思った。以来、“お道具”という気持ちを込めてカメラに触っている」

 現在、百瀬は1つひとつの作品を制作するときも、同じ気持ちで魂を込めて接している。そしていちばんに心がけているのは“美しい写真”である。
「作品には誰もが何らかのメッセージを込めるものだけれど、やはり美しくないといけないと思う。そしてできれば、オリジナルプリントをみなさんに買っていただいて、絵と同じように部屋に飾ってほしい。そのためにも、目にきれいに写る写真がいいと思う」
 日本は、写真作品への評価が高い欧米と比べて、写真をアートとして見てもらえる風潮がやや低いのがとても残念だ。写真の地位向上(?)のために、これからも頑張っていくつもりである。

nude-1百瀬恒彦
「ヌード 1」
全紙バライタ紙


nude-2百瀬恒彦
「ヌード 2」
全紙バライタ紙


paris-001-p百瀬恒彦
「パリ 1」
四つ切りバライタ紙


paris-46-p-1百瀬恒彦
「パリ 2」
四つ切りバライタ紙


(とっとりきぬこ)

■鳥取絹子 Kinuko TOTTORI(1947-)
1947年、富山県生まれ。
フランス語翻訳家、ジャーナリスト。
著書に「大人のための星の王子さま」、「フランス流 美味の探求」、「フランスのブランド美学」など。
訳書に「サン=テグジュペリ 伝説の愛」、「移民と現代フランス」、「地図で読む世界情勢」第1弾、第2弾、第3弾、「バルテュス、自身を語る」など多数。
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ときの忘れもの企画展予告
「百瀬恒彦写真展―無色有情」
会期=2014年4月2日[水]―4月12日[土] 12:00-19:00 ※会期中無休

企画:荒川陽子(アラカワアートオフィス)

写真家・百瀬恒彦は、世界各地を旅行し、風景でありながら人間、生活に重きを置いた写真を撮り続けています。これまでにマザー・テレサなど各界著名人の肖像写真や「刺青」をテーマに撮り、和紙にモノクロプリントして日本画の顔料で着彩した作品を制作するなど、独自の写真表現の世界を追及、展開してまいりました。
本展では、1990年にモロッコを旅してフェズの街を撮影した写真約20点をご覧いただきます。
同時に、ときの忘れものより、百瀬恒彦ポートフォリオ『無色有情』(10点組)を刊行することとなりましたので、予約販売を開始します。予約特価での販売は2014年3月31日までですので、下記よりお申込みいただければ幸いです。
ご不明な点は遠慮なくお問い合せください。

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百瀬恒彦ポートフォリオ
『無色有情』

2014年4月2日
ときの忘れもの 発行
仕様:たとう箱入オリジナルプリント10点組
限定12部(1/12~12/12)
各作品に限定番号と作家直筆サイン入り
技法:ゼラチンシルバープリント
用紙:バライタ紙
シートサイズ:20.3x25.4cm(六切)
撮影年:1990年
プリント年:2013年
テキスト:谷川俊太郎、百瀬恒彦
予約特別価格:250,000円
※申込み締切:2014年3月31日まで

申込み・お問い合わせは下記まで。
Tel: 03-3470-2631
Fax: 03-3401-1604
Email: info@tokinowasuremono.com

百瀬恒彦 Tsunehiko MOMOSE(1947-)
1947 年9 月、長野県生まれ。武蔵野美術大学商業デザイン科卒。
在学中から、数年間にわたってヨーロッパや中近東、アメリカ大陸を旅行。卒業後、フリーランスの写真家として個人で世界各地を旅行、風景より人間、生活に重きを置いた写真を撮り続ける。
1991年 東京「青山フォト・ギャラリー」にて、写真展『無色有情』を開催。モロッコの古都フェズの人間像をモノクロで撮った写真展 。
タイトルの『無色有情』は、一緒にモロッコを旅した詩人・谷川俊太郎氏がつける。
1993年 紀伊国屋書店より詩・写真集『子どもの肖像』出版(共著・谷川俊太郎)。作品として、モノクロのプリントで独創的な世界を追及、「和紙」にモノクロプリントする作品作りに取り組む。この頃のテーマとして「入れ墨」を数年がかりで撮影。
1994年11月 フランス、パリ「ギャラリー・クキ」にて、写真展『TATOUAGES-PORTRAITS』を開催。入れ墨のモノクロ写真を和紙にプリント、日本画の技法で着色。
1995年2月 インド・カルカッタでマザー・テレサを撮影。
1995年6月 東京・銀座「愛宕山画廊」にて『ポートレート・タトゥー』写真展。
1995年9月-11月 山梨県北巨摩郡白州町「淺川画廊」にて『ポートレート フェズ』写真展。
1996年4月 フランスでHIV感染を告白して感動を与えた女性、バルバラ・サムソン氏を撮影。
1997年8月 横浜相鉄ジョイナスにて『ポートレート バルバラ・サムソン』展。
1998年3月 東京・渋谷パルコ・パート「ロゴス・ギャラリー」にて『愛と祈り マザー・テレサ』写真展。
1998年8月 石川県金沢市「四緑園ギャラリー」にて『愛と祈り マザー・テレサ』写真展。
9月 東京・銀座「銀座協会ギャラリー」にて『愛と祈り マザー・テレサ』写真展。
1999年 文化勲章を授章した女流画家、秋野不矩氏をインド、オリッサ州で撮影。
2002年10月 フランス、パリ「エスパス・キュルチュレル・ベルタン・ポワレ」にて『マザー・テレサ』写真展。
2003年-2004年 家庭画報『そして海老蔵』連載のため、市川新之助が海老蔵に襲名する前後の一年間撮影。
2005年2月 世界文化社より『そして海老蔵』出版(文・村松友視)。
2005年11月 東京・青山「ギャラリー・ワッツ」にて『パリ・ポートレート・ヌードの3部作』写真展。
2007年6月-7月 「メリディアン・ホテル ギャラリー21」にて『グラウンド・ゼロ+ マザー・テレサ展』開催。
2007年6月-12月 読売新聞の沢木耕太郎の連載小説『声をたずねて君に』にて、写真掲載。
2008年6月 東京・青山「ギャラリー・ワッツ」にて『マザー・テレサ展』。
2010年4月 青山 表参道「 プロモ・アルテギャラリー」にて『絵葉書的巴里』写真展。
8月 青山 表参道「 プロモ・アルテギャラリー」、田園調布「器・ギャラリ-たち花」にて同時開催。マザー・テレサ生誕100 周年『マザー・テレサ 祈り』展。
2011年7月 青山 表参道「 プロモ・アルテギャラリー」にて『しあわせってなんだっけ?』写真展。
2012年3月 青山 表参道「 プロモ・アルテギャラリー」にて『花は花はどこいった?』写真展。
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本日のウォーホル語録

「ぼくは長い婚約を信じる。期間が長ければ、長いほど、良い。
―アンディ・ウォーホル」


ときの忘れものでは4月19日~5月6日の会期で「わが友ウォーホル」展を開催しますが、それに向けて、1988年に全国を巡回した『ポップ・アートの神話 アンディ・ウォーホル展』図録から“ウォーホル語録”をご紹介して行きます。
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