森本悟郎のエッセイ その後・第12回

福田繁雄(1932~2009) (2) 平面の果ての立体


福田繁雄さんは視覚トリックをつかったビジュアルで、一時代を画し、その作品の特徴はシンプルでユーモラスであるとともに、鋭い批評性をも併せもっていた。ワルシャワ戦勝30周年記念国際ポスターコンクールグランプリ作品「VICTORY」(図1)はその代表である。言語や文化的背景を越えて、純粋に視覚情報だけでメッセージを伝え得る、希有な作家だった。

1「VICTORY」1975図1
「VICTORY」1975


福田さんはヨーロッパのトロンプルイユ(だまし絵)やM・C・エッシャー(1898~1972)を愛し、そんな先人たちの成果に新しい命を吹き込もうとした。グラフィック作品に多用した技法は〈多義図形〉と呼ばれるもので、見方によって図と地が反転して「A」にも「B」にも見えるという「ルビンの壺」(図2)を発展させた作品(図3)や、小さなイメージが集まって別の大きなイメージを形づくるといったもの(図4)など、さまざまなバリエーションをもって展開している。

2「ルビンの壺」図2
「ルビンの壺」


3「SHIGEO FUKUDA展」1975図3
「SHIGEO FUKUDA展」1975


4「NO MORE」1968図4
「NO MORE」1968


さらにパブリックアートからオブジェ大のものまで、立体作品も多く手がけ、それにも福田さんならではの仕掛が施されている。たとえば正面から見ると「あ」、側面から見ると「ん」と読める立体作品「あ–ん」(図5、6)。福田立体作品にはこのような、正面と側面で全く異なったイメージを見せる作品が多いが、こういう方法こそ徹底して平面でかたちを考えてきた人特有の発想だとぼくは思う。つまり彫刻家の作る立体とはまるで出自が異なり、立体ではあるが彫刻ではない。

5「あ–ん」正面図5
「あ–ん」正面


6「あ–ん」側面図6
「あ–ん」側面


立体物を平面に置き換える〈投影図〉というのがある。これには幾つかの方法があるが、建築図面や設計図などによく使われる〈正投影〉は視点を90°ずつ回転させ、正面図・側面図・平面(上面)図の3図で立体を表す方法である。上記の「あ–ん」はこの正面と側面を使ったもの(上面は考慮されていないが、そこに意味のある形を作ることは可能である)で、視点は正面と側面に固定されている。従って固定された視点からずれると無意味な形態として立ち現れることとなる(図7)。

7「あ–ん」斜め図7
「あ–ん」斜め


「立体ではあるが彫刻ではない」といったのは、彫刻は具象抽象を問わず視点を固定することはないが、福田作品はある視点から見たときだけ意味をもつものだからだ。それは福田さんの立体作品ほぼ全てに当てはまることで、ある位置からだけグランドピアノに見える「アンダーグランド・ピアノ」、848本のナイフ、フォーク、スプーンでできた金属塊にある1点から光をあてるとオートバイの影が出現するという「ランチはヘルメットをかぶって」なども同様である。視点を固定することでインパクトのある視覚効果が得られるという立体造形法は、平面のもつ特性を熟知し、かつトリックアート好きな福田さんならではの発想から生まれたのだ。
台場の潮風公園には幾つか福田作品が設置してある。散歩がてら探してみてはいかがだろう。
もりもと ごろう

森本悟郎 Goro MORIMOTO
1948年愛知県に生まれる。1971年武蔵野美術大学造形学部美術学科卒業。1972年同専攻科修了。小学校から大学までの教職を経て、1994年から2014年3月末日まで中京大学アートギャラリーキュレーター。展評、作品解説、作家論など多数。