<迷走写真館>一枚の写真に目を凝らす 第30回>
<A stray photo studio Vol.30> text: Akiko Otake, photograph: Chotoku TANAKA

(画像をクリックすると拡大します)
大聖堂の広場で演奏をする三人の男。演奏している楽器はひとりはトロンボーンで、ほかの二人はよく見えないが、弦でないのはたしかだ。管楽器のトリオのようである。炎天下にやってきて、譜面台を立て、チップ用の鞄を置いて演奏をはじめた。
ところが演奏はしょぼくてまったくいけてない。音程が不安定で、ハーモニーが生まれるどころか、ようやく音を出しているようなおぼつかない状態。無視して通り過ぎる人がほとんどで、鞄のなかはもちろんからっぽだ。
実際はどうだったか。写真に音は写らないから事実は霧の中である。もしかしたら素晴らしく上手で人々は聴き惚れていたかもしれない。でもそのような想像は生まれなかった。この写真のどこかに退屈な演奏を連想させる種があるのだろう。
ひとつには観客がわずかなことである。地面に落ちている影から想像するに十人に満たないだろう。演奏者に頼まれてしぶしぶと集まった友人たち。立ったまま聴かされるのはツラいなあ、早く終わってくれないかなあ、と思っている。
ふたつには演奏者とのあいだの距離である。白々したこの空白には、だれかが意見を言ったあとの沈黙にも似た冷たさがある。口ではお上手をいっても、感じていることはだれも同じなのだ。ずいぶん心臓だなと。
みっつ目は大聖堂が立派すぎることである。どうしたって三人の姿と比べずにはいられない。人間の尺度をスケールアウトした、完成までに職人が何人あの世に逝ったかと思わせるような巨大さ。こういう建築物が相手ではなにが来てもビジュアル的に負けてしまう。弱く小さく見える彼らが演奏も貧弱そうに感じられるのは仕方がない。
だが、考えているうちに、これらの理由はそれほど大きいものではないように思えてきた。もっと重大な鍵をにぎっているものがある。ジャケット姿の男だ。画面の半分ちかくを覆っている彼の大きな背中こそが、演奏をつまらないものに見せている張本人なのではないか。
男の立っている場所はだれよりも演奏者に近い。シャッターが切られたのがもう一歩前ならば、演奏者とのあいだに観客はいなくて陽の当たる敷石が白々と写っただけだ。男の頭に目がいく。頭髪の左側らしきものがわずかに写っている。演奏者のほうを向いて集中しているような素振りだが、頭はわずかに左に曲がっている。最前列にいながら彼は演奏を聴いていなくて、別のことに気持ちがいっているのだ。
見ているうちに、彼はこの場を仕切っている監督のような気がしてきた。陰険な男である。褒めることはぜったいにない。文句をつけだすと嬉々とする。いや、彼の本当の目的は演奏ではないのかもしれない。大聖堂の広場で演奏するヘタクソ三人組を監視するために遣わされた秘密警察かもしれない。すべては彼の大きな背中のせいだ。調和を乱す不穏なものがそこに漂っている。
大竹昭子(おおたけあきこ)
~~~~
●紹介作品データ:
田中長徳
「WIEN 2グラムの光 #5 Wien 1973」
1973年撮影(2015年プリント)
Gelatin Silver Print
Image size: 21.0x31.5cm
Sheet size: 27.9x35.5cm
Ed.10
サインあり
■田中長徳 Chotoku TANAKA(1947-)
1947年 東京都生まれ。日本大学芸術学部写真学科卒。日本デザインセンター勤務を経てフリーランス写真家となる。
1973年から7年間ウィーンに滞在。日本人写真家の巡廻展「NEUE FOTOGRAFIE AUS JAPAN」に参加。文化庁派遣芸術家として、MOMA(ニューヨーク近代美術館)にてアメリカの現代写真を研究。個展多数開催。『銘機礼賛』『屋根裏プラハ』『LEICA, My Life』など著書は125冊に及ぶ。
●展覧会のお知らせ
神田のgallery bauhausで、田中長徳写真展「WIEN 2グラムの光 1973-1980」が開催されています。
会期:2015年6月10日[水]~7月31日[金]
会場:gallery bauhaus
時間:11:00~19:00
日・月・祝日休廊
gallery bauhausのWEBより転載
1973年から7年半のオーストリア滞在中に、ウィーンの街を撮影した膨大なネガからセレクトし、構成した写真展です。このウィーンでの時代を経て、ニューヨーク、プラハ、東京と、以降様々な都市でスナップ撮影を続ける作家による極めて初期の作品群を新たなプリントで展示いたします。
モノクローム(ゼラチン・シルバー・プリント)作品51点を展示。
[田中長徳ギャラリートークのご案内]
ウィーンでPHOTOMENTARY写真を通した世界との出会い、そして感動。田中長徳が実践する人生における写真の楽しみ方を伝授いたします。
日時:2015年7月11日(土) 19:00~ (当日は18:00閉廊、18:30より受付開始)
参加費:2000円
*各回共参加者にPHOTOMENTARY缶バッジ&シールのプレゼントあり。
mailもしくはお電話にて要予約。
お名前・ご住所・お電話番号を明記のうえ、送信して下さい。
E-mail. info@gallery-bauhaus.com
*後日、スタッフより予約確認のmailをお送りさせて頂きます。
・PHOTOMENTARYとは
世界中、どの場所も、その表情は刻々と変わりつづけます。
その光景は、二度と見られないかもしれません。その感動は、忘れてしまうかもしれません。
写真はその大切な一瞬を、永遠に残します。
(同展HPより転載)
◆大竹昭子のエッセイ「迷走写真館 一枚の写真に目を凝らす」は毎月1日の更新です。
<A stray photo studio Vol.30> text: Akiko Otake, photograph: Chotoku TANAKA

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大聖堂の広場で演奏をする三人の男。演奏している楽器はひとりはトロンボーンで、ほかの二人はよく見えないが、弦でないのはたしかだ。管楽器のトリオのようである。炎天下にやってきて、譜面台を立て、チップ用の鞄を置いて演奏をはじめた。
ところが演奏はしょぼくてまったくいけてない。音程が不安定で、ハーモニーが生まれるどころか、ようやく音を出しているようなおぼつかない状態。無視して通り過ぎる人がほとんどで、鞄のなかはもちろんからっぽだ。
実際はどうだったか。写真に音は写らないから事実は霧の中である。もしかしたら素晴らしく上手で人々は聴き惚れていたかもしれない。でもそのような想像は生まれなかった。この写真のどこかに退屈な演奏を連想させる種があるのだろう。
ひとつには観客がわずかなことである。地面に落ちている影から想像するに十人に満たないだろう。演奏者に頼まれてしぶしぶと集まった友人たち。立ったまま聴かされるのはツラいなあ、早く終わってくれないかなあ、と思っている。
ふたつには演奏者とのあいだの距離である。白々したこの空白には、だれかが意見を言ったあとの沈黙にも似た冷たさがある。口ではお上手をいっても、感じていることはだれも同じなのだ。ずいぶん心臓だなと。
みっつ目は大聖堂が立派すぎることである。どうしたって三人の姿と比べずにはいられない。人間の尺度をスケールアウトした、完成までに職人が何人あの世に逝ったかと思わせるような巨大さ。こういう建築物が相手ではなにが来てもビジュアル的に負けてしまう。弱く小さく見える彼らが演奏も貧弱そうに感じられるのは仕方がない。
だが、考えているうちに、これらの理由はそれほど大きいものではないように思えてきた。もっと重大な鍵をにぎっているものがある。ジャケット姿の男だ。画面の半分ちかくを覆っている彼の大きな背中こそが、演奏をつまらないものに見せている張本人なのではないか。
男の立っている場所はだれよりも演奏者に近い。シャッターが切られたのがもう一歩前ならば、演奏者とのあいだに観客はいなくて陽の当たる敷石が白々と写っただけだ。男の頭に目がいく。頭髪の左側らしきものがわずかに写っている。演奏者のほうを向いて集中しているような素振りだが、頭はわずかに左に曲がっている。最前列にいながら彼は演奏を聴いていなくて、別のことに気持ちがいっているのだ。
見ているうちに、彼はこの場を仕切っている監督のような気がしてきた。陰険な男である。褒めることはぜったいにない。文句をつけだすと嬉々とする。いや、彼の本当の目的は演奏ではないのかもしれない。大聖堂の広場で演奏するヘタクソ三人組を監視するために遣わされた秘密警察かもしれない。すべては彼の大きな背中のせいだ。調和を乱す不穏なものがそこに漂っている。
大竹昭子(おおたけあきこ)
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●紹介作品データ:
田中長徳
「WIEN 2グラムの光 #5 Wien 1973」
1973年撮影(2015年プリント)
Gelatin Silver Print
Image size: 21.0x31.5cm
Sheet size: 27.9x35.5cm
Ed.10
サインあり
■田中長徳 Chotoku TANAKA(1947-)
1947年 東京都生まれ。日本大学芸術学部写真学科卒。日本デザインセンター勤務を経てフリーランス写真家となる。
1973年から7年間ウィーンに滞在。日本人写真家の巡廻展「NEUE FOTOGRAFIE AUS JAPAN」に参加。文化庁派遣芸術家として、MOMA(ニューヨーク近代美術館)にてアメリカの現代写真を研究。個展多数開催。『銘機礼賛』『屋根裏プラハ』『LEICA, My Life』など著書は125冊に及ぶ。
●展覧会のお知らせ
神田のgallery bauhausで、田中長徳写真展「WIEN 2グラムの光 1973-1980」が開催されています。
会期:2015年6月10日[水]~7月31日[金]
会場:gallery bauhaus
時間:11:00~19:00
日・月・祝日休廊
gallery bauhausのWEBより転載
1973年から7年半のオーストリア滞在中に、ウィーンの街を撮影した膨大なネガからセレクトし、構成した写真展です。このウィーンでの時代を経て、ニューヨーク、プラハ、東京と、以降様々な都市でスナップ撮影を続ける作家による極めて初期の作品群を新たなプリントで展示いたします。
モノクローム(ゼラチン・シルバー・プリント)作品51点を展示。
[田中長徳ギャラリートークのご案内]
ウィーンでPHOTOMENTARY写真を通した世界との出会い、そして感動。田中長徳が実践する人生における写真の楽しみ方を伝授いたします。
日時:2015年7月11日(土) 19:00~ (当日は18:00閉廊、18:30より受付開始)
参加費:2000円
*各回共参加者にPHOTOMENTARY缶バッジ&シールのプレゼントあり。
mailもしくはお電話にて要予約。
お名前・ご住所・お電話番号を明記のうえ、送信して下さい。
E-mail. info@gallery-bauhaus.com
*後日、スタッフより予約確認のmailをお送りさせて頂きます。
・PHOTOMENTARYとは
世界中、どの場所も、その表情は刻々と変わりつづけます。
その光景は、二度と見られないかもしれません。その感動は、忘れてしまうかもしれません。
写真はその大切な一瞬を、永遠に残します。
(同展HPより転載)
◆大竹昭子のエッセイ「迷走写真館 一枚の写真に目を凝らす」は毎月1日の更新です。
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