芳賀言太郎のエッセイ  特別編
~イスラエルの旅 聖地とイエス・キリストの足跡を訪ねて~


 2015年8月、世界的な猛暑の中で私はイスラエルに滞在していた。イスラエルの下ガリラヤ地方に位置する都市遺跡テル・レヘシュ発掘調査にボランティアとして参加するためである。発掘は日曜日から木曜日まで5日間作業し、金、土の2日間休むサイクルで2週間に渡って行われた。この発掘作業については改めて「イスラエル発掘日記」とでも題して書きたいと思っている。
 今回は休日にエクスカーションとして訪れたイスラエル各地の旅行記を綴りたいと思う。最初のエクスカーションはバスでイスラエル北部のガリラヤを周遊した。ガリラヤ湖(Sea of Galilee)を中心としたこの地域はイエス・キリストが活動を開始し、漁師であったペテロとアンデレ、ゼベダイの子ヤコブ(サンティアゴ!)とヨハネが弟子となった場所である。つまり、ガリラヤ湖畔はイエスの伝道の舞台であり、この小旅行はイエス・キリストの足跡を辿るものである。
 
 バスに揺られながら、最初に訪れたのは「祝福の丘」と呼ばれるガリラヤ湖の北西に位置する丘(標高125m)にある「山上の垂訓教会(Church of Mount of Beatitudes)」である。諸説あるが「山上の説教(垂訓)」として知られるイエスの教えの最も重要な部分が語られたとされている由緒あるこの場所に1938年に建てられたフランシスコ会の教会である。建築としては新しく、観光客向けに整備されている感があるのは否めない。しかし「山上の説教」の「8つの祝福」にちなんで聖堂が八角形をしており、それぞれの面の上部のステンドグラスにラテン語で記されているなど、それなりに由緒のある教会である。教会自体が聖書の教えを伝える役割を担っているのである。

01山上の垂訓教会 外観
中央のドームを4辺の回廊が囲む


02内部ドーム
ステンドグラスには山上の説教から「8つの祝福」が書かれている


BEATI PAUPERES SPIRITU QUONIAM IPSORUM EST REGNUM CAELORUM
(こころの貧しい人たちは、さいわいである、天国は彼らのものである)

BEATI QUI LUGENT QUONIAM IPSI CONSOLABUNTUR
(悲しんでいる人たちは、さいわいである、彼らは慰められるであろう)

BEATI MITES QUONIAM IPSI POSSIDEBUNT TERRAM
(柔和な人たちは、さいわいである、彼らは地を受けつぐであろう)

BEATI QUI ESURIUNT ET SITIUNT IUSTITIAM QUONIAM IPSI SATURABUNTUR
(義に飢えかわいている人たちは、さいわいである、彼らは飽き足りるようになるであろう)

BEATI MISERICORDES QUIA IPSI MISERICORDIAM CONSEQUENTUR
(あわれみ深い人たちは、さいわいである、彼らはあわれみを受けるであろう)

BEATI MUNDO CORDE QUONIAM IPSI DEUM VIDEBUNT
(心の清い人たちは、さいわいである、彼らは神を見るであろう)

BEATI PACIFICI QUONIAM FILII DEI VOCABUNTUR
(平和をつくり出す人たちは、さいわいである、彼らは神の子と呼ばれるであろう)

BEATI QUI PERSECUTIONEM PATIUNTUR PROPTER IUSTITIAM QUONIAM IPSORUM EST REGNUM CAELORUM
(義のために迫害されてきた人たちは、さいわいである、天国は彼らのものである)

03回廊


04山上の垂訓 
カール・ハインリッヒ・ブロッホ画


 次に訪れた「パンの奇跡の教会」(Church of the Multiplication)はガリラヤ湖北西岸の村タブハにある教会で、イエスが2匹の魚と5つのパンを祝福して分け与え、5000人もの人々を満腹にさせた奇跡(マタイ福音書14章14~21節など)に由来している。ここにはローマ帝国がキリスト教化した4世紀中期に教会が建てられ、ビザンチン帝国の発展に伴って6世紀に改修された。その後、イスラム勢力の進出によって廃れ、忘れ去られていたが、20世紀に発掘・再建され、ベネディクト派の修道院となった。
 ロマネスク様式の半円アーチの3廊式で正面祭壇の床にビザンツ時代のモザイクが残り、奇跡にちなむ5つのパン(4つしか見えないが、下にもう1つあることになっている。モザイクという技法の限界である)と2匹の魚の他にも、当時のガリラヤ湖畔に生息していたと思われる動植物が描かれている。
 現在はすでに修復されているが、この教会は今年の5月に放火の被害にあった。壁にはヘブライ語の赤い文字で「邪神の崇拝」を批判する落書きがあり、警察当局はユダヤ教の過激派による犯行とみて捜査しているという。背景には、複雑に宗教が絡み合っているイスラエルの情況がある。日本にいると宗教的な対立を感じるような場面はほとんどないが、イスラエルは違う。3つの宗教の聖地を持つエルサレムを含み、いつ宗教紛争が起こってもおかしくは無いのである。というより、建国以来、一貫して軍事力によって領土を拡張し保全してきたイスラエルは、常に戦時下にあったし今もあると言った方がいいかもしれない。18歳になるとすべての国民が徴兵(男子3年、女子2年の兵役)される現実がそれを物語っている。

05パンの奇跡の教会


06内部

 
07正面祭壇
祭壇の前に2匹の魚と5つのパンのモザイクが描かれている。


08パンと魚のモザイク画
お土産に買ったTシャツの正面にデザインされてある


09床にモザイク画が広がる


10鳥や枝が描かれている


 すぐ近くにあるペテロ首位権教会(St.Peter’s Primacy)はイエスがペテロとアンデレに出会ったという場所に建てられている。内部正面には岩があり、ペテロ(ギリシャ語で岩という意味)を象徴している。その名前とは裏腹にガリラヤ湖畔にひっそりと建つこじんまりとした教会で、正面の岩はメンザ・クリスティ(キリストの食卓)と呼ばれ、これが祭壇となっている。この岩の上で復活後のイエスがペトロたち弟子に食事を与えたとされている(ヨハネ福音書21章4~13節)。
 この食事の後、イエスは自分を三度「知らない」と言ったペテロに三度「わたしを愛するか」と問い、ペテロの三度の「はい」に、三度の「わたしの羊を養いなさい」との言葉を与えて、パウロを使徒として立てたと聖書は記している(ヨハネ福音書21章15~17節)。教会の名前はこの記述に由来するものだが、ペテロの召命と再召命(つまり裏切りとゆるし)を記念するこの教会は、あのバチカンの豪華絢爛なサン・ピエトロ寺院よりよほどペテロにふさわしいように思う。

11ペテロ首位権教会 外観


12内部
ペテロを象徴する岩が正面にある


13ガリラヤ湖


 次に訪れたガリラヤ湖畔の町(Capenaum=Kfar Nahum)は「慰めの村」を意味する。紀元前2世紀頃にできた町で、漁業に加え、オリーブや果物、穀物が豊富であったという。また、交通の要衝でもあり交易も盛んで、ローマ軍の駐屯地として栄え、弟子のマタイが取税人として働いていた収税所があったらしい。イエスは洗礼者ヨハネが捕らえられると故郷のナザレを去り、このカペナウムに移って本格的な活動をはじめた。そのため、別名「The Town of Jesus(イエスの町)」と呼ばれている。紀元3世紀時代のユダヤ教のシナゴーグ跡が残り、見事である。土台はイエス時代のものとされており、玄武岩で出来ている。シナゴーグは2階建てであり、1階は男性、2階は女性と空間が分けられ、それぞれの場所で祈りを捧げていたという。正面の門や柱などが残り大体の規模が想像できる。かつてのユダヤ教徒たちの礼拝の様子が目に浮かぶ。

14カペナウム 遺構


15ペテロが住んだと言われる家の遺構。
のちに教会が建てられたことがわかっており、現在はその上に遺構が見えるようにガラスの床を張った現代的なデザインの教会が建っている。


16シナゴーグ跡


17発掘された彫刻群
ユダヤ教に関する模様が浮き彫りにされている


18ペテロの銅像 
右手に天国の鍵、左手に羊飼いの杖を持つ


19足元にはペテロを象徴する「岩」と「ペテロの魚」


 ガリラヤ湖東岸のエン・ゲブ(Ein Gev)でクルージングと昼食をとる。エン・ゲブは、1937年に出来た由緒あるキブツ(イスラエルの農村共同体)であり、現在はキブツが経営するリゾート地として有名である。
 遊覧船でガリラヤ湖を周遊する。ここから見る景色はペテロが漁をするときに見た景色なのかと思うとなんだか感慨深い。風が心地よく、沿岸で湖水浴する人や水上スキーなどのアクティビティを楽しむ人も多くいた。

20ガリラヤ湖 クルージング


21湖上からの風景


 キブツの経営するレストランでガリラヤ湖名物のセント・ピーターズフィッシュ(St.Peter’s Fish)を食べる。クロスズメダイの一種で、もともとは海水魚であったのが、ガリラヤ湖が淡水化したため、淡水でも生きられるようになったものである。味は淡白、唐揚げにしてライムを搾り、塩を振って食べると美味であった。「聖ペテロの魚」というのは、イエス一行が神殿税を求められたとき、ペテロに湖で釣りをして最初に釣れた魚の口にある銀貨を納めるように命じたという話に由来する(マタイ福音書17章24~27節)。実際、この魚はオスが口の中で卵を孵化させる習性があり、稚魚が再び口に戻ってこないように石を咥えるのだという。銀貨を咥えていても不思議ではないわけである。そんなこともあって、この魚は縁起のよい魚とされている。

22レストラン
看板に1945年開業とある


23セント・ピーターズフィッシュ
ライムを絞って食べる


 午後はゴラン高原にある古代都市の遺跡であるガムラとシナゴーグの遺跡が残るアルベル山を訪れる。それぞれ環境保護区に指定されており、眺めは抜群であった。

24ガムラ遺跡
ローマ軍が攻撃に使った石の砲弾や鉄の矢じりが残る。


25アルベル山 シナゴーグ跡
4世紀頃のものだといわれている


26眺望


 次々と名所を巡る旅というのも大変なのだと実感する。私はパック旅行と呼ばれる旅行やガイドツアーなどの経験がほとんどない。見たいものを見るというのが私のやり方である。気に入った場所は時間をかけ、あまり興味の持てない場所はすぐに移動する。しかし、ガイドツアーはそんな自分勝手は許されない。観光名所を次々に連れ回されている感じがして私の旅行スタイルには合わないように感じた。しかしながら、自分一人では訪れることはないような場所、行きたいと思っても交通手段がなくあきらめざるを得ないような場所にバスで連れて行ってもらえるのはありがたい。ガイドツアーのメリットを感じたのも事実である。旅行に正解はない。それぞれにそれぞれのスタイルがある。その意味では今までしなかったことをしてみるのもいいかもしれないと思った。

(はがげんたろう)


コラム 僕の愛用品 ~旅行編~
第1回 バックパック
GREGORY(グレゴリー) Day&Half  22,680


 旅は荷物を詰めることから始まる。このコラムの1番最初の第一回の巡礼編でもグレゴリーのバックパックについて書いたが、今回は小旅行に使うバックパックについてである。このDay&Halfはグレゴリー社の中でも歴史のあるバックパックであり1977年の発売から現在まで愛され続けている名品である。
 33リットルの容量がありながら重さが880グラムと軽いのがいい。しっかりした作りのバックパックは、その分重くなってしまうものだが、グレゴリーのデイ&ハーフは、耐久性と軽さを同時に実現している。現在はモデルチェンジをして変わってしまったが、Made in USAのモデルである。
 このバックはその名の通り、1泊2日の旅行のための荷物を詰めることを目的としている。使い方は極めて簡単であり、ジッパーをガバッと開けて、ただ荷物を詰める(放り込む)だけである。ポケットは1つもない。不便かと思われるが、逆にポケットがない分だけ荷物を詰めるスペースを広く取れて便利である。私はスタッフバックという小さな小分け袋を使い、おおまかにだけ荷物を分けている。
 私がこのバックパックを手に入れたのは大学の建築学科に入学する直前の春休みであった。池袋のマルイにあるお店でデザインに一目惚れして購入した。1年前のデザインであることを理由にセール価格であったことも後押しした。そして、それはちょうど、関西に1週間かけて1人旅に行く直前でもあった。
 旅のきっかけは高校の英語の教科書にたまたま安藤忠雄について書かれているテキストがあり、興味を持ったためである。英語の先生は建築学科に進む生徒もいるからとのことでこの箇所を授業で取り上げていた。タイトルは「Loosing Battle after Battle」(『連戦連敗』)である。私の安藤建築巡りとでもいうべき初めての1人旅は京都、大阪、神戸、そして直島と巡り、あっという間に終わった。それ以降、私の国内1人旅の相棒であり、大学の授業での相棒でもあった。いつもそばにこのバックパックがあった。使い続けて7年目の現在でも、まったく壊れる気配はない。もし壊れても修理して使い続けるだろう。

27グレゴリー Day&Half



芳賀言太郎 Gentaro HAGA
1990年生
2008年 芝浦工業大学工学部建築学科入学。
2012年 BAC(Barcelona Architecture Center) Diploma修了。
2013年 芝浦工業大学工学部建築学科卒業。
2015年 立教大学大学院キリスト教学専攻キリスト教学研究科博士課程前期

2012年にサンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼路約1,600kmを3ヵ月かけて歩く。
卒業設計では父が牧師をしているプロテスタントの教会堂の計画案を作成。
大学院ではサンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼路にあるロマネスク教会の研究を行う。

●今日のお勧め作品は、君島彩子です。
20150911_kimijima_34_RECALL君島彩子
「RECALL」
2012年
水彩紙、墨
32.0x22.0cm
サインあり


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