中村茉貴「美術館に瑛九を観に行く」 第6回 うらわ美術館

「作家の手の内――スケッチ、デッサン、エスキース」

今回は、瑛九が晩年に過した埼玉県さいたま市(旧浦和市)にある「うらわ美術館」へ伺った。

うらわ美術館_01うらわ美術館(3階)のある浦和センチュリーシティビル。目が覚めるような赤色の彫刻は、内田晴之《重力環―赤/うらわ》2000年。


うらわ美術館_02「作家の手の内」という興味をそそられる展覧会のタイトル。案内葉書には、高田誠《残雪の妙高山麓》1970年が掲載されている。中心から二分された画面には、右側に油彩、左側にスケッチを配している。


本展は、地域ゆかりの作家と本にまつわるアートが軸となったうらわ美術館の収蔵方針と新収蔵作品を公開する目的から展覧会が企画された。美術館の役割をそのまま展示にしたような企画で気難しさはあるけれども、会場を訪れると、ひとひねりもふたひねりもある洗練された企画であることを知ることになる。

例えば、日本画家三尾彰藍(1922 - 2011)の作品については、小品の《岬(下絵)》がはじめに目に入り、手前のコーナーを奥に進むと大きな《岬》の本画が現れる。同じモチーフを描いた小品と大作が並ぶと、小品はかすみ試作品として見てしまうが、本作は小品であっても「作品」として成立していることをまず感じてもらい、その後に本画を鑑賞することで、それぞれに別の良さがあることを発見してもらう狙いがあるという。さらに試作から完成作に至るプロセスを想像することで、作家の作品制作に寄せる意気込みを感じ取ることも出来る。

うらわ美術館_03瑛九の作品が展示されたコーナー。本展に展示された瑛九の作品は、壁面に『瑛九フォト・デッサン作品集 真昼の夢』、のぞきケースに印画紙を切り抜いた型紙4点がある。型紙は、一度フォト・デッサンの制作に使用した印画紙を活用して作られている。逆に型紙を利用してフォト・デッサンが作られていることも分かる展示である。


『瑛九 フォト・デッサン作品集 真昼の夢』より
《散歩》1951年、フォト・デッサン、印画紙、11.0×13.8
《廻転盤》1951年、フォト・デッサン、印画紙、10.7×13.9
《夜の子供たち》1951年、フォト・デッサン、印画紙、11.1×13.8
《かえろ、かえろ》1951年、フォト・デッサン、印画紙、11.1×13.5
《会話》1951年、フォト・デッサン、印画紙、11.1×14.0
《秋のソナタ》1951年、フォト・デッサン、印画紙、14.2×11.1
《食卓》1951年、フォト・デッサン、印画紙、10.9×13.6
《眠りの中の白い馬》1951年、フォト・デッサン、印画紙、11.0×14.1
《丘の歴史》1951年、フォト・デッサン、印画紙、11.1×13.9

うらわ美術館_04《(女性横顔)》1950年代前半、型紙、印画紙、25.0×16.8 


うらわ美術館_05《(女性)》1950年代前半、型紙、印画紙、15.0×7.0


うらわ美術館_06《(ギターと窓)》1950年代前半、型紙、印画紙、27.2×21.0


うらわ美術館_07《(サーカス)》1950年代前半、型紙、印画紙、29.2×22.5
※( )は学芸員が付けた仮題という意味。

うらわ美術館_08[参考] 型紙を作る瑛九。


瑛九の作品には、「真昼の夢」、「かえろ、かえろ」、「秋のソナタ」というように魅力的なタイトルが多い。『瑛九フォト・デッサン作品集 真昼の夢』に収録されている各タイトルは、瑛九が付けたものなのだろうか。

実は、作品タイトルを付けたのは瑛九本人というわけではなく、彼の妻である都や関係者がその場その場でつけていたという証言がいくつか残っている。

たとえば、次のような記事がある。1952年11月10日に発行した『毎日グラフ』では、画面いっぱいに横たわる姿を描いた女性像が《ピアニシモ》というタイトルで表記されている。本作は、『真昼の夢』の《会話》と同じ図柄であるが、タイトルが変わっているのである。

うらわ美術館_09《ピアニシモ》『毎日グラフ』通巻137号(1952年11月10日、毎日新聞社)より


本展は、小規模な展覧会であるが、会場では7名という少ない人選で油彩画、日本画、写真、デッサン、エスキース、スケッチ、水彩、彫刻、本(印刷物)と多岐に渡る表現が並んでいる。「美術とは何か」という問いに対し、「美術」を論理的に解釈するのではなく、「美術」という概念から生まれた作品を見て・感じて、「美術」を考えるための展覧会といえる。そのため、美術館にはじめて足を運ぶ人であっても、美術鑑賞を趣味とする玄人であっても、それぞれの距離感で作品一つ一つを深くあじわえる仕組みになっている。

最後に『真昼の夢』に収録されている作品が掲載された記事をもう一点紹介したい。写真は、《丘の歴史》である。この記事には、本展に通じる次のような言葉が記されている。

「フォート・デッサンは、美を表現する一つの方法で油絵、水彩画、版画、印画紙による美的表現と同一なものである。問題は“美”を表現するにはどの材料が一番相応しいか、抵抗を感じるか、ということで油絵一つにとどまらず、多角的な芸術創造に務めるべきだ」

うらわ美術館_10「絵画の域に写真術 瑛九フォート・デッサン展」(『婦人タイムズ』342号、1955年2月、婦人タイムズ社)


美術館では「完成作」が展示されていることが多い。しかし、作品の理解を深め、作家の意図をくみ取ることの出来る作家の痕跡(スケッチ、デッサン、エスキース)を軽んじてはいけない。プロセスも立派な作品ではないか。そのような瞭然たる学芸員のメッセージが込められた展覧会であった。

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ちょっと寄り道....

今回は、うらわ美術館周辺のアートスポットを紹介したい。

うらわ美術館_11さくら草通りを彩る浦和コルソの外壁には、本展の出品作家である高田誠原画のモザイクが設置されている。高田誠(1913 - 1992)はさいたま市(旧浦和)に生まれ、同市で活躍した洋画家である。多くの美術家を育てた人物としても知られ、地元で愛されている画家のひとりである。国指定特別天然記念物である田島ヶ原のサクラソウがモチーフになっている。


うらわ美術館_12細野稔人《春の譜》1977年。同じく、さくら草通りにある。


うらわ美術館_13こちらは、「さいたまアートステーション」(さいたま市浦和区高砂2-8-9 ナカギンザビル)。さいたまトリエンナーレが来年開催されることから7月に突如あらわれた。今夏からさいたまトリエンナーレのプレイベントがはじまり、日比野克彦や小沢剛などが子供向けのワークショップを企画している。


うらわ美術館_14「さいたまアートステーション」の内装。火曜日・金曜日・日曜日(年末年始を除く)、午後1時~午後7時に開いている。


うらわ美術館_1530年以上さいたま市岸町(旧浦和)で美術作品を紹介している「柳沢画廊」。2・3階と階段の踊り場が展示スペースになっている。浦和に来たらチェックしておくべき場所である。



※本展を取材するにあたって、事前に展覧会のお知らせをいただいたばかりでなく、貴重な時間を割いていただいた松原学芸員と山田学芸員に感謝の意をここに表します。
(なかむら まき)


●展覧会のご案内
「作家の手の内――スケッチ、デッサン、エスキース」
会期:2015年9月5日[土]―9月27日[日]
会場:うらわ美術館 ギャラリーB・C
時間:10:00~17:00、土曜日・日曜日のみ10:00~20:00(入館は閉館の30分前まで)
休館:月曜日、9月24日(木)
主催:うらわ美術館
出品作家:瑛九/柏原えつとむ/川村直子/高田誠/中村宏/林武史/三尾彰藍

スケッチ、デッサン、エスキース、ドローイング、試作品等――創作過程で生み出される作品には、どのように構想が練られたのかが刻まれており、作者の思考過程を垣間見ることができます。

完成図の輪郭線を忠実に描き出した下絵や、あくまでイメージを練り上げるために重ねたスケッチ等、創作のプロセスをどのように、どの程度重ねていくかは作家により様々です。それらは作品制作のための単なる準備資料にとどまらず、作家の造形感覚を堪能しながら制作過程を追体験できる資料として注目できるのです。

本展は今まで鑑賞の対象とされる機会がなかった資料類に焦点を当てます。作家の手の内を探るように、それらを味わってみてはいかがでしょうか。完成した作品と共鳴しながら、作品の新たな魅力を私たちに伝えてくれることでしょう。(同展HPより転載)

*画廊亭主敬白
上掲うらわ美術館の会期は明日27日まで。ほんとうはもう少し早く掲載したかったのですが諸般の事情で最終日ぎりぎりになってしまいました。取材にご協力いただいた美術館の方には申し訳なく思っています。
本日26日は通常なら「スタッフSの海外ネットサーフィン」の掲載日なのですが(既に原稿は準備できています)数日遅らせての掲載になります。

●今日のお勧め作品は、瑛九です。
20150924_qei_ai-dessin瑛九
「愛のデッサン集より」
1935年
ペン・紙
シートサイズ:21.4x14.6cm
裏面に《1935年作(愛のデッサン集)》と記載あり


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