笹沼俊樹のエッセイ「現代美術コレクターの独り言」 第21回

「又、会う日まで」


 多様な壁と対面し、ある時は冷や汗の出るようなスリル感を味わい自分の甘い思考や感覚と戦い、又老練な画商と戦い<現代美術の作品コレクション>を行ってきた結果として、自分の手元に“作品”が残っている。
 それらの作品を時折眺めていると、いつも、フウッと思うことがある。「作品を入手するまでの過程」が頭をよぎる。それは、「作品をなんとか入手しようと、全知を傾けてそれを追っている」時のことだ。この過程に、自分にとって表現のしようのない程の強い緊張感や充実感を感じることが多かった。ある意味では、作品そのものより、この過程の中に、“生きがい”のようなものを見い出しているケースが多かったようにも思えてならない。
 この過程は、作品のように色彩も、形もない。ただ、記憶の中に浮遊しているのだ。そして、時間の経過と共に、徐々に記憶の中で、フェード・アウトしてゆく。実にはかないもの。なんとか、自分の中に、これを末長く、色褪せず残しておけないか……。これは、大切な自分の足跡でもあるのだ。
 “日記”をつけ始めた。
 1972年9月3日から始めている。当初は画廊や百貨店の絵画コーナーで聞いた価格の数値の羅列。1972年12月6日頃から、日記の一部分に、価格だけでなく、その作品を見た自分の感想も書き留めだした。
 当時、切実な問題として、作品を購入する資金が自分に重くのしかかっていたことが分る。「高値では買いたくない」 数値データの記述の背後にそれが見えてくる。
 だが、飽きもせず、このコレクション日記も進化を重ねながら40年以上も続いている。この中で、特に大切にしているものは、多様な未知の世界を知り、多様な学習をしたニューヨーク駐在期〔80年代後半〕及び欧米への海外出張時につけた日記である。ノートに細かな字でビッシリと記述された10冊のこの時期の日記。これを読むと、“忘却の彼方”に押しやられたものが、昨日のことのように、生々しく再生されてくる。
 前回のエッセイの終りの部分で、次回は“日記”について記述すると一言そえた。
 その為、気持ちを新たに、日記を読み始めた。今迄、読んだ時に見すごした、<沢山の教訓><美術市場の習性><コレクターとしての視角>……などが文章の背後にあるのを感知。これを現代の感覚で拾いなおしてみたいと思った。
 いくつもの“宝”を掘り出してみたい。
 これをするために、暇をいただきたい。それは数ヶ月間。そして、2016年には、今迄と異なった新しい姿で、皆様と再び対面したいと思います。これまで、予想もできない程の沢山の方々に拙稿をお読みいただきました点、感謝しても、しきれません。我が儘をお許し下さい。
 尚、今、平行して、「河原温の想い出」も執筆中です。では、又、会う日まで。“8の日”を忘れないで……!
ささぬま としき

笹沼俊樹 Toshiki SASANUMA(1939-)
1939年、東京生まれ。商社で東京、ニューヨークに勤務。趣味で始めた現代美術コレクションだが、独自にその手法を模索し、国内外の国公立・私立美術館等にも認められる質の高いコレクションで知られる。企画展への作品貸し出しも多い。駐在中の体験をもとにアメリカ企業のメセナ活動について論じた「メセナABC」を『美術手帖』に連載。その他、新聞・雑誌等への寄稿多数。
主な著書:『企業の文化資本』(日刊工業新聞社、1992年)、「今日のパトロン、アメリカ企業と美術」『美術手帖』(美術出版社、1985年7月号)、「メセナABC」『美術手帖』(美術出版社、1993年1月号~12月号、毎月連載)他。

※笹沼俊樹さんへの質問、今後エッセイで取り上げてもらいたい事などございましたら、コメント欄よりご連絡ください。

●書籍のご紹介
笹沼俊樹『現代美術コレクションの楽しみ』笹沼俊樹
『現代美術コレクションの楽しみ―商社マン・コレクターからのニューヨーク便り』

2013年
三元社 発行
171ページ
18.8x13.0cm
税込1,944円(税込、送料別途)

舞台は、現代美術全盛のNY(ニューヨーク)。
駆け出しコレクターが摩天楼で手にしたものは…
“作品を売らない”伝説の一流画廊ピエール・マティスとのスリリングな駆け引き、リーマン・ブラザーズCEOが倒産寸前に売りに出したコレクション!? クセのある欧米コレクターから「日本美術」を買い戻すには…。ニューヨーク画商界の一記録としても貴重な前代未聞のエピソードの数々。趣味が高じて、今では国内外で認められるコレクターとなった著者がコレクションの醍醐味をお届けします。(本書帯より転載)

目次(抄):
I コレクションは病
II コレクションの基礎固め
III 「売約済みです」―ピエール・マティスの想い出
IV 従来のコレクション手法を壊し、より自由に―ジョエル・シャピロのケース
V 欧米で日本の美を追う
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*画廊亭主敬白
というわけで笹沼さんの連載はしばらくお休みとなります。
小林美香さんにつぐ休載で、加えて大番頭が産休にはいるので、それらの穴をどう埋めようかと亭主は頭がいたい。皆さん早く帰ってきてください!
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●今日のお勧めは、森内敬子です。
20151231_moriuchi1森内敬子 Keiko MORIUCHI
ダイヤモンドもついに溶ける

1991年
カンバスに油彩
イメージサイズ:53.0×45.0cm
裏面にペンサインあり