芳賀言太郎のエッセイ 特別編 
~カンボジア滞在記 2~


 カンボジアという国は知らなくてもアンコール・ワットという名前を知っている人は多いのではないだろうか。歴史上最大の石造都市である。日本人にも人気の海外観光スポットであり、現在のカンボジア国旗の中央に描かれているのもアンコール・ワットである。

01アンコール・ワット


 アンコール遺跡群の観光拠点となるシェムリアップから車で約20分。密林の中から忽然と古代の遺跡が姿を表す。アンコール・ワットは約30年の歳月をかけて建設されたヒンドゥー寺院である。

02アンコール・ワット 中心部


アンコール・ワット。
ここはひとつの世界であり、宇宙である。

03回廊


04回廊 浮き彫り


05デバター


06


 アンコール・トムの中心にバイヨン(Bayon)はある。12世紀末に建設された寺院である。クメール語でバは「美しい」、ヨンは「塔」で、「美しい塔」の意味を持つ。その名の通り、このバイヨンを特徴付けるのは、中央祠堂をはじめ、塔の4面に彫られている人面像(バイヨンの四面像)である。観世菩薩像とも、ジャヤーヴァルマン7世を神格化したものとも、ヒンドゥー教の神々を表しているとも言われている。その表情は「クメールの微笑」として知られるが、怒りでも、悲しみでもなく、もちろん無表情というのでもなく、一言では表現することのできない複雑な、というか、何かを表現することを拒むような表情である。自分の浅さや薄さが見透かされているような、それでいてそうしたものさえも受け入れているような気がする。ただ「ある」こと、「いる」こと、存在していることそのものを表現していると言ったら違うだろうか。

07バイヨン 入り口


08バイヨン


09回廊 レリーフ


10祠堂


11人面岩


12


 膨大なアンコール遺跡群の中で一番印象に残ったのがタ・プローム(Ta Prohm)である。巨大に成長したガジュマル(榕樹)によって遺跡が飲み込まれようとしている。国民的漫画「ワンピース」の空島編ではまさにこのような描写があった。クメール王朝であるアンコール朝のジャヤーヴァルマン7世によって12世紀末に仏教寺院として建立された。後にヒンドゥー教寺院に改修されている。ガジュマルによる浸食が激しく、遺跡には、木の根や幹が食い込んでいる。発見時の状態を保持するという立場と、むしろガジュマルが遺跡を支えているのではないかという視点から、自然の力をそのままにして遺跡と共存を図ってきた。樹木を伐採せず、石の積み直しなどの修復を出来るだけ加えずに、維持されてきた。ガジュマルは今も成長を続けているので、その意味でタ・プロームも日々その姿を変えている。それは必ずしも樹木によって遺跡が破壊されているということではないだろう。木と石、自然と人工とが一体となって呼吸し成長しているということではないだろうか。この遺跡は生きているのである。

13タ・プローム 入り口


14侵食するガジュマル


15大樹と遺跡
大蛇のようである


16タ・プローム 


 遺跡をめぐるツアーも終わり、ホテルに帰るために車に乗り込む。そのときに子どもたちがワッと近くに寄ってきた。いろいろな雑貨が入ったカゴを手に提げて、「1ダラー!1ダラー!」とさけびながら私に詰め寄る。これが彼ら、彼女らの仕事なのだ。誰もがその日1日を生活するために必死だった。目の奥には暗いものがあるように感じ、貧困の中を生きてきた闇を内包していることは読み取れた。ひょっとしたらその収入が家を支えているのかも知れないし、親からきついノルマが課せられているのかも知れない。しかし、生きるという意志を秘めた瞳のきらめきを同時に感じ、希望を失ってはいないようにも感じた。いずれにしてもその目には怖いくらいの力があった。私は何も買わなかった。車が走り出すまで、子どもたちはずっと私の側を離れなかった。いつか、ここに戻ってきたときには「そのカゴの中のものを全てちょうだい」といい、自分で稼いだお金で子どもたちのおもちゃを買い、言い値の値段を払い、子どもたちにお金を落としていきたいと思った。
(はが げんたろう)


コラム 僕の愛用品 ~カンボジア、フィールド・ワーク編~
第2回 靴
adidas スーパースター

 旅する靴は履き古したものがいい。旅行のために靴を新調するのも気分が上がってよいかもしれないが、私はその高揚感よりも靴ずれを起こし、歩くのが苦痛になるイメージが先行してしまう。ボロボロであっても履き慣れたものがよく、旅の最後には捨ててくることがほとんどである。サンティアゴ巡礼の際にも1600km歩いた相棒は最果ての地、フィステーラの海岸に置いてきた。
 このスーパースターは高校時代から履き続けてきたスニーカーである。もうボロボロで日常生活では履くことはなくなっていたのだが、捨てるに忍びず靴箱の奥に眠っていたものをこのカンボジアのフィールド・ワークのために引っ張り出してきた。
 この靴はもともとバスケットシューズである。1970年に発売され、それまではキャンパス製が主流だった中、オールレザーでありながら「素足に三本線がプリントされているよう」と言わしめたほど軽い履き心地で、あっという間にプロ選手の間に広まった。70年代半ばには、NBA選手の75%以上が着用していたという。
 当時はパフォーマンス重視の実用的な性格が強かったが、機能に裏打ちされたシンプルなデザインは、選手以外にも愛用者を増やし、80年代にはニューヨークのヒップホップミュージシャン達が愛用する。これをアディダスが公式にサポートしたことから、スーパースターはファッションと音楽に結びついて、世界的なストリートウエアの定番となった。
 2015年は生誕45周年ということで、限定品やコラボレーションモデルなどが続々と登場して話題となり、約3万円もするMade in Franceのsuperstarまで発売された。私は帰国後、六本木のアディダスショップでネイビースエードのスーパースターを購入した。
 道路脇にゴミ袋が積まれている。ここがゴミ捨て場なのだろうか。手にぶら下げていたスーパースターをゴミ袋の隣に置いた歩き出し、後ろを振り向くと、一人のおじさんが拾っていった。こんなボロボロの靴でも履いてくれるなら、ありがたいものだ。置いていった甲斐があるというものだ。捨てるにはまだ早いということだ。スーパースターはカンボジアでもやはりスーパースターだった。

17スーパースター



芳賀言太郎 Gentaro HAGA
1990年生
2009年 芝浦工業大学工学部建築学科入学
2012年 BAC(Barcelona Architecture Center) Diploma修了
2014年 芝浦工業大学工学部建築学科卒業
2015年 立教大学大学院キリスト教学研究科博士前期課程所属

2012年にサンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼路約1,600kmを3ヵ月かけて歩く。
卒業設計では父が牧師をしているプロテスタントの教会堂の計画案を作成。
大学院ではサンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼路にあるロマネスク教会の研究を行っている。

●今日のお勧め作品は、内間安瑆です。
20160111_uchima_15_forestbyobu_fragrance内間安瑆
「FOREST BYOBU(FRAGRANCE)」
1981年
木版
Image size: 76.0x44.0cm
Sheet size: 83.6x51.0cm
A.P.
サインあり

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◆芳賀言太郎のエッセイ「El Camino(エル・カミーノ) 僕が歩いた1600km」は毎月11日の更新です。