藤本貴子のエッセイ「建築圏外通信」第6回

美味しい〆サバを食べました。ふっくらしていてみずみずしく、旨味がある。冷凍加工品の解凍ですが、過度な味付けはされていないので、さばきたてのお刺身をいただいているみたいです。お酒もぐっとすすみます。〆サバのみならず、つみれ、塩辛、タラフライ、あんこうのとも和え。これらは、先日訪れた福島県相馬市の魚屋さんで入手しました。どれも人工調味料を使わず、素材そのものの味を生かした加工品。意気揚々と帰宅し、その日はそのまま酒盛りと相成ったのでした。
訪れた魚屋さん、「センシン食品」さんは相馬市の松川浦に面しており、澄んだ冷たい冬の空気に浦の水面がきらきら輝いていました。訪れた日は波も穏やかで美しかったですが、2011年にはやはり津波で大きな被害を受けています。仮設の建物で営業しているお店も多く見かけました。
経営されている“相馬のおんちゃま”こと高橋永真さんは、主に相馬で水揚げされた魚介類を使って加工品を作られています。震災以前は大手チェーンの飲食店とも取引があったそうです。しかし、大手外食産業との取引は、決まったメニューを提供するために、不本意な品質のものしか用意ができなくても納品しなければいけない。できなかった場合は、その売り上げ分を魚屋さんが補填しないといけなかったといいます。そんなことをしていたら潰れてしまう、ということで、品質の悪いものでも無理矢理出荷せざるを得ないという構造になっていたそうです。高橋さんは現在、自分の納得のいく品質のものだけを直接消費者に販売するという道を選択されています。

DSC04982松川浦を望む、筆者撮影


先日、公共の仕事にも長年関わられてきた建築家の方のお話を伺う機会がありました。印象的だったのは、予算の組み方の変化について話されたことでした。かつては躯体から仕上げに至るまで、自分たちで見積もりをとって予算管理をしていたというのです。そのため、構造そのものからどう予算を落としていくか、構造家と相談して新しい技術的なアプローチを模索したり、地元の石屋さんと相談してタイルを焼いてもらったり。設計はものづくりと一体となっていたのでした。しかしやがて自治体の基準ができ、全てをカタログから選ぶようにシステム化されてしまう。建築家が建物をつくろうとするなら、生産過程全てに関わろうとするのは至極まっとうなことのはずです。しかし、システム化された社会がそれを阻んでいる。どうも、魚の流通と同じことが起きている。
震災の時に感じた恐怖は、災害や放射能そのものの恐ろしさよりも、社会の構造に対する無力感に由来していました。テレビをつけて、事態を静観する以外に何もすることができない。勝手に自分は自由の身だと思っていたけれど、全くそうではなかったと思い知らされたことは衝撃でした。
強大なシステムに対して、我々がまっとうだと思えることを実行するにはどうすればよいのか。前述の高橋さんの加工品は全国から人気で、注文の8割は県外のお客さんで、SNSでの発信をチェックしネットで購入するそうです。
まあ、とにかく理屈をつけなくとも、美味しいものは美味しい。美味しいものをいただくことで少しでも強固なシステムに抵抗できるなら、言うことはありません。

高橋さんの美味しい海産物はこちらからどうぞ↓
http://www.somanoonchama.com

ふじもと たかこ

藤本貴子 Takako FUJIMOTO
磯崎新アトリエ勤務のち、文化庁新進芸術家海外研修員として建築アーカイブの研修・調査を行う。2014年10月より国立近現代建築資料館研究補佐員。

●今日のお勧め作品は、フランク・ロイド・ライトです。
20160222_wright_01フランク・ロイド・ライト
「Gerts Walter Residence」
1905年
紙に水彩とインク
40.0x74.0cm


こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください

◆藤本貴子のエッセイ「建築圏外通信」は毎月22日の更新です。