小林美香のエッセイ「写真集と絵本のブックレビュー」第2回

アレン・セイ 『Grandfather’s Journey(おじいさんの旅)』 
写真が紡ぐ家族と歴史の物語


今回紹介するのは、アメリカの作家、イラストレーターのアレン・セイ(Allen Say 1939-(本名はJames Allen Koichi Moriwaki Seii))の『おじいさんの旅(原題:Grandfather’s Journey)』です。本名からも察しがつくように、アレン・セイは、日系アメリカ人で、アメリカ人の母と韓国人の父の間に日本で生まれ、16歳の時に渡米、建築を学んだ後、アメリカ陸軍に従軍、除隊後は商業写真家として生計を立てながら、イラストレーション、絵本の仕事に取り組み、50歳を過ぎてから絵本作家として知られるようになったという経歴の持ち主です。『おじいさんの旅』は、セイが発表してきた日系アメリカ人としてのアイデンティティ、歴史に関わる絵本作品の一つで、明治時代に渡米した彼のおじいさんの人生の軌跡を辿りつつ、彼自身の人生を振り返る自叙伝的な物語として構成されています。
セイの絵本は、商業写真家としての経験が反映されていて、水彩画による写実的で端正な描写が特徴的です。とくに『おじいさんの旅』は、セイがおじいさんから聞いた話やおじいさんにまつわる記憶を、写真を見ながら回想するような語り口で話が展開していくため、写真を下敷きしたと思わせるような描き方が、物語の舞台になっている時代(19世紀末から20世紀半ば)における写真のあり方を反映しています。絵の描き方や見開きのシークエンスなど絵本の構成に見れられる「写真的な要素」に注目しながら、物語のあらすじを辿っていきましょう。

01(図1)
アレン・セイ
左『おじいさんの旅』(2002 ぽるぷ出版)
右 『Grandfather’s Journey』(1993)


02(図2)
左 ぼくのおじいさんが世界をみようと旅にでたとき、おじいさんはまだ若者だった。
右 はじめておおきな船にのった。太平洋はおどろきだった。


まず表紙(図1)ですが、高い波を背景に傾く船の甲板の上で、よろめきそうになりながら立っている青年が描かれています。大きな黒いコートを着て、帽子を風に吹き飛ばされないように両手でしっかりと押さえており、硬く引き締まった表情で正面を見つめる様子は、航海の記念に撮影されたスナップ写真を連想させます。表紙からも見て取れるように、この絵本はで黒い枠線の中に絵が描かれており、中のページでは絵の下に文章が添えられ、見開きで左右の絵にコントラストが生み出されるような組み合わせ方がなされています。
物語の冒頭のページ(図2)では、左ページにおじいさんが若者だった頃の和装のセピア色のポートレート写真が、右ページに表紙と同じ絵が組み合わせられています。どっしりと安定した佇まいを漂わせるポートレートと組み合わせられることによって、甲板の上に立つおじいさんの不安定な様子や、大き過ぎる「はじめての洋服」のぶかぶかな様子が際立ち、「若者」というよりもずっと幼い「少年」のような印象すら与えるものになっています。

03(図3)
左 砂漠にたった巨大な彫刻のような岩に目をみはった。
右 はてしのない畑をみわたして、わたってきた海をおもった。


04(図4)
左 おおくの人びとにであった。黒人に白人、東洋人にインディアン、みんなと握手をした。
右 旅をつづければつづけるほどあたらしい風景をみたくなり、おじいさんは故郷をおもいだしもしなかった。


このように、左右のページで人物の大きさにコントラストをつけて描き組み合わせるという方法は、若き日のおじいさんがアメリカ各地を廻りさまざまな体験を重ねていく過程を語る場面で用いられています。たとえば、光に照らし出されたグランド・キャニオンに佇む小さな後ろ姿として描かれているページの隣では、畑の中で横向きに佇む姿が描き出されています(図3)。(図3)のような見開きの絵は、写真を元にというよりも、おじいさんから聞いた話をもとに想像して描かれたもののように見えるのですが、人物が正面を向いた状態で描かれている絵は、写真を元に描かれた印象を強く与えます。たとえば、おじいさんがアメリカでさまざまな人にであったことを語る場面(図4 左)は、床屋のポーチの前に黒人や白人などさまざまな人種の男性達と一緒に写った写真を元に描かれています(それぞれのポーズや表情の違いも興味深いところです)。またこのような人物の集合する場面は、航行する船の上に描かれた人物のシルエットと対応するように人物の大きさにコントラストをつけて組み合わせられています。
アメリカ各地を廻ったおじいさんは、やがてカリフォルニア州に落ち着き、一度日本の故郷の村に戻って幼なじみの娘と結婚し、二人でアメリカに戻ってサンフランシスコに住み、そこで娘(セイの母親)が産まれます。娘が成長するにつれて、おじいさんは故郷のことを懐かしく思い出すようになります。このようにおじいさんが家庭を持ち、娘の成長する過程は、若夫婦が産まれたばかりの赤ちゃんを抱いて写っている家族写真(図5左)と、写真館で撮影された娘の写真(図5右)によって描かれています。家族揃って洋服を着ていることや、娘が金髪巻き毛の人形を乗せた玩具の乳母車の脇に立っている様子など、おじいさんがアメリカ(西洋)社会の中で暮らす中で身につけた所作を強く印象づけます。

05(図5)
左 新婚のふたりはカリフォルニアの街サンフランシスコにすみ、そこで娘がうまれた。
右 娘の成長をみながら、おじいさんは自分の幼いころをおもった。幼ともだちがなつかしくおもいだされた。


06(図6)
左 しかし故郷の村はサンフランシスコでそだった娘にはあわなかった。おじいさんは都会にすまいをうつした。
右 娘はその都会で恋をし、結婚した。まもなく、ぼくがうまれた。


娘が大きくなってからおじいさんは家族とともに日本の故郷に戻りますが、娘は故郷の村には馴染めなかったため、おじいさんは都会に住まいをうつし、そこで娘は結婚します。洋服を着て故郷の村の家から出て行く娘(図6左)と、洋装の夫(セイの父親)と一緒に結婚の記念写真に写る和服の娘(図6右)が組み合わせられることで、日系米人として生まれながら、日本に帰化した娘の境遇が鮮かに描き出されています。

07(図7)
左 ちいさいころ、ぼくはおじいさんの家へいくのがいちばんのたのしみだった。おじいさんはカリフォルニアのことを、いろいろはなしてくれた。
右 おじいさんはその家でメジロやウグイスをかってみても、カリフォルニアの山や川がわすれられなかった。またもどろうと心にきめた。


08(図8)
左 おじいさんたちは、ふたたび故郷の村にもどった。そこで小鳥をかうことはなかった。
右 ぼくがおじいさんと最後にあったとき、おじいさんはもういちどカリフォルニアをみたいといった。でも、もどることはなかった。


その後1939年にセイが生まれ、第二次世界大戦中と戦後におじいさんとセイの関係が描かれていきます。おじいさんはいつかカリフォルニアに戻りたいと願い、セイにカリフォルニアの話をいろいろと語り聞かせますが、太平洋戦争が勃発し、終戦を迎えた頃にはおじいさんはもう戻ることができないほど、年齢を重ねてしまいます。おじいさんとセイを描いた絵は、カメラへの視線の向け方という点で興味深いものがあります。幼い頃のセイとおじいさんを描いたページ(図7左)では、おじいさんが家の庭でセイの後ろ側にまわり、セイにカメラのレンズの方を向くようにと促すような表情で、セイは幼い子供らしく視線をややそらすような表情で描かれています。(図8右)戦後になっておじいさんとセイが最後にあったときの写真では、セイがおじいさんの後ろに回っておじいさんの肩に手を置いています。二人とも正面を向いていますが、おじいさんの視線には(図7左)の時のような力が感じられません。

09(図9)
そしてぼくがおじいさんとおなじ若者になったとき、カリフォルニアにいくことにした。(中略) 不思議なことに、いっぽうにもどると、もういっぽうが恋しい。


10(図10)
いまぼくは、おじいさんのことがわかってきたようだ。もういちど、おじいさんにあいたい。


成長したセイはカリフォルニアに渡り、やがて家族を持つようになります(図9)。カリフォルニアでヤシの木と青空を背景に佇むセイは、若き日のおじいさんの面影を残していますが、表紙(図1)のおじいさんとは違って、身体にぴったりとあった洋服を着てしっかりと地面に立っています。セイはアメリカに根をおろしつつも故郷が恋しくなって故郷に戻ることもありますが、アメリカと日本の間を行き戻りすることに対して、「不思議なことに、いっぽうにもどると、もういっぽうが恋しい。」と語っています。
物語は、最初の見開き(図2左)で登場したおじいさんのポートレート写真で締めくくられます。最初は写真の画面全体が描かれていましたが、最後では、写真に楕円形の窓がくり抜かれた台紙が被せられています。つまり、最初は「像(イメージ)」として描かれていたポートレートが、最後には「もの」として差し出され、同じ写真に立ち戻りつつも、過ぎ去った時間の奥行きをさらに深めて示してもいるのです。「いまぼくは、おじいさんのことがわかってきたようだ。もういちど、おじいさんにあいたい。」と、手元に置かれた写真に語りかける切々とした語り口は、おじいさんとセイ自身の人生に響き合い、読者の胸に迫ってきます。写真が家族の個人的な物語を紡ぎ出し、手元に留めておくための縁(よすが)となるだけではなく、一人一人の人生の営みが、より大きな歴史(この物語で具体的に語られているのは、移民の歴史や第二次世界大戦)と深くつながっていることの証となることを、セイはその人生経験から深く理解しているのです。
こばやし みか

●今日のお勧め作品は、ラルフ・スタイナーです。
作家と作品については、小林美香のエッセイ「写真のバックストーリー」第14回をご覧ください。
20160325_steiner01_untitledラルフ・スタイナー
「無題(自転車)」
1922年以降
ゼラチンシルバープリント
11.6x9.0cm
サインあり


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