森本悟郎のエッセイ その後・第26回

赤瀬川原平とライカ同盟 (6) パリ開放(下)


2000年4月1日、「ライカ同盟 パリ開放」展は初日を迎えた。冗談好きなライカ同盟にふさわしくエイプリルフールに決めた──わけではない。たまたまこういう会期になっただけの話である。

もう会場に写真はピタリと並んで、タイトルも最終的にすべて決着して、もう今日は労働はないんだという気持ちよさが、展覧会のオープニングの特徴である。
赤瀬川原平『ゼロ発信』中央公論新社、2000年

出展作品は全93点。展覧会で作品配列というのは重要な仕事の一つだが、ライカ同盟に関してはぼくがほぼ全面的に請け負っていた。ライカ同盟作品の配列ポイントは、まず劈頭の1点を決めるところからはじめ、その後、撮影場所やモチーフや色彩や気分の連鎖を考えながら、連想ゲームのように並べていくところにある。時系列は一切考慮しなかった。一通り配列したのち、壁面の形状・長短に合せて若干調整する程度で完成となる。当時C・スクエアは2会場あったので、はじめに2グループに分け、上記の作業を2度おこなった。

01展示風景


この日は恒例のトークイベントがあり、ゲストはフランス文学者でシュルレアリスム研究家の巖谷國士さん(氏にはのちにC・スクエアの専門家委員に就いていただくことになる)。フランス語に通じているのはもちろん、パリについての蘊蓄もさすがに豊富で、撮影者が気づかなかった場所の意味を説明されることで、作品の新たな解釈が生まれるのだった。たとえば赤瀬川さんの「犯罪ダム」は市中にあるサンテ刑務所の壁を撮ったものだが、その壁についている通りの名称を示す看板「RUE DE LA SANTÉ」は、日本語では「健康通り」になるということで大爆笑。「健康刑務所とはすごいねー」と赤瀬川さんが唸った。ここにはギョーム・アポリネール、ジャン・ジュネ、大杉栄らも収監されたことがある。

02_赤瀬川原平「犯罪ダム」
あとで知ったことだが刑務所は撮影禁止だそうで、カメラを向けるとパトカーが寄ってくるらしい。右側の影になった塀側はアラゴ通りで、マロニエの並木の中にヴェスパジェンヌ(財政対策として有料公衆トイレを設置したローマ帝国のウェスパシアヌス皇帝にちなんだ名称)と呼ばれるパリ最古の男性専用小用トイレがあり、これは無料である。ロバート・フランクが赤瀬川さんとほぼ同じアングルで撮った作品にはこのトイレが写っている。


03ロバート・フランク『パリ』1950



この展覧会はタイトルも展示作品もそのまま、翌2001年の7月14日(パリ祭)に第2作品集として刊行された。後年、パリ在住の写真家オノデラユキさんはこの写真集を見て、「全然パリらしくない」と感想を漏らしたが、それはライカ同盟にとってまことに名誉なことだとぼくは思った。パリという街は「アジェ、ブラッサイ、イジス、ロベール・ドワノー、さらにケルテス、キャパ、ブレッソン、フランクと思いつくだけでも沢山の写真家が写して」(高梨豊「出発を前に」『ライカ同盟 パリ開放』アルファベータ)いるにもかかわらず、先人たちから自由な(パリらしくない)パリを写真に収めることができたのだから。

04_高梨豊「カメラ城にて」
〈赤瀬川〉高梨さんは、ガラス越しのカメラ城の写真がいいですね。高梨さん自身が写っているんだよね。ちゃんと脇をしめてさ。
〈高梨〉脇をしめてるところだけ見てください(笑)。
(『ライカ同盟 パリ開放』巻末座談会より)



04_1_赤瀬川原平「エッフェル塔の穴」
〈高梨〉赤瀬川さんの写真ではエッフェル塔から下を撮ったのがよかったですよね。
(同前)



05_秋山祐徳太子「白馬の発走」
〈赤瀬川〉僕がまいったなぁと思ったのは祐徳さんのウィンドウの馬の写真ですね。祐徳さんって撮ってるときは頼りないんだけど(笑)、あとで写真を見るといいんですよ。
(同前)



『ライカ同盟 パリ開放』アルファベータ『ライカ同盟 パリ開放』アルファベータ
編集:野口達郎
デザイン:田淵裕一



もりもと ごろう

森本悟郎 Goro MORIMOTO
1948年愛知県に生まれる。1971年武蔵野美術大学造形学部美術学科卒業。1972年同専攻科修了。小学校から大学までの教職を経て、1994年から2014年3月末日まで中京大学アートギャラリーキュレーター。展評、作品解説、作家論など多数。

●今日のお勧め作品は、秋山祐徳太子です。
20160528_aikyama_05_sankaku秋山祐徳太子
「三角男」
1989年
ブリキ彫刻
H27x11.5x11.5cm
台座の裏にサインと年記あり


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