芳賀言太郎のエッセイ 特別編 
~北北東に進路を取れ! 東京 ― 岩手540km自転車の旅~
東北の地に巡礼路をつくるために。


第2話 栃木 ― 仙台 ~4号線を北上せよ~

5月21日(木)  栃木 ― 宇都宮 ― 那須塩原 ― 仙台

 ポール・スミスは少年の頃、自転車選手を目指していた。12歳から自転車に乗り始め15歳で学校を自主退学までしてしまう。プロのレーサーを目指してトレーニングに励むが18歳の時に事故で重傷を負い、ロードレーサーの夢は断念せざるをえなかったが、自転車への情熱は消えることはなかった、ブラッドリー・ウィギンス、マーク・カヴェンディッシュ、デイヴィッド・ミラーをはじめとして選手たちとは親しい友人であり、70年代から集め始めたサイクリングジャージの膨大なコレクションは彼のデザインに大きなインスピレーションを与えてきた。
 2010年にはチームスカイのスポンサーでもあるラファとサイクリングウエアとアクセサリーのコレクション「ラファ+ポール・スミス」を発表している。2013年にはジロ・デ・イタリア 2013の入賞ジャージをデザイン。さらにイタリアのバイクメーカーピナレロとのコラボレーションで「ピナレロ ドグマ 65.1 ポール・スミス リミテッド エディション」を発表するなどロードレース界との関係は深い。
 2014年の来日に際しては、自転車専用道路として有名なしまなみ街道を自転車で走り、本州側の起点尾道にある建築家、谷尻誠設計のONOMICHI U2のためにサイクルウェアを含むバイクアイテムをデザインしている。
 そして2014年からは、自らの「Paul Smith」ブランドで、本格的なサイクルウェアコレクション「Paul Smith 531」を発表している。コレクション名の「531」は、ロードレースの歴史に名を残してきた、イギリス・レイノルズ社のバイクフレーム用チューブ「Reynolds 531」(5:3:1は、バイクチューブ用の合金に使われるマンガンとモリブデンとカーボンの配合比率)に由来している。
 現在、上野の森美術館でポール・スミス展の東京展が開催中である(8/23まで。なお名古屋の松坂屋美術館に9/11~10/16まで巡回)。タイトルの「HELLO,MY NAME IS PAUL SMITH」は、今でも土曜日にはショップに立ち、来店客に「Hello My name is Paul Smith」と自己紹介をすることから決まったそうだ。興味のある方は上野まで足を運んでみたらどうだろうか。

01ポール・スミス展


 起床し、散歩する。教会の中で祈る。朝の礼拝堂は空気がピンと張って心地がいい。新しい白いシャツを羽織った時の感覚と言ったらよいだろうか。

02栃木教会


03栃木教会2


04栃木教会3


 朝、6:30。身支度を済まし、栃木教会を出発する。
 自転車に乗っているといろいろなことを考える。もちろん最優先で考えるべきは歩行者であり、路面の状態や後ろから近づく大型のダンプだったりするのだが、東京と比べると安全のために考えなければならないことは格段に少ない。
 自転車に乗ることで頭の血の巡りも良くなるのだろう。それで自分がやろうとしていることについて考える。東北の被災地に巡礼路をつくるということなのだが、当然ながら似たようなことを考えている人はたくさんいる。大体において自分が考える程度のことはみんなが考え、おそらくはもっと良く、深く考えている。ネットで検索すればいくつものプロジェクトが出てくるし、数々のイベントの告知が溢れている。しっかりした組織を持ち、法人格を取得しているものだって少なくはない。ただ、当然のことなのだが主体が自治体であればその自治体の中でのプロジェクトとなる。民間のものであっても県境を越えて企画されているものはほとんどない。しかし、と思う。大切なのは自治体の枠を超え県境を越えてプロジェクトとプロジェクトを繋ぐことではないかと。ひとつひとつの場所、一個一個のイベントを時間的、空間的に繋ぐこと。それができれば、点から線に、線から面に、そして空間として立ち上がってくるのではないだろうか。
 サンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼路も例えば、ル・ピュイの道であれば、ル・ピュイ、コンク、サアグーンといったそれ自体が独立していた地方巡礼の霊場が線として結ばれることによって成立したのである。そしてそれを成立させたのは巡礼者たちの歩くという行為そのものであった。座って考えるよりも体を動かすことが性に合っている私には、まず行動する方が話は早い。だから私は自転車に乗り、とりあえず走ってみるのである。

05朝の道


06宇都宮に向かって


 宇都宮は自転車好きにとっては特別の町である。1990年に世界自転車選手権がアジアで初めて開催され、そのメモリアルレースとして1992年に創設された「ジャパンカップ」は現在なおアジア最高峰の自転車レースである。2008年には日本で最初の地域密着型自転車ロードレースチーム「宇都宮ブリッツェン」が結成された。そして、宇都宮市自身が「自転車のまち宇都宮」として、日本初の自転車専用レーン導入など、単なる自転車による町おこしを超えて、自動車都市のオルタナティブとしての自転車都市を目指した都市政策を行っている。
 とはいえ、郊外を走っている限りではそこまで他の町との違いは分からない。ただ、道路沿いのそこかしこにバイクスタンドが設置されているのを見ると、やはり「自転車の町」に来たのだなと思わされる。

07スーパー ヨークベニマル


08カフェ


09インテリア


10カフェとTREK


11並木道


 自転車で走っているとお腹が減る。自転車はカロリー消費の激しいスポーツで(だからフィットネスジムには必ずエアロバイクがある)コースやペースにもよるが、1時間で約400カロリーを消費すると言われる。だからレースではペダルを漕ぎながら補給食を食べる。そうしないとハンガーノックと言われる全く力の出ない症状が出てしまい、こうなるとプロでもレースは終わりである。ちょうど4号線を北上している途中、道路沿いにおいしそうなイタリアンレストランを見つける。ジロ・デ・イタリアが開催中ということもあり、美味しいパスタが食べたくなった。時計を見るとちょうど12:30だったのでパーキングエリアにTREKを止めて入店することにする。
 期待通りのスパゲティーも食べることができ、満足である。ウエイトレスのお姉さんが私の格好を見て「自転車に乗っているのですか?」と声をかけてくれた。自転車で東北まで旅していることを話すと、彼女はクルーズで世界一周をしたことを話してくれた。
旅好き同士、話がはずむ。「気をつけて、よい旅を。」と明るく元気な声で見送ってもらった。

12イタリアンレストラン


13前菜


14あさりのトマトソースのスパゲティー


15ドルチェ


16東京から155km


17


 栃木から仙台までは260㎞余り。グランツールでも一日の走行距離が250㎞を超えるステージは稀であり、そもそも自分はレーサーではない。本当なら福島の祖母の家に一泊したいところなのだが、レースの開催日を考えるとどうしても今日中に仙台までは辿り着かないといけないので、今日は始めから輪行の予定である。それでもなるべく自分の足で走りたいし、一駅ごとに新幹線代は安くなっていくのでそれを励みにペダルを回す。けれど、あまり景色の変わらない交通量の多い幹線道路を走るのは辛いものがある。体力以上に気力を削られる。自転車による巡礼路作りを考えるなら、旧道や生活道路を利用し、最終的には自転車専用道路による「走って楽しい」ルート作りが必要になることを痛感する。

18ブリジストン栃木工場


19大きな木の下で


 せめて県境を超えて新白河まで行きたいと思うが、背中のバックパックの重さもあって(何度も言うようだが本当はフレームにキャリアを付けてパニアバックに納めるべきである)身体が悲鳴をあげている。ナビによると新白河までは標高452mの峠を越えることになるらしく、ヒルクライムレースに出場しようとする人間にあるまじき事ではあるが、ここでギブアップである。那須塩原からは新幹線にて仙台へ向かう。

20那須塩原駅


21那須塩原駅 階段


22ホーム


 仙台駅に到着、まずは食事である。毎回のことなのだが仙台にやってくると無性に牛タン定食が食べたくなる。輪行のために自転車を組み立てて自走を再開。今日の宿をお願いしている仙台黒松教会の少し先に行くとサッカーのベガルタ仙台のホームスタジアムがあるので足を伸ばす。
 このユアテックスタジアム仙台は、「劇場型スタジアム」をテーマにサッカー・ラグビー・アメリカンフットボールの専用公式競技場として1997年に完成した。スタジアム本体はプレキャスト・プレストレスト構造、一部鉄筋コンクリート造4階建。その音響効果から臨場感満点と評価の高い屋根はガラスビーズ混入四フッ化 エチレン樹脂コートガラスクロスを膜材とした鉄筋骨組膜構造。フィールドは寒地型西洋芝4種混合による天然芝である。収容観客数19,694席と2万人弱。
 仙台駅から地下鉄南北線の終点である泉中央駅から歩いて5分という好立地で、大型商業施設を始め買い物には困らない。自分も近くのスポーツ用品店、スポーツゼビオにて補給食を買う。

23牛タン定食  


24ユアテックスタジアム


 仙台黒松教会では震災の時のボランティアの際にも使わせていただいた集会室に寝袋を拡げさせてもらう。
 東北は酒どころでもある。近所のスーパーで地酒である「一ノ蔵」を買い、美味しいお酒を堪能しながら眠りについた。

25仙台黒松教会 正面


26仙台黒松教会 パイプオルガン


27仙台黒松教会


東京から347.1km
走った総距離125.4km

(はが げんたろう)


コラム 僕の愛用品 ~自転車編~
第2回 サポートタイツ
C3fit パフォーマンスロングタイツ  9.500円


 「C3fit」は日本のスポーツ用品メーカー「ゴールドウィン」の高機能スポーツウェアである。
 「C3fit」とは、圧着〈Compression〉、整体〈Conditioning〉、快適〈Comfort〉の3つの「C」が身体にフィットするという意味であり、身体機能と運動機能を向上させるハイパフォーマンスウエアであることを主張している。最も大きな特徴は、段階的な着圧設計で、全身を適切な着圧で加圧することにより運動時の余分なブレを抑制し、無駄なエネルギーの発散を抑え、運動効率の向上が期待できることである。そして、日本人の身体サイズを追求した設計と独自の三日月型パターンによって快適な着用感を実現しており、運動追従性が向上している。UVプロテクト機能など活動時のダメージも軽減するような素材を使用している。
 代表的アイテムであるC3fitパフォーマンスロングタイツは「一般医療機器」ウエアに分類され、段階着圧による血行促進効果によって、静脈血やリンパの循環力を高め、運動時のコンディショニング調整、運動後のリカバリーを促進する。さらに、長時間のフライトや乗車によるエコノミークラス症候群の予防や長時間の立ち仕事、日常生活におけるむくみ軽減アイテムとしても使うことができる。
 このパフォーマンスロングタイツも厚生労働省の基準を満たした一般医療機器であり、医療製品の製造業として許可を受けた工場で製造されている。タグには堂々とMade in Japanと刻まれている。このプロダクトを担当したのは「現代の名工」、黄綬褒章の受賞者である沼田喜四司氏である。
 履くときには時間がかかるし、締め付けられる感じがして窮屈にも思えるが、一旦走り出すと違和感は消え、むしろ履いていないときよりも脚の動きはスムーズである。まさに「NICE!」としか言いようのない使用感であるが、目指しているのは「履いていることを忘れていた」と思えることだと言う。いつかそうなって欲しいと思う一方、そのために値段が上がるのは困るとも思う。とはいえ、時に命に関わるエコノミークラス症候群予防のための医療機器(実際にそうなのだが)だと思えばこの価格も納得せざるを得ない。次に飛行機に乗るときにはしっかり装着して元を取りたいと思っている。

28C3fit



芳賀言太郎 Gentaro HAGA
1990年生
2009年 芝浦工業大学工学部建築学科入学
2012年 BAC(Barcelona Architecture Center) Diploma修了
2014年 芝浦工業大学工学部建築学科卒業
2015年 立教大学大学院キリスト教学研究科博士前期課程所属

2012年にサンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼路約1,600kmを3ヵ月かけて歩く。
卒業設計では父が牧師をしているプロテスタントの教会堂の計画案を作成。
大学院ではサンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼路にあるロマネスク教会の研究を行っている。

●今日のお勧めは、織田一磨です。
20160811_oda_01織田一磨
「大阪風景 永大濱」
1917年
石版
イメージサイズ:30.4×46.0cm
シートサイズ:32.4×48.0cm
サインあり


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◆芳賀言太郎のエッセイ「El Camino(エル・カミーノ) 僕が歩いた1600km」は毎月11日の更新です。

◆「ときの忘れもの・拾遺 ギャラリーコンサート第3回 独奏チェロによるJ.S.バッハと20世紀の音楽」を9月17日(土)夕方4時(16時)より開催します。いつもより早い開演時間です。
プロデュース:大野幸、チェロ:富田牧子によるプログラムの詳細は8月18日にこのブログで発表します。
要予約、会費:1,000円。メールにてお申し込みください。