芳賀言太郎のエッセイ  
「El Camino(エル・カミーノ) 僕が歩いたサンティアゴ・デ・コンポステーラ巡礼路1600km」


第27話 ケルトと伝説の残る村を超えてガリシアへ

10/28(Sun) Villafranca del Bierzo – O Cebreiro (27.1km)
10/29(Mon) O Cebreiro o – Triacastela (21.1km)

 今日でサマータイムは終わり、スタンダードタイムに戻ることになって少しホッとする。サマータイムも夏なら良いが、10月の後半にもなるとその恩恵にあずかれなくなるからである。10月にサマータイムを用いると朝は7時なのにまだ夜が明けていない(実際は6時なので)ということになる。特に巡礼者の朝は早いため、真っ暗の中、出発するのはなんとも辛いものがあるためである。
 ビジャフランカ・デル・ビエルソから先は道路沿いの坂道が続く。川が流れ、空気が澄んで気持ちが良い。ベガ・デ・バルカルセ、ラス・エレーリアス、ラ・ファバなどの村を超えて高度を上げながら、オ・セブレイロまでの標高1320mを登っていく。

01
ビエルソの町の交差点


02巡礼者像
ビエルソの町の出口にある


03道2
道路沿いの山道を登る


04道3
高速道路の下を進む


05道4


 途中、ブラジル人が運営している陽気なアルベルゲがあったり、落ち着いたカフェがあったりと、小さい町にもほぼ巡礼者用のカフェや宿があるため、休憩や水や食料の補給に困ることはない。登りに備えて休みながら進んでいく。

06アルベルゲ
壁に大きく黄色い矢印が描かれている


07教会


08教会 内部


09道5


10山の風景


 ガリシア州に入って最初の小集落、オ・セブレイロは標高1300mにあり、あたりの風景は一変する。この村の歴史は中世より昔に遡り、ケルトの文化が息づいている。家々は、いずれも石造りで屋根はスレート葺きと、昔ながらの伝統的な様式を保っている。バジョッサと呼ばれる藁葺屋根の円形家屋もいくつか残っている。これはローマ以前、ケルト人の時代から用いられてきた伝統家屋で、人と家畜が同じ屋根の下で暮らすのが可能な内部空間を有している。冬の寒さが厳しく、降雪の多いこの地方特有の居住形態であり、現在は倉庫や物置として使われているものが多いという。そして、ここにあるサンタ・マリア・ラ・レアル教会は現存する巡礼路上の教会の中ではもっとも古く、9世紀に建てられた。そしてこの教会は中世の伝説を今に残している。
 とある天気の悪い冬の夜に一人の信仰深い農夫がミサに出席するためにこの教会に足を運んだ。すると神父は、こんな吹雪の中、わざわざ教会までやって来たこの農夫をあざ笑った。ところが、ミサの際にワインはキリストの血に、パンはキリストの肉体に変わり、盃からは血が溢れたという。これが聖晩餐の奇跡として語り継がれ、現在でも毎年9月9日に聖晩餐の祭りが行われている。そして、このときの盃などの聖遺物は、1486年にイザベラ女王がこの地を訪れた際に寄進した銀製の聖遺物箱に入れられて、現在も教会に保管されている。
 これはあくまで伝説であるが、キリスト教の信仰においては極めて示唆的な内容である。信仰とはすなわち信じることである。信仰のない神父と信仰のある農夫。信仰と言うのは立場によって形成されるものでは決してなく、信仰という目には見えない思いが形になるという一つの奇跡を今に伝えているのである。
 また、オ・セブレイロの司祭であったエリアス・バリーニャ司祭は、巡礼者のために黄色い矢印を巡礼路に描き、修道院の離れを修復し、巡礼者を受け入れるアルベルゲの運営を始めるなど、20世紀の巡礼路復興に大きく貢献した人物である。9世紀に始まり12世紀に最盛期を迎えたサンティアゴ巡礼であるが、その後も絶え間なく人々が歩き続けたわけではない。宗教改革で大打撃を受け、近世にペストの流行や戦乱が続いた事で、長らく衰退の時期があった。復活したのは20世紀の半ば、エリアス・バリーニャ神父がた巡礼路を再び切り拓き、その目印として黄色い矢印を描き、巡礼路は再生していった。エリアス・バリーニャ神父は現代におけるサンティアゴ巡礼の礎を築いた人物なのである。彼を記念して巡礼に関して貢献した人物や組織に与えられる賞には彼の名前が冠され、エリアス・バリーニャ賞は巡礼に携わる人の間では最も栄誉のある賞となっている。

11セブレイロのアルベルゲ


12アルベルゲ エントランス


13サンタ・マリア・ラ・レアル教会


14サンタ・マリア・ラ・レアル教会 内部


山の朝は冷える。山道を下り峠の巡礼者のモニュメントを通り過ぎ、先へと進む。小さな村のとある家の前には手作りの木の杖が道ゆく巡礼者のために置かれていた。古の巡礼者はこのような杖というより木の棒を片手に歩き続けたのだろう。

15巡礼者2
右手に杖を持ち、左手は帽子を抑えている


16杖置き場


17道6


 ところどころにある集落には、どこも山小屋のようなアルベルゲ兼カフェがある。なんとも落ち着く場所であり、このような宿に泊まるのも良いものだと思うが、今回はカフェでコーヒーを飲むだけにして先へ進む。

18山小屋風アルベルゲ


19リビング


20カフェ


 トリアカステーラのサンティアゴ教会はロマネスク時代の教会に1790年になって塔が増築された。周りの平坦な土地に突き出た鐘楼は印象的である。

21サンティアゴ教会


22サンティアゴ教会 内部


 アルベルゲでくつろぎ、ゆっくりと過ごす。小さな村なので特に何もない。夕食はアルベルゲのキッチンでスパゲッティを自炊し、スーパーで購入した3ユーロのワインを飲んだ。

23トリアカステーラのアルベルゲ


24アルベルゲ 内部


歩いた総距離1404.9km

(はが げんたろう)

芳賀言太郎 Gentaro HAGA
1990年生
2009年 芝浦工業大学工学部建築学科入学
2012年 BAC(Barcelona Architecture Center) Diploma修了
2014年 芝浦工業大学工学部建築学科卒業
2015年 立教大学大学院キリスト教学研究科博士前期課程所属

2012年にサンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼路約1,600kmを3ヵ月かけて歩く。
卒業設計では父が牧師をしているプロテスタントの教会堂の計画案を作成。
大学院ではサンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼路にあるロマネスク教会の研究を行っている。

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小野隆生_肖像画・啄木小野隆生
《肖像図 啄木》
1980年頃
油彩テンペラ
イメージサイズ:33.5×24.0cm
フレームサイズ:38.8×30.0cm
サインあり


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