藤本貴子のエッセイ「建築圏外通信」第19回
先月まで開催していた大髙正人展のメインタイトルは「建築と社会を結ぶ」でしたが、「建築」の領域を、建築単体のデザインを超えて、より具体的に社会と繋げて考えようとしている建築家は増えているのではないでしょうか。大髙展関連イベントに登壇してくださった方々も、多かれ少なかれそのような活動をされていました。90年代にはレム・コールハースが研究組織AMOを立ち上げていますが、大髙のように建築家の責務を突き詰めて考えていくと、建築家が都市や社会的領域に切り込んでいくのは、必然のことであるように思われます。
2月10日から26日の間、東京都写真美術館で行われていた恵比寿映像祭に出展していたグループ”Forensic Architecture(フォレンジック・アーキテクチュア、以下FA)”の活動は、より具体的に直接的に、現実と関わっている事例です。FAは、国際検察団体や人権団体のために、建築及びメディアリサーチを行っている、ロンドン大学ゴールドスミス校を拠点とする調査機関です。近年の都市部における武力衝突と非戦闘員の犠牲者の増加を受け、FAは、ソーシャルメディア上を含むあらゆる記録を収集し、紛争地域を建築的な視点から調査・分析しています。今回展示されていたのは、”The Black Friday report”、2014年のガザ侵攻の際の、停戦中であったはずの期間を含む8月1日から4日にかけてラファフにおいて行われた、200人を超える市民の犠牲者を出したとも言われる攻撃についての分析です。被害者・目撃者の証言やイスラエル・パレスチナ両者の公的見解を再検討し、ソーシャルメディア上であらゆる画像や動画を集めて分析した過程と結果が示されていました。爆撃による煙の形や日の陰りを手掛かりに、爆撃を記録した複数の動画や画像から位置を特定したり、衛星写真からイスラエル軍の行動を明らかにしたりすることにより、イスラエル軍が無差別に攻撃を行ったことの動かぬ証拠を白日の下に晒しています。
収集した映像やCGを使っての分析。爆弾の型まで特定できる。Forensic Architectureウェブサイト上の動画より。
http://www.forensic-architecture.org/case/rafah-black-friday/
“forensic”という形容詞は、「法廷の、法廷で用いる」といった意味があり、forensic science=犯罪科学、すなわち犯罪立証のために応用された科学、というような使い方をされます。そう考えると、”forensic architecture”というのは、犯罪立証のための建築学、とでも言えばよいのでしょうか。”forensic”にはまた、「弁論術」という意味もあります。FAの代表であるエイヤル・ワイズマンは、この言葉の語源であるラテン語の”forensis”にまで立ち戻り、元々この言葉が法的な領域に限られていたのではなく、forum=政治・法・経済などを含んだ多面的な公共空間に付帯する言葉であったことを再認識し、この言葉の現在の意味を拡張しようと試みます。国際法の存在そのものについての合意がとれなくなっている現状を踏まえ、現行の国際法の枠組みのみに縛られない、批評的な領域の創出を想定しているのです。
情報網の急速な拡大は、物理的な流通・可動域の限界を超え、都市の輪郭を曖昧にしていく、といった方向から語られることが多かったように思います。情報の取得・拡散がさらに容易になり、その解像度がどんどんあがった挙句に、膨大なデータの蓄積が都市を可視化していく。このような捉え方は、あまりされてこなかったのではないでしょうか。解像度があがり、物理的なモノの輪郭がはっきりする。それによって、恣意的な主張では覆せないような、明白な事実として都市が浮かび上がってくるわけです。
アーカイブという手法が現代芸術の分野で多く使われていながら、ドキュメンタリーの解説的な役割以上のことができている作品があまりみられない状況の中で、手法の明快さ、プレゼンテーションの鮮やかさ、そして現実にもたらす作用において、FAは明らかに他の作品群とは一線を画しています。
この活動は、建築に関するアーカイブの活用、という意味で、著者の携わる領域から遠いところにあるわけではありません。とはいえ、自分の仕事に引き付けて考えると、その即効性を目の当たりにし、遅々として進まぬ資料整理と活用の状態を鑑みて、忸怩たる思いを感じずにはいられませんが・・・。
●リンク
Forensic Architectureウェブサイト(英語のみ)
http://www.forensic-architecture.org
FORENSIS The Architecture of Public Truth(Sternberg Press, 2014)
http://www.sternberg-press.com/?pageId=1488
Forensic Architecture: Violence at the Threshold of Detactability (Eyal Weizman, The MIT Press, 2017.4刊行予定)
https://mitpress.mit.edu/books/forensic-architecture
(ふじもと たかこ)
■藤本貴子 Takako FUJIMOTO
磯崎新アトリエ勤務のち、文化庁新進芸術家海外研修員として建築アーカイブの研修・調査を行う。2014年10月より国立近現代建築資料館研究補佐員。
●本日のお勧めは菅井汲です。
菅井汲
《赤い太陽》
1976年
マルチプル(アクリル+シルクスクリーン)
(刷り:石田了一)
10.0×7.0×2.0cm
Ed.150 ケースに自筆サインあり
こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください。
◆藤本貴子のエッセイ「建築圏外通信」は毎月22日の更新です。
●ときの忘れものの次回企画は「堀尾貞治・石山修武 二人展―あたりまえのこと、そうでもないこと―」です。
会期:2017年3月31日[金]~4月15日[土] *日・月・祝日休廊
初日3月31日(金)17:00~19:00お二人を迎えてオープニングを開催します。ぜひお出かけください。

堀尾貞治(1939~)の未発表ドローイングと、建築家石山修武(1944~)の新作銅版画及びドローイングをご覧いただきます。
先月まで開催していた大髙正人展のメインタイトルは「建築と社会を結ぶ」でしたが、「建築」の領域を、建築単体のデザインを超えて、より具体的に社会と繋げて考えようとしている建築家は増えているのではないでしょうか。大髙展関連イベントに登壇してくださった方々も、多かれ少なかれそのような活動をされていました。90年代にはレム・コールハースが研究組織AMOを立ち上げていますが、大髙のように建築家の責務を突き詰めて考えていくと、建築家が都市や社会的領域に切り込んでいくのは、必然のことであるように思われます。
2月10日から26日の間、東京都写真美術館で行われていた恵比寿映像祭に出展していたグループ”Forensic Architecture(フォレンジック・アーキテクチュア、以下FA)”の活動は、より具体的に直接的に、現実と関わっている事例です。FAは、国際検察団体や人権団体のために、建築及びメディアリサーチを行っている、ロンドン大学ゴールドスミス校を拠点とする調査機関です。近年の都市部における武力衝突と非戦闘員の犠牲者の増加を受け、FAは、ソーシャルメディア上を含むあらゆる記録を収集し、紛争地域を建築的な視点から調査・分析しています。今回展示されていたのは、”The Black Friday report”、2014年のガザ侵攻の際の、停戦中であったはずの期間を含む8月1日から4日にかけてラファフにおいて行われた、200人を超える市民の犠牲者を出したとも言われる攻撃についての分析です。被害者・目撃者の証言やイスラエル・パレスチナ両者の公的見解を再検討し、ソーシャルメディア上であらゆる画像や動画を集めて分析した過程と結果が示されていました。爆撃による煙の形や日の陰りを手掛かりに、爆撃を記録した複数の動画や画像から位置を特定したり、衛星写真からイスラエル軍の行動を明らかにしたりすることにより、イスラエル軍が無差別に攻撃を行ったことの動かぬ証拠を白日の下に晒しています。
収集した映像やCGを使っての分析。爆弾の型まで特定できる。Forensic Architectureウェブサイト上の動画より。http://www.forensic-architecture.org/case/rafah-black-friday/
“forensic”という形容詞は、「法廷の、法廷で用いる」といった意味があり、forensic science=犯罪科学、すなわち犯罪立証のために応用された科学、というような使い方をされます。そう考えると、”forensic architecture”というのは、犯罪立証のための建築学、とでも言えばよいのでしょうか。”forensic”にはまた、「弁論術」という意味もあります。FAの代表であるエイヤル・ワイズマンは、この言葉の語源であるラテン語の”forensis”にまで立ち戻り、元々この言葉が法的な領域に限られていたのではなく、forum=政治・法・経済などを含んだ多面的な公共空間に付帯する言葉であったことを再認識し、この言葉の現在の意味を拡張しようと試みます。国際法の存在そのものについての合意がとれなくなっている現状を踏まえ、現行の国際法の枠組みのみに縛られない、批評的な領域の創出を想定しているのです。
情報網の急速な拡大は、物理的な流通・可動域の限界を超え、都市の輪郭を曖昧にしていく、といった方向から語られることが多かったように思います。情報の取得・拡散がさらに容易になり、その解像度がどんどんあがった挙句に、膨大なデータの蓄積が都市を可視化していく。このような捉え方は、あまりされてこなかったのではないでしょうか。解像度があがり、物理的なモノの輪郭がはっきりする。それによって、恣意的な主張では覆せないような、明白な事実として都市が浮かび上がってくるわけです。
アーカイブという手法が現代芸術の分野で多く使われていながら、ドキュメンタリーの解説的な役割以上のことができている作品があまりみられない状況の中で、手法の明快さ、プレゼンテーションの鮮やかさ、そして現実にもたらす作用において、FAは明らかに他の作品群とは一線を画しています。
この活動は、建築に関するアーカイブの活用、という意味で、著者の携わる領域から遠いところにあるわけではありません。とはいえ、自分の仕事に引き付けて考えると、その即効性を目の当たりにし、遅々として進まぬ資料整理と活用の状態を鑑みて、忸怩たる思いを感じずにはいられませんが・・・。
●リンク
Forensic Architectureウェブサイト(英語のみ)
http://www.forensic-architecture.org
FORENSIS The Architecture of Public Truth(Sternberg Press, 2014)
http://www.sternberg-press.com/?pageId=1488
Forensic Architecture: Violence at the Threshold of Detactability (Eyal Weizman, The MIT Press, 2017.4刊行予定)
https://mitpress.mit.edu/books/forensic-architecture
(ふじもと たかこ)
■藤本貴子 Takako FUJIMOTO
磯崎新アトリエ勤務のち、文化庁新進芸術家海外研修員として建築アーカイブの研修・調査を行う。2014年10月より国立近現代建築資料館研究補佐員。
●本日のお勧めは菅井汲です。
菅井汲《赤い太陽》
1976年
マルチプル(アクリル+シルクスクリーン)
(刷り:石田了一)
10.0×7.0×2.0cm
Ed.150 ケースに自筆サインあり
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※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください。
◆藤本貴子のエッセイ「建築圏外通信」は毎月22日の更新です。
●ときの忘れものの次回企画は「堀尾貞治・石山修武 二人展―あたりまえのこと、そうでもないこと―」です。
会期:2017年3月31日[金]~4月15日[土] *日・月・祝日休廊
初日3月31日(金)17:00~19:00お二人を迎えてオープニングを開催します。ぜひお出かけください。

堀尾貞治(1939~)の未発表ドローイングと、建築家石山修武(1944~)の新作銅版画及びドローイングをご覧いただきます。
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