芳賀言太郎のエッセイ  
「El Camino(エル・カミーノ) 僕が歩いたサンティアゴ・デ・コンポステーラ巡礼路1600km」


第29話 歓喜の丘へ

11/1(Thu) Portmarin – Palas de Rei (25.1km)
11/2(Fri) Palas de Rei – Arzua (29.5km)
11/3(Sat) Arzua – Monte del Gozo(34.8km)

 早朝、橋のたもとまで降りてみる。橋が圧倒的な存在感を醸し出している。戦乱によってローマ時代の橋が破壊されたものを、1120年に巡礼者ペドロが再建したもので、いわゆるローマの水道橋――――特にスペインだとセゴビアのものは世界遺産でもあり、歴史的に由緒のある立派な建造物である――――とは時代、素材は全く異なる。しかし、それにも匹敵するような威圧感を私は覚えた。人間の力を強く感じた瞬間だった。

01ポルトマリン 橋


02


03


04バル


05十字架


06道2


07アルベルゲ


 パラス・デ・レイは人口800人ほどの村であるが、「王の宮殿」という名前の由来にあるようにかつてはビシゴート王国の宮廷があったとされている。しかし、実際にどのような宮殿があったのかはわかっていない。9世紀にアルフォンソ3世が建設したロマネスク様式のサン・ティルソ教会が残る。

08教会


09


10入り口


11内部


12内部2


13ステンドグラス


14出口


 ガリシアに入ると巡礼者をイメージしたキャラクター(ゆるキャラ)を頻繁に見かける。このキャラクターの名前はシャコベオといい、ガリシア州の聖ヤコブの聖年(聖ヤコブの祝日7月25日が日曜になる年)のマスコットキャラクターで、1993年の聖年に発表された。聖年ごとに顔やデザインがちょっとずつ変わっているらしい。

15シャコベオ


16アルベルゲ 入り口


17アルベルゲ 内部


18サンティアゴの噴水


19


 オレオHORREOとは、スペイン北西部(特にガリシア州)に広く存在するトウモロコシやジャガイモやなどを貯蔵する高床式倉庫のこと。湿気と食害を防ぐため、ねずみ返しのついた柱脚によってかなりの高さまで持ち上げられ、通気のためにスリットが施されている。地域によって材料は変わるようだが、ガリシア州では6本の石柱に石造の小屋が乗るのが一般的。その起源はキリスト教伝播以前のケルト文化に遡り、主食とする農産物に対する宗教的畏敬が背後にあるとも言われる。
 バーナード・ルドフスキーは『建築家なしの建築』の中でこのオレオを取り上げて「永遠の保存を目指して建てられたこの穀倉は、なによりもピロティに支えられた教会を思わせ、その厳しい輪郭によって人の目を引きつける。こうした威厳は決して偶然に生じたものではない。なぜなら、大部分の農民たちはパンとパンの原料に対して宗教的な敬意を抱いているからだ」と評し、「オレオは夜に散歩する」との民間伝承を紹介している。
 ルドフスキーの『建築家なしの建築』(原著1964年)が2008年にスペイン語に翻訳されたためもあるのか、こうした伝統的な建築の不動産価格が高騰しているとも言われる。このオレオを含め、カタロニア地方の天然スレート葺きのマシア、レバンテ地方の白壁に藁葺きのバラッカ、ラ・マンチャ地方の日干しブロックに松の小枝葺きの家、アンダルシア地方の地中の家、マジョルカの土壁にオリーブの梁を架けた家など、各地の民家建築に関心が高まり、都市生活者の週末住宅、あるいは別荘として再評価され、廃屋同然でありながら、バルセロナ市内で新築アパートの一室を購入できるほどの価格がついたりもするという。もっともこれらの民家は構造が頑丈なため、リノベーションすれば問題なく住居として利用が可能であるという。日本の古民家ブームもそうであるが、歴史性と地域性を失った、つるつるぴかぴかのユニバーサルスタイルへの異議申し立てがおこっているのだろうか。

20オレオ


21オレオ2


22オレオ3


23オレオ4


24オレオ5


25巡礼アート


26サンティアゴ十字

 ガリシアの名物料理の一つがプルポ・ア・フェイラ(Pulpo a Feira:お祭りのタコ)と呼ばれるガリシア風のタコ料理である。茹でたタコを粗塩とパプリカ、それにオリーブオイルのみで味付けしたシンプル極まりない料理だがこれが美味い。普通にバルでタパス(つまみ)として出てくるが、プルペリアという専門店もあり、特にこのメリデのプルペリアは有名である。衛生上どうかという声もあるようだが、この店ではしっかり伝統的な木の皿で供される。やはり伝統料理はこうでなくてはと思う。白ワインと合わせると大変美味である。

27プルペリア


28プルポ 調理


29プルポ


30残り50km


 早朝、強い雨が降っているので、少し待機し、雨が弱まってから歩き始めた。時には待つことも大切である。
 自分が歩いているのではなく、道が歩かせてくれていることに気付く。同じことを繰り返し続けることで見えてくるもの、理解できる感覚というものがあるのだろう。いわゆるゾーンの状態である。音楽も聞かず、自分の心の声に耳を傾け、道と対話し、自然の声を聞く。これが巡礼の本質なのだろう。最後の最後にこのことに気付いたのだ。こうして疲れを感じることもなく午前が過ぎた。

31道3


32シャコベオ2


33残り30km


 午後はその反動で一気に疲れが出てきた。悟りの境地というのは長続きしないものである。iPodのイヤホンを装着。聖書の時代のエルサレムへの巡礼者、旧約聖書の詩篇におさめられている都もうでの歌にあるのと同様、音楽の力を頼りにし、モチベーションを上げる。

34道4


35道5


 「歓喜の丘」を意味するモンテ・ド・ゴソ。写真などのない時代、サンティアゴ・デ・コンポステーラを目指して長い巡礼の旅を続けてきた巡礼者たちは、ここで初めてサンティアゴ大聖堂の3本の尖塔を目にして歓喜の声を上げたと言われている場所である。
 ここには最大で800人が泊まれる巨大なアルベルゲがある。そのまま歩けば1時間で着くこの場所にあえて一泊するのは、午前中に到着してお昼のミサに与るため(お昼のミサは巡礼者のためのミサで、その中で巡礼者の出身国が呼ばれる)。見渡す限りに同じ形の平屋平屋根の建物がずらりと並ぶ。仕方がないのかもしれないが、なんとなく非人間的なものを感じてしまう。これではまるで収容所である。
 丘の上にあるサン・マルコス教会と対をなすように大きく特徴的なモニュメントが見える。これは1993年に建てられた、ローマ法王ヨハネ・パウロ2世の訪問を記念する、記念碑である。
 高台にはサンティアゴのカテドラルを指差した巡礼者の銅像が建っている。中世の頃には、丘に登ったそれぞれの巡礼グループの中で、最初にサンティアゴの尖塔を見つけた人は「王」と仲間内で呼ばれるようになったという。それが今でも残り、苗字として(仏Roy、西Rey)残っている。やっとここまで来ることができてよかったと心から思う。長かった。ここから見たサンティアゴの尖塔は忘れることはないだろう。

36モンテ・ド・ゴソ


37モンテ・ド・ゴソ2


38記念碑


39パネル


歩いた総距離1534.4km

(はが げんたろう)


コラム いつか僕の愛用品にしたいもの ~巡礼編~ 

第1回 トレッキングパンツ ファイントラック カミノパンツ 15,660円


 だいぶ、このコラムの間隔が開いてしまった。正直なところ、愛用品についてのエッセイというのは何個も量産できるものではない。実際に使ってみないとわからないし、一度も身につけてないで愛用品なんて呼べるわけがないからだ。正直、巡礼のアイテムは聞き尽くしたと私自身は思っている。このエッセイも今回を含め、あと2回で連載を終える予定であるため、最後に2つだけ、いつの日かこのアイテムを手に入れて、愛用品にしたいと考えているものについて書きたいと思っている。
 カミーノとはそもそもスペイン語で歩くと言う意味であり、このエッセイのタイトルであるエル・カミーノもそれに由来する。巡礼者同士の挨拶はブエン・カミーノ良い巡礼をと言う挨拶が一般的であり、それは巡礼路というある種特殊な世界を共有する人々の共通言語でもあるのだ。
 カミーノ(カミノ)の名称を商品名につけたこのトレッキングパンツはファイントラックが登山者たちに向けたアウトドア商品である。
 ファイントラックは、2004年創業の日本のメーカーである。少年時代から登山一筋で、バックカントリースキー、MTB、カヤック、釣りなどアウドアスポーツであれば何でも壁を作らずに本気で「遊んで」きた創業者の金山洋太郎が「自分のアイデアで納得するものを創りたい」との思いから、長年働いてきた日本を代表するアウトドアメーカーから独立し、設立したのがこのファイントラック社である。
 素材セクションの責任者まで勤め上げた知識と経験をもとに、「遊び手が創り手」「どこにもないまったく新しいモノを」をコンセプトに、神戸の住宅地の一軒家からスタートし、現在に至っている。
 以前、この会社のナノタオルを愛用品で紹介したことがある。それもあって私はこのメーカーに愛着がある。
 「最高レベルの動きやすさ」「美しいシルエットの洗練」「収納力の向上」を目指して開発されたのが「カミノパンツ」である。「アウドドアにおける運動とは、ひたすら足の曲げ伸ばしである」ことを念頭に、そのためのストレス軽減を目指して工夫がこらされている。「多少寒くても脚上げが軽いので短パン」という層も少なくない春から秋のシーズンでの使用を前提に、強度を維持しつつ薄手のナイロン生地を使用し、長時間の歩行にもストレスにならないように工夫されている。ストレッチ系の糸を使わず、布地の織り方によってストレッチ性を生み出しているため通気性がよく涼しく、また乾きも早く、長年の使用によってもストレッチ性が失われにくいことを特徴としている。
 そのストレッチ性を最大限に生かすため、お尻から膝にかけて弧を描いたような独自の立体デザインによって縫製箇所を極限まで減らし、動きやすさを実現している。膨らみを抑えるためにカーゴポケットを廃して、ポケットの内部にキーループとコインポケットを設けるのみとし、代わりにヒップポケットが追加(メンズのみ)されるなどの工夫がされている。
 動いて熱と湿気の籠ったパンツ内を一気に換気するためのリンクベントが両サイドに設けられて長時間の歩行をサポートしている。また、細かなギミックも効いており、それが巡礼時にいかにも役に立ちそうである。
 カミノパンツが15,660円(女性用15,120円)、ハーフパンツが11,664円(同11,232円)と値段は張るが、長年の使用により低下した「耐久撥水性」を、再加工によって復活させる「撥水復活サービス」を3000円ほど(送料別)で受けることができることを考えると、長期間にわたって使用できそうである。
 このトレッキングパンツを履いて巡礼路を歩く。それはまさしく、歩くことを義務とし、日々の生活の一部となる巡礼者となることである。いつの日か必ず実現したいと思っている。

40カミノパンツ
ファイントラックのHPから転載
https://www.finetrack.com/


(はが げんたろう)

芳賀言太郎 Gentaro HAGA
1990年神奈川県川崎生まれ。芝浦工業大学工学部建築学科にて建築を学び、BAC(Barcelona Architecture Center)にてDiplomaを取得。大学を卒業後、世田谷村・スタジオGAYAに6ヶ月ほど通う。
2017年立教大学大学院キリスト教学研究科博士前期課程修了(神学修士)。
現在は立教大学大学院キリスト教学研究科研修生。
2012年に大学を休学し、フランスのル・ピュイからスペインにかけてのサンティアゴ・デ・コンポステーラ巡礼路1,600kmを3ヵ月かけて歩く。
2016年には再度サンティアゴ・デ・コンポステーラ巡礼路を訪れ、フランスのヴェズレーからロードバイク(TREK1.2)にて1800kmを走破する。
立教大学大学院では巡礼の旅で訪れた数々のロマネスク教会の研究を行い、修士論文は「サンティアゴ・デ・コンポステーラ巡礼路における聖墳墓教会」をテーマにした。
サンティアゴ・デ・コンポステーラ巡礼路にある数多くの教会へのフィールド・ワークを重ね、スペイン・ロマネスク教会の研究を行っている。

●今日のお勧め作品は、常松大純です。
20170511_tsunematsu05常松大純
《SUNTORY CRAFT SELECT I.P.A 限定醸造》
2015年
アルミ缶
作品サイズ:H10.0×W16.0×D6.0cm
ケースサイズ:H25.5×W25.5×D9.0cm
サインあり

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◆芳賀言太郎のエッセイ「El Camino(エル・カミーノ) 僕が歩いた1600km」は毎月11日の更新です。