小林美香のエッセイ「写真集と絵本のブックレビュー」第15回

ジェレミ・ステラ『東京の家 tokyo no ie』(青幻社、2017)

01(図1)
『東京の家 tokyo no ie』表紙
(青幻舎、2017)


02(図2)
『tokyo no ie : Maisons de Tokyo』表紙(右は帯つき)
(Le Lezard Noir, 2014)

今回紹介するのは、東京を拠点に活動するフランス人の写真家、ジェレミ・ステラ(Jérémie Souteyrat, 1979-)の写真集『東京の家 tokyo no ie』(図1)です。この写真集は、フランスの出版社から刊行された『tokyo no ie : Maisons de Tokyo』(2014) (図2)を新たに日本版として編集、制作されました。フランス版の写真集が刊行された2014年のインタビューで語っているように、ジェレミ・ステラは2009年から東京に在住し、都内に点在する著名な建築家が設計したユニークな住宅とその周辺の光景に惹かれ、建築雑誌の住宅特集号やインターネットを手がかりに住宅を探し出し、住人と交渉して許可を得て4年間かけて撮影に取り組みました。
フランス版(図2)は縦位置の判型に左開きの構成で、横位置の写真をページ毎に上下左右に余白を設けて配置したり、あるいは見開き全体で一枚の写真を配置したりしており、写真のサイズの違いが際立っています。それに対して日本版では、上開きの構成で、ページを上向きに繰りながら上下それぞれのページで一つ一つの場面に対峙し、空間の広がりや奥行き、住宅の形を吟味することができるようになっています。ところどころで、都心の景色を遠景から捉えた裁ち落としの写真が挿入されていますが、ページに余白の有無にかかわらず、写真のサイズが大きくは違わないため、写真集を通じて淡々としたリズムが刻まれています。フランス版は黒いクロス製本ですが、日本版では、建材のコンクリートや鋼鉄やアルミニウムのような建材を連想させる光沢のある灰色の紙で装丁されています。
写真集の巻末には、作品のリストとして、住宅の名前、撮影年月日がまとめられています。住宅の名前には、所在地や素材、形状、設計のコンセプトにかかわる言葉が使われおり、「建築家の作品」としての住宅が、あたかも彫刻や立体、インスタレーション作品として存在しているありようを印象づけます。一連の住宅の竣工年と、撮影年月日を照らし合わせて見ると、住宅が完成して数年を経た後に撮影されていることがわかります。一般的に、建築家の作品としての建築物をとらえた写真と言うと、竣工写真のような完成直後を捉えたものが思い浮かべられますし、建築雑誌でもそういった写真が数多く紹介されています。しかし、ジェレミ・ステラの関心は、それらの住宅が、住人や周囲の環境とともに、どのように存在し、時間の流れのなかでどのような変化を遂げているのか、ということに向けられています。そのため、ステラは、水平と垂直を整えた上で、住宅の構造がきちんと収まるような視点を注意深く選びつつ、通行人や車、自転車のような偶発的な要素を画面の中に取り入れています。

03(図3)
House Tokyo, 三幣順一 / A.L.X
2012年9月7日

04(図4)
Laatikko, 木下道郎ワークショップ
2013年10月

表紙にも使われている、House Tokyoをとらえた写真(図3)では、四つ角の斜向いから住宅を捉えつつ、自転車で通り過ぎた人物の黄色い帽子と、路面に描かれた十字線の中心の黄色い四角が偶さかに呼応するような瞬間が捉えられています。このように、住宅という動かないものを被写体の中心に据えつつも、その時の現象、偶然の出会いによって成り立つ生き生きとしたストリート写真としての性格をも具えていることが、ステラの写真の魅力だと言えるでしょう。
ステラが捉えた住宅の多くは、都心の限られた敷地に建てられたいわゆる狭小住宅と呼ばれるもので、ユニークな造形の住宅とともに、建てられた敷地のあり方にも眼が惹きつけられます。たとえば、いびつな形をした区画の端や角のわずかな空間や、建物と建物の間の間口が3mにも満たないような細長い形状の土地のように、町の土地区画から取り残された敷地の中に、建築家がアイデアと工夫を凝らして作り上げた住宅が納まり、側に停められた自動車や自転車、通行人が、家のスケールを測る尺度のようにも映ります。「Laatikko」(図4)は、隣接する建て売り住宅の方が画面の中に大きく捉えられ、わずかに戸口と側面だけが写っており、画面を右側から通りかかる女子学生たちの姿と相まって、主役であるはずの住宅が、さほど目立つこともなく、周囲の景色に馴染んでひっそりと存在するものとして捉えられています。House Tokyo(図3)が、素材や形において、周囲の住宅とは全く異質な強い存在感を持つものとして、その特徴が際立つような視点から捉えられているのと比べると、「Laatikko」(図4)は、敷地の形や隣接する建物との位置関係によって、景色の中に紛れ込んでしまっているようです。どんなに奇抜なデザインの住宅も、町の景色の中に飲み込まれている様子は、新陳代謝を繰り返す東京という都市が持つ性格をあらわにしているようでもあります。

05(図5)
BB 山縣洋建築設計事務所
2011年2月15日

06(図6)
ペンギンハウス アトリエ天工人
2010年11月20日

それぞれの住宅が、竣工からしばらく年数を置いて撮影されていることは、先にも述べましたが、数年の間に、住宅が経た変化は、壁面、とくに白い壁面の汚れに見て取ることができます。
たとえば、「BB」(図5)の白い壁面の量塊感は隣の住宅と並ぶことで強いインパクトを放っていますが、採光用の天窓の角の部分からの雨だれにより、筋のような汚れが残っています。「ペンギンハウス」(図6)も同様に、白い壁面に汚れが沈着しつつ、周辺の木立とともに、その外観を時間の中で徐々に変えていっていることを伺わせます。双方(図5)(図6)ともに、壁面の汚れの痕跡が、偶然そこに居合わせた通行人や隣家の住人の存在も相まって、撮影時の時間性を強く印象づけるものになっています。
ジェレミ・ステラが、住宅を通して東京という都市の構造や変化を記録する姿勢は、フィールドワークに臨む研究者のような理知性と、その時々の状況に即座に反応するストリート写真家の視線に根ざしています。写真に捉えられた住宅や周辺の町の情景が、数十年を経た後にどのように変化していくのか、ステラ自身の関心は、東京の未来の姿にも向けられているのかもしれません。

2017年5月26日(金)~6月8日(木)の会期で、新宿のエプソンイメージングギャラリー エプサイトにて、展覧会「東京の家」(【東京写真月間2017】関連企画)が開催されます。写真集に収録された作品の大型プリントが展示されます。6月3日には、展覧会関連イベントとして<アーティストトーク&サイン会>ジェレミ・ステラ(Jérémie Souteyrat)x小林美香が開催されますので、是非お運び下さい。また、「日本、家の列島 ―フランス人建築家が驚くニッポンの住宅デザイン―」(汐留ミュージアム、2017年4月8日(土)~6月25日(日))においても、『東京の家』の写真作品や、撮影された住宅の内部を捉えた写真や映像、縮小模型などが展示されています。こちらも併せてどうぞお運び下さい。
こばやし みか

■小林美香 Mika KOBAYASHI
写真研究者・東京国立近代美術館客員研究員。国内外の各種学校/機関で写真に関するレクチャー、ワークショップ、展覧会を企画、雑誌に寄稿。2007-08年にAsian Cultural Councilの招聘、及び Patterson Fellow としてアメリカに滞在し、国際写真センター(ICP)及びサンフランシスコ近代美術館で日本の写真を紹介する展覧会/研究活動に従事。
2010年より東京国立近代美術館客員研究員、2014年から東京工芸大学非常勤講師を務める。

●今日のお勧め作品は、ジョナス・メカスです。
作家と作品については、小林美香のエッセイ「写真のバックストーリー」第31回をご覧ください。
20170525_0909-35ジョナス・メカス
「ウーナ、1歳...」
CIBA print
35.4x27.5cm
サインあり


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